第十二話 二兎追う者は一兎をも得ず
行き先を教えて貰ったのはいい物の、さてどちらが西なのか。
そんな茶番を挟みつつもやって来た西の草原、まあ初日に向かったのが北なのだからそこから類推すれば簡単に分かる問題だ。
そんなこんなでやって来たのだが、西の草原は北の森とは違って随分と盛況なところであった。
無論街中の如く人いきれで息も出来ぬほどとまでは言わないが、人影一つ見えなかった森の中とは違ってチラホラと動く影が見えるのは、今更ながらにVRMMOを自分も遊んでいるのだと、何かよく分からない感動のような物が沸き立つ気分だ。
まあ、人と絡むことの出来るような性格ではないので、一人淋しく隅の方で兎狩りに終始しているのだが。
そうして判った事ではあるが、どうやらこの兎は初心者が相手取るのに丁度いいくらいの相手のようだと云う事だった。
何せ動きがすっとろいのだ、何かに付けて動きがまごつき方向転換一つにも手間取る始末、これではただの的にしか成らんだろうとも思ったが、どうにもこの程度の相手にすらこの草原にいる者たちは手間取っている様子であった。
とは言え一人でも蹴散らし草原の奥の方へと向かう人影も見える辺り、ここは本当に戦闘の基礎を実地で学ぶための場所なのであろう。強くなったのならさっさと何処へでも行きなさいとの無言の圧力が骨身に染みる。
さりとて一度依頼を受けてしまった身の上なのだ、少なくとも目標数の討伐を終えるまでは動くことは出来ないのだ。正直周囲の人目が気になりすぎるのでさっさとコチラも移動したいところなのだが、そうは言っても初心者向けなのは敵の動きだけではなくて敵の出現率もそうらしく、何時まで経っても追加の敵が出てきやしない。
遠くの方で光が集まり兎の影が湧いたと思えば、近くで待機していた集団にタコ殴りにされている。ああも大人数で囲まなくとも良いだろうに、現実の兎に比べれば大柄な体格をしているとは云えそれでもたかが兎だ、剣や槍では互いの動きが邪魔になってろくに狙いも付けられないだろう。
実際おしくらまんじゅうの隙間から数匹兎が逃げ出す現場を見ているだけに、もどかしい思いが背筋を駆け抜けてうそ寒いのだ。
そうは言っても自分に出来ることは何も無い、正確にはあったとしても出来るような性格ではないが正しい所か。
逃げるようにその場を後にし更に奥地の方へと踏み込んで行くが、そこで目にした物はと言えばこれまた先程の焼き増しのような惨状ばかり。
行けども行けども代わり映えの無い景色に辟易としてきた頃、漸く一つの変化が目の前へと訪れる。
それは極彩色に輝く鉄の扉の姿をしたナニカであった。
何を言っているのか分からないが、唐突に草原の真ん中に扉が生えてきたのだ。訳が分からないのはコチラの方だとも。
魔眼の力で見る限り、これが魔力で出来た物である事は判るのだが、それ以上の情報は何も得られないのだ。正直な所扉の存在だけでも困惑するしかないのだが、自分の混乱を加速させるのはもう一つの要因もある。
「追い付かれるぞー、早くにげろー」「そっちに逃げて良いのかなぁ」「へっぴり腰ぃ!もっとしゃんと立て!」
口々に野次を飛ばしているのは、ここをピクニック場とでも勘違いしたような装いの集団。色取り取りの鎧を身に纏い、揃いの紋章の刻まれたマントを翻すその様は正に規律に富んだ兵士の姿。
これでビール片手に声を張り上げていなければ完璧な姿であっただろうに、どうしてそこで落ちを付けてしまったのか。
そんな呑兵衛どもの野次を受けるのは極彩色の扉の向こう、うっすらと靄の掛かった草原の一部で巨大な兎と格闘している四人の集団であった。
「大技来るぞー、気を付けろー」「守りの呪文を忘れないようにねぇ」「盾役が下がろうとすんじゃねえ!バカモンがっ!」
実に取っ付き辛いその場の空気に、回れ右で逃げようとしたその瞬間。
「おや、どなたですかな」
そう声を掛けてきたのは座って見ていた兵士の一人。奇抜な青い髪色にモノクルと大分傾いた格好の癖に、居座る面子の中ではいっとう腕が立つのだろう。或いは喧々諤々、盛んに議論を交わす他の面子と比べて余裕があった事も一因か。
今はコチラに気付いて欲しくなかったものだが、さりとて見咎められたならば致し方無いと云うもの、素直に頭を下げて謝ろう。
「盗み見るような真似をして申し訳ありません、自分は新米冒険者の『アスラ』と申します」
「これはこれはご丁寧にどうも、私共は『クラン・火竜の鉤爪』所属のプレイヤーでして、今回は新入りの教練にここのボスを使わせて頂いていたのですよ」
丁寧な物言いの裏には自らの力量への自負が透けて見える。或いは仲間への信頼か、それまでコチラに意識など向けていなかったのに、彼が話し始めた途端に半分ほどの人員がコチラに向き直っているではないか。
これは早々に退散した方が良さそうだ、そう判断し言葉を繋げようと口を開いたその瞬間、向こうから響いた罵声に遮られる。
「なーにをやっとるんだ、この馬鹿者どもが!!!」
怒髪天を突くとは正にこの事か、思考も意識も瞬間的に持っていかれる程の怒声に、流石に眼前の兵士も首を竦めていた。
「おやおや、今回もダメでしたか」
「全くもって成っとらん!『ガラク』よ、推薦人の質が低いのではないか」
「そう言わないで下さいな。……そもそも立ち上げ当初の人員だけでは回らないからと、補充をせっついたのは貴方でしょうに」
傾いた格好の優男と、大柄巨漢の益荒男。一見水と油のようにも見えるその二人は、されど親しき仲であることを示すように言葉とは裏腹に笑顔で会話を為している。
そんな気安い様子で言葉を交わす二人の姿に、一瞬言葉が詰まってしまう。
かつての自分はあの様に、戦友達と言葉を交わすことが出来ていただろうかと、どうにもなら無い郷愁に胸焦がされる様に思っていたら、どうした事かコチラに矛先が向かって来てしまったではないか。
「んで、何者だ、お前さんは」
「新米冒険者さんだそうですよ、そう威嚇なさらないで」
うむ、眼鏡の人よ。それは思ったが口に出さないで頂きたかった、笑いを堪えるので手一杯になるではないか。
むせ込みそうになる気管を労るのに躍起になっている内に、包囲網は築かれてしまったらしい。両手を上げて降参の意思を示したそのまま、自分は弁明のための言葉を繋ぐ。
「自分は兎を求めて彷徨っていた、一介の冒険者に過ぎません。お邪魔する気は毛頭ありませんでしたが、不作法でしたら誠に申し訳も御座いません」
出来ればこれで勘弁して貰えると助かるのだが、どうだろうか。
「ふうむ、そこまで卑屈にならんでも良い。別段此方が迷惑を被った訳で無し、そも公共の場を借りているのは此方の方だ、頭を下げるなら此方が先だろう。すまなかったな」
おっと、これはどう見るべきか。
謝罪を交わしあったと言うことはここで手打ちと言うことで良いのだろうが、それにしては向こうが下手に出すぎているような気がしなくもない。
言ってはなんだが現状の自分に対してならば、彼等が数を活かして襲ってくれば為す術もなく討ち取られても可笑しくはないのだ。それにも関わらず、態々自分のような不審者に頭を下げるなど、何かしらの思惑があるに違いない。
とは言えここから踵を返して逃げ出すとしても既に包囲されている以上、無事で済む保証は皆無だ。
こうなった以上は腹を括って向こうの出方を待つ他無いだろう。
そんな自分の考えを読んだ訳では無いのだろうが、ドンピシャのタイミングで新たな声が後ろから響く。
「どうしたんすか、皆さん集まって。というかその人は誰っすか?」
蓮っ葉な口調とは裏腹に、涼やかなソプラノボイスが耳に心地良く鳴り響く。
ルックスも短めの金髪に碧眼と、実に男心を擽るパーツを揃えて誂えたかのようなその少女は、記憶が確かならば先程まで靄の向こうで巨大兎と格闘戦を繰り広げていた魔法使いの筈だ。
三々五々と集まり出した面子は五人、どうやら自分が観戦する前にすでに一人脱落していたらしい。
そう暢気に構えて居たのがいけなかったのだろうか、爆弾が唐突に放たれたのはその直後の事だった。
「コチラの方はアスラさん、今回貴方方の指導役を務めて下さる方ですよ」
片眼鏡の青年がそう宣うが、自分は何も承諾等していないのだがこれは一体どういう事か。
「おい、ガラク、何を考えている。堅気に迷惑を掛ける気か」
自分が疑問を挟むその前に傍らの益荒男が声を挙げてくれたのは助かるのだが、もう少し言い方はなんとかならなかったのだろうか。
しかし片眼鏡の青年も譲らない。
「ここまでこれた時点で相応の腕前と言う事は証明されていますし、彼もエリアボスを倒せれば儲けものです。此方から相応の謝礼も出すのであれば問題ないのでは」
「それは此方の理屈だろうが、堅気の者を巻き込むために使うんじゃねえ。……もう一度聴くがガラク、お前何を考えている」
剣呑な空気を纏った益荒男に、先程までは盛んに囃し立てていた周りの兵士も固唾を飲んで見守っている。
出来ればもう少しばかり役に立って欲しいのだが。
「『ガズル』貴方は気になりませんか?明らかに低レベルであるにも関わらず、こうもラビット達が寄り付かない理由が、なのにこの場所まで辿り着けた理由が」
ふむ、何やら兎の影が見えなかったのには何らかの理由があったらしい。今更言われても困るのだが。
ついでに言えば、その言葉で益荒男の気が揺らいだのも、コチラとしてはあまり宜しくは無いのだが。
「なあ、アスラ。一つ取引といかねえか?」
そうら来た、良く判らん理由で一方的に計られるような遣り口は自分の趣味では無いのだ。
されど、そうした手合いの度肝を抜くのは、また格別な面白さに溢れているのが堪らない所。報酬も弾むと言うのだから、話くらいは聴いてみても良いかもしれない。
……そんな浅はかな考えがまさかあそこまでの大事に発展するだなんて、当時の自分には想像も出来ない事であったのだ。




