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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第三章 それは初めてのお祭り騒ぎ
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第三十七話 薄暗がりに映る影


 薄暗い、レンガ造りの長い廊下。ゆらゆらと揺らめく松明の灯りが不気味な影を描き出す中、不穏な音が狭い道に木霊する。

 甲高い耳に響く笑い声と、何かを叩くような乾いた音。

 隠す事なき足音が、その存在等の尊大さを、暗に明に示しているかのようであった。


 次第に大きくなる揺らぐ影が、松明の光の下朧げな輪郭を形どる。


 大きな佐々穂型の耳に、ぎょろりと光る金壺眼。緑色をした肌の色は薄汚れて茶色に見えて、申し訳程度に巻いた腰布との境が区別できぬ程。

 錆び付いた刃の剣や鉈を振り回し、傍らを歩く同族に当てようと悪びれる様子無き傍若無人さ。


 これこそ正に万人が認める、醜悪極まる『小鬼(ゴブリン)』の姿に違いない。


 見れば誰もが鼻を摘まむとも言われるが、そう言えばここのゴブリンはそこまで臭いはしていない。それが住環境の問題なのか、はたまたあくまでもデータで構成された架空の存在であるが故の問題なのか。多少なりとも気にはなるが、その考察はまたの機会にとっておこう。

 


 そんな警戒心の欠片も無いゴブリンどもであったが、流石に目の前に人が立ち塞がっていたら気付くようで、俄かに苛立ったような甲高い声で泣き喚き出す。

 彼我の実力差など気にはしていないのか、それとも数の多さに調子に乗ったか、完全武装の男を相手にしてもゴブリン共に退く様子はない。


 そんなゴブリン共を尻目に、ふいと影の中へ視線を逸らした戦士であったが、やおら手に持ったメイスを盾へと叩きつけながら大音声に吠え猛る。


「ゴラァ!小汚ねえ緑色のケダモノ共!俺が相手になってやる!まとめてかかって来いや!」

 

 一際大きな音を立てて盾が地面に叩きつけられると、ゴブリンたちは一斉に警戒の色を露わにした。遅れてメイスを担いだ戦士殿が仁王立ちで挑発する。

 その堂々とした態度に呑まれたのか、はたまた単純に怒りを覚えたのか、二匹のゴブリンが唸り声を上げながら戦士殿に襲い掛かる。

 残りの二匹はその勢いに取り残されたか、静まり返って立ち呆けとなっていた。


 迫る二匹のゴブリンに対し、戦士殿は盾を前面に押し出し真っ向勝負を掛けるが如く一歩出る。振り上げられた二本の武器、火を照り返さぬ錆び付いた刃が盾に擦れて不快な音を響かせた、その瞬間。

 素早く翻された盾に絡め捕られた二本の切っ先があらぬ方へと流れ、それに釣られたゴブリンの身体も波に揺られるかのように、大きく無防備に曝け出される。


「今だ!ぶち込め!」


 怒声と共に振り抜かれた肉厚なメイスが強かにゴブリンの胴を打つ。身体を拉げさせたまま、勢いよく転がった先にはのんびりと様子を窺っていたゴブリンたち。同族に足を掬われ尻餅をついた事への怒りから、滅多矢鱈に手に持つ武器を振り回し、手近なモノに八つ当たりをしようとしたその瞬間、矢継ぎ早に二つの呪文が戦場へと飛来した。

 

 一つは小さな火の玉、ゆらゆらと揺れながらもゴブリン目掛け真っ直ぐに飛び、着弾と共に火の粉を撒き散らし周囲を明るく照らし出す。

 もう一つは黒い縄、影から突き出た縄がゴブリンたちの足元に掛かりその動きを縫い留めると共に、じわりと滲み出た毒が体力を少しずつ奪っていく。


 異なる二つの効果を持つ呪文に、ここまで来て漸く周囲を見回し警戒を始めたゴブリンの目に、四つの大小様々な影が映る。

 それは当然、隠れ潜んでいた自分たちの姿である。


 呪術師ちゃんの呪文で影の中に隠れていたのが、大魔道士君の呪文の余波で照らし出されてしまったのだろう。予定ではもう少し隠れている心算であったのだが、まあ仕事の機会を頂いたとしてコチラも少しは働くとしようか。


 そう思っていたのだが。


「では向こうの方々とは、少しワタクシがお付き合い致しましょう」


 言うが早いか吟遊詩人がハープを爪弾き、迷宮には不釣り合いな和気藹々とした音色が流れる。

 どこか牧歌的なその曲調に、釣られたゴブリンたちが武器を捨てて踊り出す。気を付けなければコチラも釣られそうになる程、それは見事な演奏であった。

 その内容、呪歌として見ても高度だが、何より歌に流れる魔力の薄さよ。これだけの範囲、強制力を持ちながら、それが殆ど自前の技量によるものだ等と、全く以ってとんだ伏兵が居た物だ。

 ここから横槍を入れるのは、最早ただの利敵行為に他ならない。大人しく呪歌の効果が切れるのを待つしかないだろう。


 転がったままのゴブリンは、先の負傷と二重の継続ダメージに戦線離脱。後方の二匹は愉しく踊り狂い、戦士殿にじゃれついているゴブリンは、最早それしか出来る事は無い。

 結果だけを見れば順当な勝利と言えるだろう。後は順繰りに一体ずつ捻り潰していくだけの作業、何かするべき事も無い。


 戦士殿が大魔道士君と協力して一体を沈めるのを傍から眺め、残りの二体は前衛で手分けしてさっさと処理してお仕事は終了。

 結局自分の仕事は一つだけ、それもお溢れを頂戴したに等しい結果に忸怩たるものがあるのは確か。されど今はこのパーティーがうまく回っていることを喜ぼう。

 少なくとも、戦術面で瓦解する要素は今のところ見えないのだから、ある程度までは安泰な筈だ。


「悪くない。いや、それどころかかなり安定していたな」


 戦士殿もこの結果にはご満悦か、厳しく引き締められていた表情も、今は柔和に緩んでいる。

 実際彼が無理にヘイトを稼ぐような事をしなくとも、敵の目標がブレるような事はなかった。もう少し他の手札が増えてくれば話は別だが、現状のペースだとそこまで戦線が乱れる様な物も出ない筈。

 そうなればこのパーティー最大の急所、『ヒーラーが居ない』という点についてもある程度はカバー出来る。


「警戒はしつつ、この調子で先に進みましょうか」


 安堵とやる気の入り混じった表情を浮かべた面々が頷きを返す。先の一戦で自信が付いたのだろう、足取りも軽く周囲へ向ける眼差しもどこか鋭く見えてくる。

 

 尤も、この程度の相手で満足されても困るのだが。


 自分の勘は、未だに迷宮の奥の方へとそのアンテナを向けたまま。イベントということも合わせて考えれば、この迷宮の最奥にはまだ見ぬ強敵が犇めき合っている事は間違いないだろう。


 矯めつ眇めつ、周囲への警戒を怠らぬまま進むこと暫し。途中二度ほどゴブリン群れに出会しはしたものの、初戦同様危うげなく敵を撃破し勢いに乗っていたまさにその時、ついに待ち望んでいた変化が目の前に現れたのであった。


 通路の突き当り、終着点に位置する場所に大きな扉が一つ。

 面妖な紋様を扉の表面に浮かべたそれが、如何にもと言うような面構えでどんと聳え立っていたのである。

 

「これは、『古代魔法』の紋様ではないか!」


 正に興奮冷めやらぬと言うべき様相で扉に突進しかけた大魔道士君。危うく襟首を掴み損ねる所であったが、戦士の身のこなしで無かった事にここまで感謝する事になるとは。出会った当初は思いもよらぬ事だろう。


「先に自分が確認しますので、安全が確保されるまでは後方で待機していて下さいね」


 それはそれとして釘は刺しておかねばなるまい。この調子で罠を踏まれでもしたら堪った物では無いのだから。

 しかし、向こうも反論があるようで。腕組みしたままコチラに向き直るや否や、その鋭い舌鋒を振り回してきたのである。


「しかし我以外に、このパーティーで古代魔法の判別が付く者が居るのか?確かに攻撃的なモノであれば罠として認識できるかもしれんが、単純な移動用の魔法を故意に分断の為に使ったり、休息の為の眠りの魔法で罠に掛ける事も用法上出来なくは無いのだぞ。そう言った物の判別が、貴様一人で出来るのか」


 なるほど全く、ぐうの音も出ぬ正論だ。これに反論しようと思えば、唯一の技能保持者の安全確保くらいの物しかコチラは出せぬが、それに対して向こうはパーティー全体の安全確保を対案として載せられる以上、この時点で丸め込められたも同然だろう。

 一応リーダーである戦士殿に視線を送るが、返ってきたのは「好きにさせろ」の呆れたような軽い眼差し。実際助かる事は事実なので、無理に距離を取らせる必要は無いのだが、そこはかとない不安があるのはどうしてなのか。


「不用意に触らないように、それだけは守ってくださいね」

「心得ているとも!」


 全く、小気味のいい返事にこうも頭が痛くなるとは。これは立場が変わって初めて理解出来る事だろう。


 とは言えきちんとコチラの指示には従ってくれるようで、触れる事無く近付く事無く一定の距離を保ったまま、紋様の効果や定義を事細かに解説してくれている大魔道士君。多少蘊蓄が混ざり込んではいるものの、その知識、見識は確かに光る物が在る。


 そうこうしながら二人で出した結論は。


「恐らく、この扉は移動用の扉でしょう。ワープゲートの類いと思って構わないかと」


 二人して頭をひねり、途中割り込んできた珍客の出迎えを残りの三人に任せるまでして、漸く導き出せた答えがそれだ。実に簡素な答えしか出せぬ現状に忸怩たる思いがないでもないが、取り合えず危険性は確認されてはいない為このまま使用しても問題はない、筈だ。


 「どこに出るかは判るのか」


 真剣な眼差しでコチラを見つめる戦士殿。このパーティーの命運を預かっているのは彼なのだ、抱えるのも当然の危惧だろう。


 「広場の様な場所に出るようです。恐らくはここまでがチュートリアル、この扉の先がイベント本番、と言う事なのでしょう」


 少なくとも、この先に関しての安全性は確認されている。不穏な残留思念が残ってはいないのがその証拠だ。まあ、イベントの為に新設された罠なのであれば、そんなものが残っていなくても当然なのだがそこに関しては口を噤ませて貰おうか。


 暫しの沈黙。後ろ二人からの視線もそうだが、隣の少年からの視線が今は一番刺さっている。ついぞ触らせなかった事を恨めしく思っているのだろうが、君、紋様の改変出来るでしょうが。万が一があるんだから、そんな事流石に今はさせられないに決まっている。


「そうか。……良し、行くぞ!」

「この先、恐らくはボス戦が待っている筈だ。事前の相談通り、各自が最善を尽くせば問題なく突破できる」


「さっさとここを突破して、次のステージに進むとしようじゃないか!」


 熟慮の後、威勢よく戦士殿がそう叫ぶ。不安を吹き飛ばすように、待ち構えるであろう強敵に負けぬように、力強くも快活に。


「応っ!」

 

 柄では無いが、ここで声を出さねば男が廃る。

 そもそも、自分と彼とでこのパーティーはツートップ。数少ない前衛戦士が敵を前に怯えていては、後衛が安心して戦えない。

 多少気恥ずかしかろうとも、ここで声を張り上げるのが自分の仕事だ。


 突き上げた拳に、三々五々と上げられる拳。

 一揃いとはまだ言えないが、これが何れ揃う日が来るのを期待して、今は体を張ろうでは無いか。

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