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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第二章 それはささやかな一歩
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第十七話 郷に入りては郷に従え


 取り敢えず鬼のように来ていた通知は見なかった事にして、逃げ去るようにダイヴアウトしたのが昨日の事。清々しくも後味の悪い眠りについたせいなのか、いつもの悪夢も出番がなかったようで二日連続で目覚めの良い朝を迎えられたのは良いことだろう。


 それはそれとして朝から極めて慌しく時が過ぎる事になってしまい、結局義妹(いもうと)を保育園に送り届けた時点で疲労困憊、再起動に成功したのはお昼過ぎの事になってしまったのだが。


 騒々しい朝を潜り抜けまたもや向こうに没入(ダイヴ)、と行きたかったのだが、今日は他にやらなければならない事があるのだ。そう、動画投稿の準備である。初月からいきなり収益化、黒字経営とは行かないが、それはそれとして最低限の投稿は行わなければ割引制度の適用対象にならなくなってしまう。少なからず家計に負担をかけているこの身、これ以上無駄な出費を出したくはない。恐らく義父(ちち)継母(はは)もこの程度のことで文句は言わないだろうし、それどころか応援してくれているのも知ってはいるが、だからこそ甘え続けることが心苦しい所もあるのだ。


 前日見返していた部分にはそこまで大きな問題も無さそうなことだし、会話の部分を分かりやすくなる様に、声のボリュームの上げ下げ程度に手を加えて投稿ボタンを押下する。

 正直なところこの段階でいつもの発作がぶり返すものかと思っていたが、何ら普段と変わりなく、それどころか何処かスッキリとした気分にすらなっているではないか。自分はそれほどナルシストであったのだろうか、そうであったならもう少し人生生きやすかったのではないかとも思うのだが、まあそこら辺は神のみぞ知る、と言うことでいいだろう。今更深堀りした所で何が変わるとも思えんのだ。


 しかし、こうして見返してみるとゲーム初日だというにも関わらずこの男は随分と落ち着きが無いものだ。飛んで騒いで最後は盛大に吹き飛んで、我が事ながら見応えは在るように思うのだが、さて、どうだろうか。一応この一月ほどの間独学で配信業なるものの勉強はしていたのだが、何分ニッチでアングラな所も多々ある分野のためイマイチ研究が進んだとは言い難い部分もあるのだ。


 ついでに昨日の事に関してはボス戦闘までを編集したものを別個用意し、今回の動画投稿に際しての反応を見ながら錬金術に関しての動画も上げてみようと考えている。

 あまり細切れにしたくはないのだが、長すぎても初見の視聴者が着きにくい傾向はある様子だし、ついでに投稿回数のかさ増しもしたいので始めの内は短めの動画を中心にしていく様にしよう。


 そのまま数分待っては見たものの、投稿された動画には何の反応も起こりはしない。まあ、流石にこれだけでどうこうなるとは思っていないが、それでも音沙汰無いのは物悲しいものがある。このまま机に向かっていても折角の時間を無駄にするだけに終わりかねないのだから、気分転換に一度ダイヴして色々と動画のタネを撮ってこようか。




 そう思って、居たのだが。




「おら其処ー、手ぇ止めるんじゃねえぞー、キリキリ働けー」


 間延びした濁声が厭に狭い穴倉の中に木霊して、まるで悪霊の囀りのように耳へとこびり付く。周囲では、自分と同じように白と黒の横縞模様の作業着を着込んだ()()()が、手に手に工具を携え皆一様に壁の前に整列している。鶴嘴を一振り、転がり落ちた石くれを足で後ろの方へと退けてまた一振り、延々と続く単純作業に疲弊した脳が何故こんな事になってしまったのかを走馬灯のように思い返す。壊れた映写機のように脳裡に映し出されるその情景を、今の自分には止めるだけの気力も無いのであった。



 その切っ掛けは、ダイヴ早々の出来事であった。


 前日に怒涛のように送り付けられていた着信は、後になって話を聞くと錬金釜を盛大に爆破した事の賠償請求の類いであったらしく、施設の一部の再建費用として自動的に所持金全額が引き落とされた事の通知でもあったらしいのだ。当然の事ながらそれだけの資金がある筈もなく、借金地獄へと一夜にして突入してしまった訳なのだが、どうやらその額というのが途方もない額らしく、到底始めたばかりの初心者である自分が返済できる額では無いらしいのだ。

 それが理由なのか、気付いた時には債権が自動的に売り払われて憐れ我が身は虜囚のものとなってしまったのだ。何が恐ろしいのかと言えば、それが自分が安穏と惰眠を貪っていた昨夜の内に決定されてしまっていたという事で、ダイヴして早々黒服の強面に簀巻きにされて攫われるまで一切の身動きが取れなかった点だろう。強制労働だってもう少し手心を加えてくれるに違いない。

 


 そうしてあれよあれよという間に気が付けば囚人服を着せられて、手枷足枷の上工具を持たされ洞窟の中に押し込められたと云う訳だ。正直な所、かなり撮れ高が有るのではないかと、一瞬考えてしまった自分の思考に腹が立つ。それが無ければ逃げられたやも知れぬのに。


 しかし、ここまで来ては逃げ出すのも一苦労だろう。監視の目は常に有り、ついでに言えば狭苦しい洞窟の中では身動きが制限される都合上、単純に二人三人で壁を作られただけで逃げ場など無くなってしまう。況してこの現場では裏切り密告が奨励されているようで、逃げ出そうとした輩が同じ囚人たちの手によって袋叩きにされる現場も、もう何度も目にしている。炊き立てのおこわ美味しかったです、名も知れぬ先輩よ、目の前で逃げ出してくれてありがとう。

 

 加えてこれで只の苦役と云う訳でも無いのが猶の事、ここから逃げ出す理由を削り落とそうとしてくるのだ。そこで今更ながらの話なのだが、この世界の地理についての説明をしようと思う。


 実は自分が始めに降り立った町、あそこは所謂インスタントエリアと云うもので、同じような町が幾つもサーバー内には存在しており大体の座標が重なっているそうなのだ。その上でそこから東の方へと進むと『王国』があり、西の方には『帝国』があるそうで、北の方は森と山脈に隔たれた先に国があり、南の方は人跡未踏の砂漠地帯が広がりその先に更に大海原が待っていると云うような地形らしい。正直うろ覚えにも程があるのだが、取り敢えず今の所は『王国』か『帝国』に所属する事で先の展望が開けるという事で、国家に所属する事でゲーム的なストーリーが始まるのではないかとネット上では言われているのだ。


 それを踏まえての事なのだが今現在自分たちが掘っている穴とはその山脈を突き抜ける為の代物らしく、詰まる所ここが開通した暁には、自分たちがいの一番に北の国に向かえるのでは無いかと捕らぬ狸の皮算用を始めている輩が居るらしいのだ。常識的に考えればそんな事はあり得ないのだが、ここがゲームである事が悪い方向に作用してしまったのだろう。或いはこんな所に押し込められているような輩、頭の出来自体真っ当と云えぬ出来であったとしても何ら可笑しな事でもないが。


 とは言えこれはこれで解体スキルと探索スキル、それに考古学スキルにも多少ではあるが熟練度の類いが入ってきているらしいのだ。前者二つは兎も角として、考古学スキルはどこかで上げたいとは思っていても何処で上げればいいかさっぱりと判らなかったスキルでもあり、正直ここで上げられるだけ上げたいのが心情である。脱出はその後でも良いだろう、急ぎの用事は何もないのだから多少の寄り道とて許されるはずだ。


 そう思いつつトンテンカンとリズミカルに鶴嘴を振るう。別段採掘活動がリズムゲームな訳では無いが凝った所で何か良い物が出てくる訳でも無い以上、態々注意しながら掘り進める必要もなく、邪魔な砕石を退かす足でステップを踏みつつ陽気なサンバを脳裡に響かせ能天気に作業を進める。頭が可笑しくなった訳では無い、単純作業の連続は人によりけりと言うだけの話だ。正直このまま上がっていく数字を見つめるだけなのは憤懣遣る方無い所があるのだが、ここを逃せばいつ上げられるかも判らない以上、数字を人質に取られたゲーマーは黙って従う他に無いのだ。


 そうして一人静かに隧道の壁を掘っていると、不意に隣の囚人から声を掛けられる。


「なあ、お前さんは何してここに送り込まれたんだ?俺はちょっとした仕事にしくじって、なんだが」


 軽薄さすら漂わせたその陽気な声は随分と下の方から響いて来るではないか、流石に気になって振り向いてみたが想定以上に相手の背丈は低かった様子で、向けた視線の先には薄っすらとした焦げ茶色のつむじが二つきりしか見えはしない。


「おうおう、もうチットばかし下の方だな。お前さんの背丈なら屈んだほうが早いかもしれん」


 どっこいせ、と一声掛けて手近な岩へと這い上ったのはずんぐりむっくりな毛だらけの小男、俗に言う『ドワーフ』と言うやつだろうか。しかしこのゲーム、初期選択では種族選択は出来なかった筈なのだが、一体全体どういった事なのだろうか。


「見たとこお前さんもプレイヤーだろう?それも採掘だの何だの、矢鱈と上げづらいスキルを取ったせいでここから逃げ出す口実を失った口じゃあないかね、ん?」


 随分と自慢げに胸を張って自らの推理を話してはいるが、その流れだとこの小男も自分の同類という事になるのを分かっているのだろうか、なかなかに小っ恥ずかしいというか情けない理由だと思うのだが。


「そういう貴方も数字を人質に取られているのでは?と云うかその背の低さは一体どうしたんですか、生来の物であれば失礼致しましたが、そうで無いならどのようにしてそうなったのか興味があるのですが」

「生来の物だが気にするな、何なら一回り以上小さくし直しているからな。そういう訳でこれでも普通の人間だよ、面白くなくて済まないね」

「いえ、こちらが失礼な事を申したまで、謝罪するべきは自分の方です。申し訳ありません」


 小人症、という奴だろう。細かいところは知らないが、立ち居振る舞いを見るに眼の前の人はそれなり以上の年齢に見える、相応に苦労をしてきたのだろうにあっけらかんと自身の境遇をあけすけに話せるその度量、そんじょそこらの一般人では収まらぬ器だ。


「そうかそうか、それなら謝罪代わりに君のこれまでの経緯を聞かせておくれよ、それで手打ちとしようじゃないか」

 

 にこやかな笑顔を浮かべながらも一切譲る気のない押しの強さ、改めて思うがこの形で自分と同じ様な罪状で此処に送り込まれたのだとしたら、この男はとんでもない食わせ物に違いない。


 とんだトラップに引っ掛かった気分だが、このまま黙々と仕事に集中しているのも気が滅入るのだ。気分転換と思って少しばかり自分語りに付き合ってもらうとしよう。

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