第二十五話 勝利の美酒はほろ苦く
轟音と共に破断し頽れた重装ロボットの右の脚、追撃よりも退避を優先したために被害を被ることは無かったが、欲を出していたら今頃はあの巨体の下敷きになっていた事だろう。予想以上の火力を出してくれたウッドワスも、この隙に後方へと退避し遮蔽物の影に隠れたようで右の視界には影も形も映りはしない。
冒険の始めに『パーティー登録』は済ましているので、ちゃんと向こうが健在なのは確認できている。逆に言えばあの距離で、呪文と鉄拳がぶつかり合ったその余波を、被害一つ無く捌き切ったという事なのだから予想以上に彼の身ごなしは一級品なのかもしれない。
……鈍臭い盗賊と云うのも想像し辛い存在なので、俊足とは言えずとも俊敏である事は余り間違ってはいないのだろうが、あの図体で細かく機敏に動く様は想像し辛いのが現実だ。
とは言え計算上は彼の魔力はこれでガス欠の筈であり、ここから先の戦闘では大した役にも立ちはしない。無視してしまって良いだろう。
腕を突いて身体を起こした重武装の防衛ロボット、身の丈3メートルを優に超える鉄の巨人を相手に鈍ら一本で何処まで行けるか。彼我の間に最早交雑物は一つも無い以上、ここから先は純粋にどちらが強いか、それだけで決まる事。
「……疾ッ!」
一つ、呼気を鋭く吹き出すと共に、静かに一歩を踏み出す。歩みを進めたその動きに呼応した訳ではないのだろうが、ボスもまた残った手足を駆使してコチラへと向き直る。
開戦当初は見上げるばかりであった巨体も、今は同じような目線の位置に有る事に、某かの感慨のような物を抱かずにはいられない。
歩み、駆け出し、疾駆する。そうして数秒と間を置かず踏み潰された彼我の距離に、三本の手足で身を支えるボスはその場から動く様子も見せずひたとコチラばかりを見据えていた。元より消極的な動きであったが、そうでないとコチラが思い込んでいただけで、カウンター重視の戦術を得意としていたのだろうか。
いずれにせよ、最早一秒となく互いの間合いが交差する距離。瞬間振りかぶられた左の拳に思考は飛躍し、コマ送りの様な視界の中で鉄錆色の刀身がゆらり蠢く。
交錯の初撃はボスの平手。少しでも攻撃範囲を増やそうという努力の跡は垣間見えるが、それは些か状況にそぐわぬ択であったと言わざるを得なかろう。瞬時に踏み込んだ左の脚に全体重が乗せられ軋む。急制動に泳ぐ身体に歯止めを掛けつつ、走行の直線運動を腰の回転で上半身の円運動へと転化させ、右手の魔剣を切り上げる。
目論見通りに衝突した拳と剣は、彼我の中間地点、その自分よりの位置でぶつかり合った双方は、各々が孕んだ破壊力をそのままに合力しながらあらぬ方向へ流れていく。
これが垂直に振り下ろされた握り拳であれば回避以外の選択肢は無かったろうが、斜め上から振り下ろされた物なら話は別だ。右足の踏ん張りが利かない以上どうしたって左右のバランスは崩れているのだから、急に上下では無く左右方向への荷重が加えられてしまえば二点だけでは支えきれないのが道理。そうなれば人体を模している以上、踏ん張る為には手を床に着く以外の方法は無い。
詰まる所、振り下ろされた掌が、そのまま自分の横の床に落着したのは至極当然の話なのだ。
そうして左構えに剣を直す自分の前には、無防備に晒されたボスの横腹が。
無理な体勢の上、装甲が引き延ばされ関節の隙間が肉眼にすら覗いている状態で攻撃を外す程、自分の腕前は腐ってはおらず。するり、と手応えも無く振り切られた剣先は、過つ事無く胴体内部の重要そうな配線を引き千切る事に成功していた。
その後の顛末は語るまでも無いだろう。いくら中ボスと云えど機能不全を起こした状態で戦闘を続行できるほどの代物では無く、十分に距離を取りながらチクチクと剣先で露出した部分を切り続けるだけで敢え無くHPバーは全損、珍妙な音だけを残して目出度くガラクタの山へと変貌したのである。
「よくやったなアスラ。……まさか一撃も被弾せずに勝つとは、お前さんもしや変態か?」
どんがらどんがらと山のようになったボスやその取り巻き、ついでの部屋の機材のゴミを掻き分けてやっとこさ姿を現したウッドワスの、その始めの一言がそれであるのだから、コチラとしては叱り飛ばしてやっても良い位なのだが今回は大目に見る事としよう。
事実として彼の尽力合っての勝利なのだ、自分一人ではここまでスムーズに事を運べる自信は無かったのだし、その功績で帳消しという事でいいだろう。それよりも、だ。
「そう言うそちらこそ、大丈夫だったんですか?」
自分は戦士であるから大丈夫だが、彼の本職は魔法使いとあくまで後方支援にある。それだと云うにあのような大立回りは心身に堪えたのではなかろうか。付き合わせたのはコチラだが本番はこの先に待っているのだ、ここで疲弊されても困ってしまう。
あくまでもそうした親切心から出た言葉であったのだが、けんもほろろに突き返されてしまった。
「問題ない。年寄り扱いするな、これでも盗賊やっとるんだ。この程度は動けなければ話にならんだろう」
全く以ってその通りなのでぐうの音も出ないのだが、心配するくらいは良いだろうに。もう少し気の利いた断り文句は無かったものか。そう憤慨する自分の内心を悟った訳では無いのだろうが、ぶっきら棒にウッドワスは二の句を溢す。
「だが、まあ。……良い連携だったと思うぞ、うん」
ぼそぼそと、口の中で混ぜっ返すようなその言いよう。まるで伝える気の無いようにも思える口ぶりだが、しっかりとコチラの耳には届いているぞ。とは言えここでそれを揶揄い始めてしまえば進む話も進まなくなる、仕方ないがここはスルーする事としよう。勿論、後でしっかりと揶揄う事にはなるのだが。
まあ、それはそれとして実際コチラも忙しいのだ。レベルの上昇もそうだがポイントの割り振りやドロップ品の精査に加え、新規取得の称号の確認など、進めなければならない作業は枚挙に暇がない以上、あまり遊んでも居られないと言うだけの話。一つ一つは細かい事だが、疎かにすればするほど後から見返すのが億劫になるもの。溜まった木屑に煙が昇る、との言葉もある様に、細かなタスクはその都度処理するのが仕事をため込まないコツだ。
とは言え今回はそこまで大きな変化も無く、しいて言うなら格上特効の称号のバリエーションが増えたくらいの物であり、効果としてはそう変わらない物の為、今のままでも構うまい。ドロップ品に関しても今すぐ何かに使えそうな物は無く、恐らくは素材の類いになるのであろう名前の羅列が続いている。
金属系の素材に分類されている以上、鍛冶屋にでも持っていけば剣や鎧の類いを見繕えるのであろうが、さてはて脱獄囚の身の上にそのような贅沢がまかり通るのだろうか。まあこのままでもある程度は通用するようではあるし、別段急いで揃える必要も無いのだが。
「ウッドワスさん、そちらは出立の準備は出来ましたか?」
「お前さんのように一戦毎にレベル上がるほど低くはないからな、問題は無いぞ」
益体も無い考えは一時棚に上げ、同行者へと掛けた声の答えがこれである。もう少しデレてくれても良い物では無かろうか。
「それよりもだ、今の内に倉庫の方に向かうぞ。警報が鳴り続けとる以上、ここからは時間との勝負。遅れは許されんぞ」
剰え、一声掛けたかと思えばそのまま走り去ろうとするでは無いか。話す内容は尤もであるが、盗賊が一目散に物資のある場所に向かう様は余りにも嵌り過ぎである。そもそも場所を知っているのだろうか、細かく説明した覚えは無いのだが。
「なら負ぶさりますか?その方が早いでしょう」
足早に室外へと出ていったウッドワスに数秒と掛けず速足で追いつく。純粋に体内の魔力を循環、濃縮、強化するだけの『魔闘術』は追加の消費などが存在しない為に継戦能力には優れているのだ。とは言え常に魔力の流れを意識しなければならない為に、行使する者の頭の出来が連続使用制限になるのは痛し痒しか。脳筋御用達の癖にただの木偶の坊には使えぬのだから、それは習得者も減るに決まっている。
「チッ、お前さん、さっきまではそんなに早くなかっただろ。当てつけか?」
「失礼ですね、貴方が遅くなったのではないですか」
苦虫を噛み潰した様な顔をして、それでも二の句を継がぬのは先刻の取引が有るからか。少なくとも絡繰りは理解できずとも、これが先程の取引の内容であることは伝わっているらしい。手札が一枚バレたのは少々痛いが、相応にこの世界の物を知っているのだろう彼に、該当する知識が無さそうなのを知れたのはプラスだろうか。
横目で彼の姿を捉えながらも徐々に走る速度を落としていき、気付かれぬように魔力の循環を解きながらも自然な速度で前に出る。二人ぽっちで隊列も何も無いのだが、そも目的地を知っているのが自分だけなのだからこれが当然の位置取りである、我先にと部屋を飛び出そうとした彼は一体どこへ向かうつもりだったのか。
そんな事を考えながら目的地目掛けひた走っているが、灰色の廊下に赤い警告灯の光が乱反射して実に目に痛い。ついでとばかりに出てくる敵の攻撃も苛烈さを増し、神経をすり減らす場面が増えてきているのも頭に痛い所だ。それでも装甲が追加された訳では無く、単純に武装が追加されただけなのはまだ救いの内に入る事か。
そうして黙々と敵を捌きながら、当たるを幸い手当たり次第に薙ぎ倒す事早数分、漸く目的地に着いた時には自分の剣もウッドワスも疲弊しきっていたのだった。
「大丈夫ですか?倉庫に着いたので、少し休憩を挟みましょう。僕が周りを見ている間、ゆっくり休んで居てください」
流石に休みも挟まず走り通しでは老骨には堪えるのだろう、ウッドワスは軽口に反応する余裕もないような様子で壁に背を付けへたり込んでいる。手早く罠の有る無しを確認したのは盗賊としての習性だろうか、とは言え片膝も立てずに座り込んでいる辺り限界間際なのは目に見えているが。
そんな彼から目線を外し、ざっと室内を見渡して見ると意外や意外、そこかしこの倉庫の棚には予想以上に物品が残されていた。軽く物色して見れば、大抵の物は保存の効く食料品の缶詰類や細々とした日用品の数々、到底機密や重要事項に関する様な物には見えない代物たちばかり。この調子では奥の方も外れだろうか、古より続くフラグもこうなっては形無しだ。
そうして気落ちしながら探す事数分、見つかったのは大量の食料品となぜか転がっていた数本の剣。傍に転がっていた識別票を見る限り、どうやらここで何かの事件があって取り残された人物の身に着けていた物なのだろう。ありがたく頂戴したは良いものの、ここから先の展望が見えないと云う点においてはここで朽ち果てたのであろう御仁と同様の未来を辿りかねず、正直言って中々にしんどい状況ではある。
「そちら、何か見つかりましたか?」
捜索途中で復活したウッドワスも加えての大捜索、コチラの担当領域では大したものは見つからなかったが、はてさて、向こうの状況はどうなっているのか。
期待半分諦め半分で向かうとしよう。




