第二十三話 嘘吐きは総じて無口なもの
不意の遭遇戦を片付けた後、暫し休憩がてらの雑談を交わすその中で驚きの新事実を知ってしまったりはしたものの、それ以外には特段の問題も無く哨戒のロボットを潜り抜け、自分たちは目的地の目の前へと辿り着いたのであった。
「さて、ここからどうした物か」
さりとてたどり着いたは良いものの、そこからどうするかは全くのノープラン、取り敢えずは踏み込んで目に映るすべてを斬り伏せれば良いのだろうか。
「おい『待て』だぞ、『待て』。お前さん、またぞろ無策で飛び込もうとしとるだろ」
そんな考えを察知されたのか、隣からの鋭い制止の声が耳に届く。
確かに何も言われなければ突っ込んでいたが、それにしてももう少しばかり言い方と言うものがあっただろうに、それではまるで犬猫ではないか。
「『待て』なんて、何ですかその言い草は。……いえ、それは置いておきましょう、そんな事を言うなら策は有るんでしょうね」
これで大した策が出てこなかったら襟首掴んで放り投げてやろうか。
「そう噛みつくな、先ずは軽く偵察から入るのが常識だろ。戦力の投入はその後だ」
「どうやってその偵察をするんです?ご自慢の隠密魔法はあっさりと破られちゃったじゃないですか」
「まさか、俺の魔法があれだけな訳が無いだろう。……とっておきなんだから、後でお前も一個見せろよ」
自信満々だと思えば、何のことは無い、隠匿しておきたかった手札を一つ切るだけの話ではないか。とは言え現状最も高い形で売りつけられたのは事実、これはきちんと自分の魔法も見せねばなるまいが、その場合どちらを見せてもどちらも見せる結果になりかねないのが痛い所だ。
「あーっと、まあ、良いでしょう。よろしくお願いします」
「何だ、歯切れが悪いな。まあ良い、ちょっと待っていろ」
そう言いながらウッドワスが懐から取り出したのは一枚の手鏡、使い古した様相ながらも現代風のデザインが刻印されている所を見るに、彼お手製の代物か、はたまた外から持ち込んできた物なのだろう。本当に何でもありなその様子から、彼の居たであろう立場、或いは期待されている立場が透けて見えて嫌になる。
口の中で呟くように呪文を唱え、ゆっくりと鏡の表面を掌で擦るウッドワス。それを見るに、恐らくは詠唱と動作も魔法の使用条件の内に設定されたタイプの魔法なのだろう。戦闘などの火急の用向きで用いる類の代物ではなく、その事前準備として腰を据えて使う部類で且つこの場で使う意味のある効果といえば、魔眼で覗く必要もない程に明確だ。
そう思いつつ横から覗き込んだ小さな手鏡には、やはり予想通りに扉一枚を隔てた中の様子と思われる光景が浮かび上がってきている。
「大体、中の様子はこんな感じの筈だ」
「筈だ?随分曖昧なんですね」
盗賊としても魔法使いとしても最適かつイメージ通りの魔法の効果だと思うのだが、それを用いて見せた当の本人が今一つな顔をしているのは何故なのか。
「見りゃ分かるだろうが、こいつは鏡に映る光景を写し取る魔法なんだが、一番近くにある鏡からしか取れないのが難点でな。言っちまえば対象の指定が出来ないんだよ」
なる程、それでは確かに渋い顔をするのも納得だ。対象の指定が出来なければどこの光景が写っているかの推察から始めなければならないし、今回のように前情報もない初めての潜入では博打を打つようなものだろう。せめて効果範囲の制限でもあれば話は別だったのだろうが、この様子ではそれも怪しい感じがする。
「取り敢えず、これは一旦参考資料として頂いておきますが、それにしたって中にはウヨウヨ警備ロボットが居ましたよ」
「ついでに言えば、防衛ロボも一機居たな。……室内にこれと云った防衛設備が無かったのだけは救いか」
目に見える範囲でも十体近くの敵がいるとか、二人だけで攻略できる難易度ではないだろう。と言うか狭い室内で巨体の防衛ロボとの戦闘は何がなんでも避けたいシチュエーションなのだが、それを中ボス戦で強制するのは幾ら何でも酷い物としか言いようがない。
「どうします、これ」
正直な話、自分一人だけなら目が無くもない。このゲームには『FF』、所謂味方への誤射によるダメージ判定が敵味方共に存在しているので、それを使ってボスの攻撃で取り巻きを殲滅、或いはその反対を仕組んでしまうというのも一つの手だ。尤も、奥の手が正常に稼働するならそちらだけでも如何にかなるのだが。
「正直に言うが、俺の持っている魔法はあと一つだけだ。それも戦闘用じゃないから、ここで役には立てんぞ」
「言っていいの、そんな事」
そこまで情報を開示する程ここの攻略に入れ込んでいるのか、はたまたコチラの情報を絞り出す方向性にシフトしたのか。どちらでも良いが、その程度ではお釣りが出るぞ。
「じゃ、交換条件ね。一つ『ここで見た事を口外しない』、二つ『詳細を詮索しない』。同意して貰えるなら、コチラも奥の手を使っても良いよ」
まあ自信満々に言ってはいるが、正直な話問題なく使用できるかどうか、どこかで実験はしなければならなかったのだ。それが今になるか後になるか程度の違いでしか無いのだが、そんな事黙っていれば向こうには解らないのだから、せいぜい高く売りつけさせて貰うとしよう。
「俺は二つも手の内を見せたんだが、そこの所はどう考えている」
「『魔法で』とは限定されていないよね。……さ、これで三つ目『出所を開示しない』が追加されたよ」
「なっ!……お前さん、一体何をしようとしているんだ」
唖然とした表情のまま顔が固まっているウッドワスのその姿は実に面白い代物なのだが、いい加減早く決めて欲しい物だ。正直ここまで満足のいく戦闘を熟せていないので、中々にコチラもストレスが溜まっているのだ。
「ま、面白い物を見たと思ってくれれば良いよ。それで、どうする?」
「お前さん一人で、アイツら全員を相手にすると……本気で言ってんのか」
逡巡が顔にも現れるほど苦悩している様子が実に面白い。とは言えそこまで難しく考える必要も無いのだが。
「別に、ソッチに何かして欲しいって話じゃ無いんだから、素直に頷いときなよ。その後は何があっても、言わ猿聞か猿をきめ込んでいれば良いだけなんだからさ」
交渉の途中で条件を追加したコチラが言える話でもないのだが、契約が成った後、そこから更に追加の支払いを要求したりはしないとも。
「チッ、しょうがねえ。……判った、お前さんの好きにしな」
「それでこそ!太っ腹だねダンナ!」
「うるせぇや、まったく。……それで、俺はどうすりゃいいんだ」
「何も?」
気の抜けたような吐息の音が後ろから響く。返答を聞いた時には既に疾走の体勢に移っていた自分は、それ以上の問答をする前に詰め所の中へと飛び込んで居たのだ。
片手には無骨な鉄剣、もう片手には貧相な盾。みすぼらしい囚人服を身に纏い、頭は申し訳程度の安全帽を被っている。
何とも珍妙で奇天烈なそれは、格好に籠められた意味合いこそ違えども、嘗てのそれと似たような物。
即ち、如何にして少ない労力、少ない時間で、眼前の敵を殲滅せしめるか。それだけだとも。
刀身に掛けられた『致死の一撃』の呪文、その魔力を足掛かりに全身を巡る魔力の流れへと干渉する。呪文を唱えるでもなく、魔法の構成を組み上げるでもなく、ただただ自らの身の内に沈む魔力の源より力を汲み上げ、心身を巡る渦を作り出す。
次第に白一色であった魔力の中に、奥底から滲み出るような鉄錆色が一筋流れ込むように溶けて混じる。
透明感等欠片も持たない酷く澱んだ錆色のそれ、白い魔力の中ではどぎつく目を惹くその色も、されど肉眼では捉える事も出来はしない。
故に次に起きた出来事は、端から見ていれば理解不能の光景となった事だろう。
破裂音を伴い振りきられた自分の左手、盾があった筈の其処にあるのは敵から捥ぎ取った装甲の一部と破断し取れかかった銃器の土台。装甲の継ぎ目に突き刺さった貫手が、そのまま敵機の一部を切り離した結果が其処にあった。
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Title:脱獄囚
Name:アスラ
Class:冒険者
Level:8
Status
・STR15(35)
・VIT15(35)
・AGI15(35)
・DEX15(35)
・INT20
・MND15
LAK09
CHA25
BP:30
所有スキル(残り1枠)
・剣術
・補助魔術
・探索
・解体
・考古学
・初級土魔術
・錬金術
・魔力収錬法⇒魔闘術 New
・心眼
ルーン
・『見』 熟練度:05
・『表』 熟練度 02
固有魔法
・『魔眼』
・『郷愁の魔眼』
横目で覗いたステータス欄、各種数値は想定程には上がっていない様にも見えてしまうが、元より自前の能力に幾らか下駄を履いた状態であったのだからその程度が今のくらいでは関の山という事なのだろう。プラス20の数値として見れば一般的なそれの三倍に値するのだから、効力としては妥当な代物か。
これを三人力とか三馬力とかに例えると、如何にも貧相でそれなり程度のレベルに見えてしまうが、常人を遥かに越える力を一瞬で手に出来ると表現すれば、この凡才が振るうには十二分な事に思えるだろう。
実際片手で振るった鉄剣はいとも容易く傍らで半壊していたロボットを始末出来たので、十分過ぎる程に強化の効果は出ているのだ。ついでに言えば魔力によって強化、固定された身体の性能に振り回されないよう慎重を期して動いてはみたが、この程度であれば十分に制御できる範疇でもある。
「そうら、返すぞ」
適当に、振りかぶる事もせず投げ放った敵の部品。魔力による強化などは施していないが元の素材が頑丈な事、強化された膂力が想定通りのフォームで投げる事を可能にした事が功を奏したか、狙い通りに後ろの方で起動しようとしていた防衛ロボの頭に当たる。
勿論それだけで破壊出来るような相手ではないが、それでも立ち上がろうとしていた所に急に攻撃されては態勢を崩してしまう物。まして相手は重装甲故の鈍重さをデメリットとして抱えているのだ、回避も覚束無ければ崩れた体勢を立て直すのも容易ではない。
そうしてボスがまごついているその間に、残りの雑魚を狙って『礫弾投射』の呪文を追加で行使する。弾体生成の手間を省き、勢いよくぶん投げた鉄剣を加速させる為に行使した呪文であったが、それが予想以上の効果を発揮する事になった。狙いすまして擲ったその先、物理には強い筈のロボの装甲を紙か何かの如く古ぼけた鉄剣が引き裂いたのだ。
恐らくは呪文を重ね掛けしたその影響で、鉄剣に程よく魔力の影響が乗ったのだろう。それを裏付けるかのように、ただの鉄剣の刀身には肉眼でも見える程にはうっすらと、固形化したマナの残滓が張り付いている。
そんな思わぬ僥倖は、されど今この瞬間にはいらなかった物ではあった。
漸くコチラを認識したように向けられた銃口、その数何と十と四。一斉に火を噴いたそれが、瞬く間に彼我の距離を潰して我が身を食い荒らさんと襲い掛かるが、生憎と今のコチラは無手なのだ。返礼に応じようにも手向ける花の一つも持ち合わせてはいない以上、出来る事は一人無様に踊るだけ。
とは言えど、それでどうにかなる物でもないのだが。
一歩、奥へと向かって鋭く踏み込む。たかが一歩、されど一歩、今の自分の身体能力ならば一足跳びで構えられた銃口の真横まで移動できるのだ。幾ら数が多かろうとも発射のタイミングが分かっていれば、それだけで簡単に回避できてしまう。そうして踏み込んだ勢いのまま、右の拳を捻じ込むように機械の胴部に押し当て捻る、それだけで柘榴か何かの如く拉げた胴から幾つもの奇怪な部品を撒き散らしながら頽れたロボ。魔力で強化してれば素手であろうと鉄板の一枚や二枚は引き裂く事など容易いに決まっている、それも複雑な機構を搭載したが故に単純な剛性では劣るロボットの胴体であれば猶更だ。
「掛かって来いよ、相手になるかは判らんがな」
自然と吊り上がった口角が笑みの形を浮かべると共に、浮ついた脳裡から知らず知らずの内に言葉が漏れる。たとえ死んでもやり直せるのだ、精々楽しく命を懸けて踊ろうでは無いか。




