第三十五話 先行き不安なイベント開始
狭苦しい石造りの室内、簡素な木のテーブルを囲う五人の男女。
奇々怪々、様々な容姿年齢の者が集うこの場所こそが、今回のイベントのスタート地点と言う事なのだが。
いきなりの話だが、問題が一つ。
自分の右隣には丸盾を携えた戦士が一人、その横には今時風な見た目の陰湿属性な呪術師が座り、更にその横、自分の斜向かいに座るのは竪琴を爪弾く吟遊詩人。
そんな吟遊詩人の右隣、自分の左に座るのは奇怪な服装の大魔道士であり、転職の類いはしていない以上自分は当然剣士のままで。
詰まる所このパーティー、誰一人としてヒーラーと呼べる者が居ないのだ。
そこはかとない運営の悪意を感じるも、机の上には今まで無かった地図が一枚。
気付けば部屋の隅のドアは半開きになり、今か今かとコチラが探索に向かうのを待ち惚けているようにも見える。
「あーっと。……取り敢えず、自己紹介の続きをしようか」
気まずい沈黙が室内を包む中、一人突貫したのは隣の戦士殿。装いからして盾役の類いを自負して居るのだろう、その勇気は正にパーティーの盾に相応しい物である。
「俺は盾タンク、メイスで攻撃も出来るしイマジアは自己回復寄りだから、こっちの被ダメはそこまで気にしなくてもいい」
簡潔な自己申告、恐らく盾タンクやメイス云々は何かしらの意味合いの有る言葉なのだろうが、生憎とコチラに通じはしない。
簡潔な事は良いのだが、もう少し説明も欲しかったところ。今の情報では自己完結型としか分からない。
「えと、私は、ロールとしてはデバッファーです。毒でDotを、呪いでCCを行います。イマジアはヘイトに応じて効果量が増減するタイプの呪いです」
ついで先ほどから頻出している『イマジア』なる語句は一応公式での固有魔法の呼び名だったか。
今まで身近で使っている者の居ない呼称だった為少々反応が遅れてしまい、自己紹介の順番は向こうに回っていってしまった。トリは勘弁してほしいのだが。
「改めましてワタクシ、吟遊詩人をいたしております。旅の為幾つかの小技を修めてはおりますが、今回の迷宮でご披露できるかは、いやはや。基本的には呪歌を使って支援をさせて頂きたく。……休息時でしたら些少なりとも回復支援も行えますが、あまり期待はしないで頂けると助かります」
そしてコチラは随分抽象的な内容な事。朧げな想像こそ浮かぶものの、それらが確たる輪郭を結ぶことは無い。ついでにしれっと自分の『魔法』を秘匿した辺り、中々の食わせ物と見た。
「我の事を知らぬとは、……なれば喜ぶがいい!ここで我を知り得た幸運を、臣下としての幸福を享受できる己が巡り合わせをな!」
……どう表現したら良いのだろうか、この少年は。
少なくとも、狭い室内でばっさばっさとローブの裾をはためかすのは止めて欲しい。埃が舞っているぞ。
「せめて、何が出来るかくらいは言ってくれないか」
疲れたような声で突っ込んだ戦士殿。まだ冒険は始まってもいないと言うのに、その顔はげっそりとやつれている様にも見える。
「ふむぅ、仕方あるまい、ならば教えて進ぜよう!この大魔道士、その名の通り様々な魔道に通じているが、取り分け『占星術』に秀でているのだ!我が固有魔法も占星術をベースとしており、遍く星々の輝きを束ね不埒者に鉄槌を下す『裁きの極光』を撃ち放ち敵を撃滅するっ!……どうだ、凄いだろう?」
確かに、この段階で大規模破壊魔法を、それも推定ではかなりのローコストで発動できるようにしたのはとんでもない才覚だ。そも占星術など星詠みによる占いや天候観測、測位なんぞに用いられるような代物だろうに、何処をどうやって攻撃呪文に繋げたのか。稀代の大魔道士の煽り文句はその点において間違いではない。
惜しむらくは、味方が傍にいては気軽に打てない規模であろう事と、あと一つ。
「おい、その魔法は室内でも使えんのか?」
「………………無理だ」
まあ予想通りの制約だ、そうでも無ければ逆の意味で空恐ろしい。
そう納得しながら一人頷いていると、その場の視線が自分に集まっている事に気付く。そう言えば、今は簡単な自己紹介の続きだったか。
「先の説明の通り、自分は術剣士の類いですね。水、風、土、雷の初級魔術をそれぞれ行使可能。基本的には剣での近接戦闘を主軸とし、要所で呪文を絡めて有利を取りに行きます。固有魔法はモノの過去を見る『見返りの魔眼』と、一時的に装備を展開する『鈴鳴り具足』の二つ。斥候としてもそこそこ役には立てますよ」
……自分で言っていてなんだが、これは一体全体どこを目指した構成なのだろうか。方向性が行方不明にも程がある。
いつの間にやら周りの見る目も常識人を見る目から、何か奇天烈なモノを見る目に変わってしまっているではないか。
まあ色々な面で役に立つことは確かなのだ。ここから更に言訳を募るつもりはないので、行動で挽回して見せようとも。
「他に、探索で使えそうな技能がある奴は居るか?探索の後で役に立ちそうな技能でも良いぞ。因みに俺は戦闘一辺倒だ」
顔も口調も強面よりだと言うのに、気遣いの鬼かこの男は。或いはそれだけ、このイベントに賭けている物があるのだろうか。
そう深読みしたくなる程、このみそっかすな面々を纏め上げようとしているのが見て取れる。それはそうと。
「自分、錬金術スキル持ちですので。釜さえあればある程度の物は作れるかと」
役に立つアピールは欠かさず行わなくては。今しがたの宣言で可笑しな物を見る目から、遂に胡散臭い者を見る目に変わったような気がしないでもないが、恐らくは自分の気のせいだろう。
「我の占星術であれば、時刻も場所も瞬く間に看破出来るぞ!MPの回復に適した地形を見つける事も、我に掛かれば朝飯前だ!」
「ワタクシも、野伏としてはそれなり程度の技術を身に着けております。……まあ、そのほかちょっとした引き出しも、幾つか合わせて」
「い、一応薬を作れるので。薬草などがあれば、その、頂けると助かります」
何とまあ、案外皆多芸では無いか。或いはそこら辺でカバーできると踏んで、運営はこのパーティーに癒し手を入れなかったのかもしれないが、それにしたってもう少しいい構成があっただろうに。
「それなら隊列は……アスラ、お前が一番前で索敵。その後ろに俺、モーラス、シャティの順。一番後ろの警戒は旅鴉、お前に任せるぞ」
実に妥当な隊列だ、面白みの欠片も無い。強いて言うなら最後尾は大魔道士君でも良い気がするが、全員の生還を念頭に置くならコチラの方が丸く収まるか。
既に他の面々は各々頷いたり返事をしたりしているのだ、今さら文句をつける物でも無い以上、このまま流して良いだろう。
「まあ、何かあったらその時は臨機応変にで、異論が無えならそれで進めるぞ。んじゃあ、最後に。……アスラ、お前のその右腕、何があってそうなった?」
その瞬間集まる八つの眼。一部気遣わし気な視線もあるが、その殆どは興味本位の代物だ。それなら本気で答えずとも良いだろう。
「ちょっとした実験ですね。このイベント中に回復する見込みはないのでお気になさらず。今更腕一本封じられた程度で鈍る腕はしておりませんので」
確かに、剣士の腕の有る無しは戦況に大きな影響を及ぼし得る要素だ。
自分は今さらこの程度のハンデで音を上げるような素人ではないが、凡庸な剣士なら片手を縛られたくらいで戦えなくなるほど、左右のバランスを取るのは難しいそうで。
同じような境遇で七転八倒していた誰かさんの事を不意に思い出してしまい、一人思い出し笑いを溢していると、先ほどよりも室内の空気が冷え込んで来たような感覚に襲われた。
ふと周りを見回せば、ついさっき迄の不可解な者を見るような目が、明らかに異物を見る目に変わっているのだが、一体全体どうしたと言うのだろうか。
「そうか、戦闘に支障が無いならそれでいい。……取り敢えずモーラス、最初は地図を頼めるか」
「あ。ああ、良かろう、任せたまえ!……その分敵は、ちゃんと前の方で処理してくれ」
何を不安になっているのか。今までは知らないが、今回の探索には自分が付いているのだ。大船に乗った気分でいれば良い物を。
「任せてください。一人たりとも逃しはしませんよ」
満面の笑みでそう断言したと言うのに、一同揃って明後日の方を向いたのは何故なのか。探索はまだだと言うのに、現状不安要素しか重なっていないでは無いか。
まあ、その分撮れ高に繋がる可能性が秘められていると、前向きに受け止め挑むとしよう。




