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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第一章 それは蜘蛛の糸か否か
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第一話 始まらなかった物語


 古ぼけ寂れた映画館のような内装、薄っすらと埃の積もった座席に座るのは一人の青年。

 薄暗い明かりにぽつねんと人影一つが佇む薄ら寒い情景の中、年季の入ったスクリーンへとこれまた年季の入った映写機が、止め処なく三文芝居の上映を繰り返している。

 

「助けてくれぇ!もう悪い事はしないからよぉ!」「貴様如きに為せる正義など何処にもない。……貴様は戦うべきで無かったのだ」「どうしてこの力を振るうことを止められようか、蹂躙こそ至上の快楽、貴様とてそれを知らぬ訳ではあるまい」「誰が助けろと言った!お前は俺を見捨てて進まなky「どこに行ったの、私の可愛いぼうy「助けられて良か「もう、いいだろう」たのは誰?」aちだ、自棄が回っちまったらしい」うなら、大切だった貴方。……どうか、安らかに」


 

 カチャカチャと、ボタンを押下する音がする。カチリカチリと、カーソルを動かす音がする。パチパチと、スイッチを切り替える音がする。


 スクリーンに無限大にも思える程に広げられた幾つものシーン。一つ音が鳴るたびに、一つ二つと暗くなる。指先が一度触れるたび、暗闇に浮かぶ光が消える。


 幾つもの選択肢、目の前に広がる広大な地平に刻まれた道標。一つ選んで歩を進めれば、跡に残るのは進んで来た道程だけ。幾つもの選択肢は風に流され砂塵の中に掻き消され、戻る道など残りはしない。


 

 眼前に広がっていたスクリーンに残る光はもう僅か。選んだ選択肢は選ばなかった未来と背中合わせで、どうしたって取りこぼした物ばかりが目に映る。

 最早映し出される情景は一つだけ、藻掻き足掻き泥に塗れて立ち上がる気力すら失った主人公が失意に折れて項垂れるだけ、ただそれだけの物静かな無言劇の様なそれ。

 

 その後の顛末がどうなったのか、()()()()()()()()()()()()()を、まるで映画のワンシーンかのように壊れた映写機が繰り返し脳裡に投射する。


 選び疲れたその手から、滑り落ちた選択肢は一体どこへ行くのだろうか。それは誰にも分からないだろう。


 分かるのは、幾度も選び直した選択が雁字搦めになっている事だけ。最早どうしたって、何処を選び取った所で、()()()()()()()など出来はしないに違いない。



 擦れたスクリーンに映し出される若気の至り、厚顔無恥な黒歴史の数々が、ぞろりと並んで異口同音に歌い出す。かごめかごめでもそこまでの悪意は籠っていないに違いない、そう思わされる程に忌々しいその情景が不意に掻き消える様に遠ざかり、次いで聞きたくも無い電子音が耳をつんざく様に木霊する。

 渦を巻いて降り掛かる罵詈雑言に、侮蔑と憐憫の感情の込められた視線。ありもしない情景がかつての悪夢と同期して、蠱毒の甕をひっくり返した様におどろおどろしい人影へと変貌していく、その刹那。


 爆発したかのように、突如として音量を上げた電子音の前にすべての影が掻き消され、そのまま浮上していく意識の中。

 


 

 露と消え行く情景は、朝っぱらから胸の内に大きなしこりだけ残して、記憶からも溶け落ちて行ったのであった。




 けたたましく枕元で鳴り響く目覚ましに、朝の気怠げな一時を切り裂かれてつい跳ね起きる。()()が不要になってからどれだけの時が過ぎたのか、未だに時間に囚われている自分の姿が滑稽に思える反面、社会との繋がりを持っていたいと縋る先が苦痛しか無い過去の出来事なのが笑えてくる。

 

 起きてしまったものは仕方がないから、億劫であれども布団から這い出て身支度を整えねばならぬだろう。誰に見せる訳でも無く、誰が見てくれる訳でも無い。それでも、世間一般から見れば落伍者であっても最低限のラインは割らぬ様にと敢えて努めてみせる。それ位しか今の自分に出来ることは無いのだから、手を抜く事なぞ出来る筈も無し。


 六畳一間の小ぢんまりとした部屋を抜け、小さな洗面台の前に立つ。薄く汚れた鏡に映るのは、これまた小汚い身形の自分の姿。忌々しい薄い栗毛色の髪に少しばかり彫りの深い顔立ち、黒色の瞳だけが妙に浮いて見える西洋風の顔に張り付いた、薄っすら残る傷跡に苦い物が込み上げてくるような気持になって急いで口の中を濯ぐ。生温い水の温度が乾いた口内に張り付くようで、一層の気持ち悪さに見舞われて一息に吐き出した。


 努めて鏡を見ない様にしながら歯を磨き、おざなりにでも髭を剃って一応の身支度を整える。寝ぐせの類いが昔から付きにくかった事だけはこの髪に感謝してやってもいいだろう、そもそもこの髪色でなければ鏡を見るたび億劫な気持ちにならずにすんでいただろうが。



 軽く身形を整え、寒々しい廊下を抜けた先の扉を開けた途端、目に飛び込んできたのは紺色の制服。


 少し着古した風のある、つい最近まで袖を通していた自分の制服。胸に光る取り替えたばかりで真新しい『鶴崎(つるさき) (あきら)』のネームプレートが、恨めしげにコチラを見ているように感じて嫌気が再び込み上げてくる。


 強く目を瞑ってはみたものの、それで現実が変わるわけもなく依然として紺の制服はタンスの前に架かっていた。


「……クソッたれが」


 ともすれば焦燥と自己嫌悪に張り裂けそうな胸の内が、つい口を付いて溢れ落ちては心の内を黒く染めようと弱い己を苛み始める。


 そのままでは待っているのは不毛な自己否定の無限スパイラル、またぞろベッドの上で布団にくるまったまま無為に一日を過ごす羽目になってしまうのは御免だと、気合いを振り絞って机の前に腰掛けたはいいのだが。


「さて、……どうした物か」


 名探偵皆を集めてさてと言い、等と云う言葉もあるが現実はそう簡単には行かぬもの。

 こうして机に着いてはみたものの、軽口を叩いたところで何が進展するでも無し、並んで立て掛けられた教本に手を伸ばそうにも何れも今の自分には難解極まりなくて数ページ開いた所で手が止まってしまう始末。


 結局気が付けば例によって例の如く、目の前にあるのは白く光る広角ディスプレイ。世界の音を消し去るようにヘッドホンで両耳を塞ぎ、他愛もないネットの雑音に身を浸す。

 カーテンを最後に開けたのは何時だったか、薄暗い部屋の中で唯一光を発する画面だけを見詰めながら益体もない考えに黙して耽る。


 気付けば何時の間にか手も止まり、唯ひたすらに思考の内へと埋没してしまっていた。


 すっかりと暗くなった室内で眼の前のディスプレイだけが煌々と自分の姿を照らしているその様が、どうしようもなく今の自分が世間様から外れてしまった事を暗示しているようで、遣る瀬無さと心細さに温かい筈の室内なのに体の奥から震えが走る。


 寒くも無い筈なのにカチカチと音を立てて鳴る奥歯が鬱陶しく、ガジリ、と音を立てさせ勢い良く歯を噛み締めたその時に。

 唇までも巻き込んだのか、じわりと広がる痛みと共に口の中に薄っぺらい鉄の味が流れ込む。


 おこりの様に震える身体を抑え付け、十字架の如く聳える制服の横を通り過ぎ、寒々しいリビングへと歩を進める。そのまま狭苦しいキッチンに備え付けの冷蔵庫から、お得シールの付いたままのうどんの袋を引っ張り出す。手早くネギと天かすを用意して湯掻いたうどんと共に丼の中へとぶちまけたなら、勢いのままにめんつゆを回し掛けるが早いか喉の奥へと流し込んだ。

 

 手早く食事を済ませたその後は無為にネットの海に漂うか、はたまたささっと寝てしまうか。寝苦しくも無い爽やかな朝に無駄に飛び起きた腹いせもあるし、ここはやはり布団に潜り込んでしまうのが吉と見た。


 そうして着替えるのも億劫とばかりに横になるが早いか、吊り上げられるかのように意識が身体から乖離しだす。体感、瞬きをしたその瞬間には見も知らぬ場所に連れ去られたような、狐につままれた気分のままに一つきりの椅子へと座る。

 それを待っていたかのように、壊れかけの映写機が音を立てて動き出す。古ぼけたスクリーンへと映し出されるのはどんなシーンか、想像も出来ぬままに今宵もまた苛まれるのだ。



 こうして、今日も終わらない悪夢のような一日が過ぎていったのであった。

と、言う訳で。VRゲームを謳いながら、ゲーム開始までしばらく間が空くこの作品が始まりました。


気長にお付き合いいただければ幸いですが、待ってらんねえぜ!と云う方は次の章からお読みいただければ問題無くゲームのプレイ描写からご覧いただけます。


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