第十八話 掃き溜めより
好奇心に身を任せた実験の結果、身に覚えのない借金を背負わされてしまった自分こと『アスラ』君は、仕事の報告に向かおうと起き出した直後黒服の怖い人達に連れられて、暗い地下の穴蔵へと押し込められてしまったのであった。
そうして鶴嘴片手に強制労働に従事していると、隣の怖いおっさんから声をかけられてしまったのだ。どうする僕、どうしよう僕、ここから逃げ出す手段はあるのだろうか。
次回、恩讐の果てに。乞うご期待。
「……ククッ、クハハハハ。お前さん、なかなか面白いじゃねえか。気に入ったぜ」
ぐい、と徐ろに腰元の瓢箪を呷り口元を拭った怖いおっさん。先ほどまでの取り繕ったような上辺の良さは何処へやら、何時の間にやらヤの付く自由業さんと似通った雰囲気が言葉端から漏れ出している。
と言うか手元より微かに香るのは酒精のような気がするのだが、このゲーム全年齢対象では無かったのか。全年齢対象のゲームに強制労働が組み込まれているのも、教育上大変宜しくないとは思う所だが。
「こいつか?こいつは『酒』だよ。アバターの作成時に年齢認証があっただろう、あの時成人していれば『酒類』のアイテムを購入、使用出来るんだ。知らなかったのか?」
「知りませんでした、それって未成年が使用したらどうなるんです?」
「クソ不味いぶどうの汁になるぞ、おまけに元には戻らないから購入した奴も損するだけだな」
随分と徹底しているらしい、これを理由に未成年飲酒が横行でもしたら大問題な以上は当然の措置かもしれないが。苦肉の策という事なのだろうか、そうだとしたらこの刑罰もその一環と見ることも出来なくは無いのかもしれない。
それはそれとしてどうやって此処に酒なんて持ち込んだのか、自分なんて必要最低限の持ち物以外はすべて没収されてしまったというのに。
「ククッ、言っただろ『仕事でへまして押し込まれた』ってな。お前とはここに来たルートが違うのさ、当然の持ち込みのブツに関してもザルだ、ザル」
そう訝しんでいたのが表情で伝わったのだろう、なんてこと無い風に解説までしてくれたのだ、なんと親切な人なのだ。酒精も入って気も大きくなったのか陽気に話しているが良いのだろうか、周囲には疎らとはいえ他にも人が居るのだが、これは聞かれては困る部類の話になるのではなかろうか。
「ああ、気にするな、今の時期ここに居るようなのは大抵の場合同業者だ。逆に見ない顔のくせにこんな奥地に置き去りにされたお前さんの方が、『コッチ』からして見れば気になってしょうがないんだがな」
悲報、ここは正にヤの付く自由業の方御用達の場所だったらしい。口ぶりから察するに、軽度の者や初犯であればもっと待遇のいい場所へ配属されるようになっているのだろう。さり気なく辺りを伺えば、確かにこちらを気にする人の八割程度は堅気には見えぬ様相であり、工具を振るうその動きも堂に入った物のように見える。それらの動きと比べて見れば、確かに自分の動きは拙い代物で周りからはさぞかし浮いて見えた事だろう。
ゲーム開始から早一月、内部時間はある程度加速されているとは言えどその短期間でここまでこなれた動きを出来る様になる等、目の前の人物含めここに居る人達はどれだけ捕まっているのだろうか、その事に思いを馳せるだけで背筋が薄ら寒くなる。
「大したことはしていない筈なんですけどね」
自分にはそう返すのがやっとである。事実、自分のやってしまった事など錬金工房の一角を爆破してしまった事くらいの物で、他には何もしていないのだ。ギルドの受付に報告を忘れたのも不可抗力であって、ここに送られるような罪状では無い筈だ。
「始めたての初心者が街の施設を破壊するなんて、十分『大した事』の範疇だろうが。お前さん、いい感じに頭のネジが外れてやがるな」
そう言って大口を開けて笑い始めた小男は、何が面白いのか笑いのツボにハマってしまったらしく暫く腹を抱えたまま動けずに蹲っていたのであった。そんな小男を放って一人採掘作業を再開したのだが、どうやら一連の話の流れで気に入られてしまったらしく、その後も何かに付けて行動を共にさせられる事になってしまったのである。
そうして何だかんだと連れだって動いている内に会話程度は苦にならないくらいの仲になり、男の名前が『ウッドワス』である事も何時の間にか聞く事になってしまった。その時の会話の内容も中々に地獄の様な流れになってしまっていたのだが、今は割愛しておく事にしよう。正直話すほどの内容では無いし、馬鹿騒ぎを自ら喧伝する程落ちぶれても居ないつもりだ。
とは言え、率直に言っても進展の無い話を延々と続ける意味は皆無だし、成果の出ない仕事程無意味な作業も存在しない。多少なりとも情報を集め終えた段階で、ここでの作業は賽の河原の石積以上に無味無臭な代物であるとの裏付けも取れた今、これ以上数値に固執する必要もなし。彼らとの出会いが得難い物であったのは確かだが、必要か否かで言えば不要であるとの見解もあり得る以上そろそろ潮時という事だろう。
「ウッドワスさん、僕はそろそろここを出ようと思っています。今までお世話になりました」
義理を通す、なんて大層な話でもないが、何だかんだと世話になった部分もあるのは事実であり、迷惑を掛けられた具合の方が多く思えるのはこの際一旦置いておこう。大事なのは正式リリース一ヶ月記念イベントに、ここに居たままでは参加できないと云う重大な要素だけなのだから。
「なんだ、お前さんもイベントに参加したい口か?」
「そりゃそうでしょ、ゲームをしているならイベント事には参加しないと、勿体ない」
何を言うのかと思えば、話にもならない当然の事ではないか。
勿論プレイスタイルは人其々、千差万別であるのは百も承知。その上で考えてみて欲しい、わざわざこんな風に大人数が一つ所に集まる事を想定している遊戯で一人寂しくサバイバルしようとする人間が何処に居る。
まあ、此処に一人は居るのだが。
だがしかし、それもこのゲームでは少々話が異なるのだ。
何せこのゲーム、配信したらしただけメリットしか無いのだから現状誰も彼もが配信しているのが現実である。
正直、自分の動画が埋もれてしまっているのは現状ある種当然の事だろう。そもそも母数が多すぎるのだ、再生回数が少ない方からソートしてみた所で出てくるのは再生数0の山、少なくとも義父と継母が見ている事が確定している自分の動画ではその列に並ぶことすら出来得ず、人目につく機会を失ってしまっているのだ。
故にそうした現状を脱却する為にもここらで多少は人目につく動画の一つや二つは出したい所、それを加味すればこんな所でこれ以上の油を売っている訳には行かないのだ。
ここでの生活に飽き飽きしてきたと言う理由では断じて無い。
「そうか……寂しくなるな。まあ、何時でも戻ってこい、俺達は待っているからな」
慈愛の籠った眼差しを向けてくるウッドワス、ちらほら見える人影もそれに賛同するようにしきりに頷きを返してはいる。何だかんだとゲーム内時間で半月ほど、現実時間に直しても数日の間はここに居たのだ。大体の面子とは知り合いになったし、各々の呼び名も交わしてはいる間柄だ、それでもシャバに出た後に『リトルボーイ』と呼ばれたくは無いのだが。
それはそれとして何くれと無く接してくれた事だけは感謝しよう。人と接するのが苦手な自分でも彼らと打ち解けられたのは、彼らの方から歩み寄ってくれた結果なのだから、尤も。
「犯罪者に逆戻りする気は有りませんよ」
忘れてはいけない、幾らここが三食昼休憩付きの厚待遇な職場であろうとそこに居るのは札付きの囚人どもだけなのだ。彼らが幾ら親身になろうともその裏に隠れている本音は、どうやって獲物を同じ穴の狢に引きずり込んでやろうかと云う計略だけだ。それもこの状況が生易しく見えるようなさらなる地獄への招待を、手ぐすね引いて待っているのだろう。
全く以って愚かな事だ、そこまで同類を作りたいのならば実力で引きずり込めばいいものを。
「何、気にする事はない。お前はコチラ側だ、何れ必ずコチラに堕ちてくるさ」
したり顔で語りかけてくるウッドワスを押し退けて、自分は一人行動の出口の方へと歩みを進める。ここに押し込まれた当初、逃げ出そうとしていた輩を袋叩きにしていたのは一種のパフォーマンス、新入りへの教示の一環であったらしい。逃げ出す事へのマイナスイメージを植え付ける事で自発的な脱走を阻むための策であり、アウトローな行為への適性を見る為の一種の篩なのだそうだ。初日にいきなり隣人をボコしておやつをふんだくった自分は、相当の豪の者として周囲からは見られていたらしく、それも彼らの側から歩み寄ってくれた一因でもあった様だが。
因みに、自分がここに押し込まれる原因となった錬金工房の爆破に関する諸々については、ここに押し込まれた時点で既に一定の恩赦が為されているそうで、捕まる事なく脱獄できた場合はそのまま全額免除となるらしい。勿論捕まった場合は追加の量刑が為されるそうだが、捕まる気は無いのだからそちらの方は問題にはならないだろう。
脱獄を正当化するのはどうかとも思うが、まあここはゲームなのだ、ある程度はファジーな処理をされているのも円滑な進行の為には致し方のない事。きちんとした刑法がありそれに応じた刑を科されるならばいざ知らず、これはある種のプレイヤーフレンドリーの下で執り行われる一種のイベントの様な物なのだから、そこまで鯱張って構える必要も無いだろう。
そう言った要因もあってか自分が押し込まれた初日と比べ、周囲を警備する人員にもどこか緩んだ空気感が漂っているのが傍目からでも窺える。尤もここに居る者どもは誰もが相当の罪を犯した大罪人であり、世間の扱いでは極悪非道の兵どもの癖に実際の服役態度は至極真面目な代物なのだ。現実の物として考えても、油断してしまうのも致し方のない事かも知れない。実際の所、そうした方がより自分たちの利益になるから大人しいだけで、その中身は大概畜生な代物なのだが人の頭の中身を覗き見る事が出来ない以上、そんな事までは分からないのだから仕方がない。
「そう言えば、お前さんA4ルートを通って行くつもりか?」
ウッドワスが出し抜けに聞いてきたのは、俗に言う脱獄ルートの番号である。因みに世間一般で通用する類いの代物では無く、この場所でのみ通じる隠語の様な代物だ。解説すると1~5までの番号があり、数字が大きい程難易度が高くその分スリリングな脱出行になると云うものだ。特に難易度を上げるメリットは無いのだが、動画にした時は難しそうな方が映えるだろう、との浅知恵による選択であることは否定のしようもない。
「A5は今の僕じゃ少しばかり難易度が高いからね、そうする心算だけど、それがどうかした?」
「実は、新しいルートが発見されたそうなんだが、一つどうだ。俺と一緒に脱獄しねえか?」
にやり、等と平易な言葉を使っても良い物か。あくどい笑みを浮かべ相好を崩したその絵面、今すぐにでも警察に垂れ込みたくなる犯罪臭が漂っているではないか、これが彼の平常運転だと言った所で通報は免れ得ないだろう。
そうは言ってもこんなおいしい話、逃せるはずないでは無いか。そうして憐れ我が身は何時だかのようにホイホイと、人知れぬ場所へと誘われる事に決まったのであった。




