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夢を見たかった男

作者: 雉白書屋

 その男は他の人々と同じように夢を見たいと常々思っていた。自分の将来を見出せず、思い悩んでいたわけではない。彼が見たい夢というのは寝ている間に見る夢のことだ。彼は物心ついたときから、夢というものを見たことがなかったのだ。

 実際には夢を見ていて、起きた時に忘れてしまっているのかもしれないが、それは彼にとってはどうでもいいこと。小学生の時、「昨日どんな夢を見た?」と友人から話を振られ、適当な嘘でごまかしたことは今でも鮮明に覚えている。むろん、そのクラスメイトには嘘をついたことを気づかれはしなかっただろうが、みんなが見ているものを自分だけが見ていないという疎外感。それは大人になった今の彼が執着する十分な理由だった。そして……


「ついに完成した……」


 彼は研究の末、ついにやり遂げた。

 

「いやいやおめでとう。はははは! 自由に夢を見られる薬とは、いやぁまさに夢のような商品じゃないか! はははは! 商品名は『ユメミール』『夢見る乙女』『ユメカナエール』ふふふっ、どれがいいと思う?」


「いや、自分はちょっとそういったセンスに自信がないので……」


「ははははは! 前から思っていたが、君は夢見る薬の開発主任なのに、すごく現実的な人間だよなぁ。はははは!」


「あはは……あ、自由に研究させていただいて、社長には本当に感謝してます」


「いやいや、君の優秀さは学生の頃から聞いていたからね。我が社に来てくれたんだ、当然の待遇だよ。私も君も見る目があったということだねぇ! ミルメーガアール! はははは! さて、販促などはこちらに任せて、君は存分に休みを取っていいぞ。いやぁ、ボーナスも期待しておきたまえ、はははははは!」


 彼は大学卒業後、ある製薬会社の商品開発チームの主任となった。そして、今の会話の通り、彼は服用者が望む夢を見られる薬の開発に意図せずに成功したのだ。

 薬には睡眠作用も備わっており、眠りに落ちる間にどんな夢を見たいか念じることで、その通りの夢を見ることができる。そして、夢の中でも、ある程度自分が望む展開に持っていくことができるのだ。

 明晰夢には誰もが憧れを抱いているだろう。それを薬を飲むだけで見られるのだから、まさに夢のような薬。社長の言う通りであった。

 彼もそのことは否定しないが、しかし彼は夢のその法則性のなさ、無秩序に憧れを抱き、普通の夢を見られさえすればいいと思っていたので、その点については何の感動も抱かなかった。

 その彼も、いよいよの時となると気分の高揚を抑えきれなくなった。夜、自宅で彼は何度か深呼吸をして、薬を飲んだ。

 そして、目を閉じて念じる。自分が望む夢。それは普通の、普通の…………


 突如、携帯電話が鳴り、彼はハッと目を開けた。なんてタイミングで邪魔をしてくれるんだ、と彼は睨んだ後、電話を手に取った。


「た、た、大変です!」


「どうしたんだ、まったく……」


 電話の相手は彼の部下だった。彼はため息をつき、不機嫌な態度を露わにした。しかし、部下は気にも留めずに言った。


「あ、あ、あの薬に副作用が見つかって……」


「副作用? それは目覚めたときに喪失感を抱いたり、起きたばかりは夢と現実の区別がつきにくいというやつだろう?」


 当然、薬はテスト済みだ。その程度の副作用は自己責任の範疇で、注意書きがあれば十分と判断した。服用者が事件を起こしても訴えられることもない。むしろ良い宣伝になるだろう、というのは社長の言葉だが、彼は事件にまでは至らないと考えていた。

 

「ち、ちが、違うんです。あ、あの今夜、同僚のやつと祝いで酒を飲んでて、それで薬も飲もうって流れになったんです。でも、あいつ、今夜はこれまでと趣向を変えて、その、危険な夢を見ようとして」


「危険な夢?」


「す、スカイダイビングをする夢を……」


「あのなぁ……。その類の夢ならテストの時に被験者の誰かが見ただろう。問題なかったはずだ」


「ぱ、パラシュートなしで、それで死ぬと」


「夢の中で自殺か……。趣味がいいとは言えないな。確かにそれはまだ試してなかった気がするが、それがどうしたんだ」


「け、怪我くらいなら確かに問題はないのですが、いや、夢の中で死んでも問題なんて起きないはずなんですが、ほ、本当に、死んで」


「は?」


「今、本当に死んだんですよ! 俺の隣で! 声を上げて! 白目剥いて、呼吸が止まっているんですよ!」


「そんな馬鹿な……。その彼には持病などなかったよな。では、本当にあの薬のせいで……いや、しかし夢で死ぬと現実でも死ぬ? そんなことが本当に……ああ、とにかくわかった、社長に連絡をしてみる」


 彼はそう言って一度電話を切り、今度は社長へ掛けた。だが、繋がらない。浮かれてどこかの店で酒でも飲んでいるのだろうか。そう言えば、別れ際にそんなような話をしていた気がする。銀座かどこかのクラブでパーッと祝うと。

 こうしてはいられない。彼は上着を羽織り、車に乗り込んだ。とりあえず銀座方面に向かって車を運転する間も、社長の居場所に心当たりがありそうな人物に次々と電話を掛けた。

 しかし、それがまずかった。彼はハンドルの操作を誤り、対向車線へ。そして……


「ぐ、ううう……」


 うっすらと煙を上げる車。彼はドアから這い出たが、きっと助からない。そう思わずにはいられないほどの怪我を負った彼は力を振り絞り、地面に仰向けになって夜空を見上げた。

 最期に、せめて夢を、夢を見たい……。ああ、薬がまだポケットの中にあったはずだ。……でも、どんな夢を、いや、何でもいい。空想的な、ああ、そうだ。龍が出てくるような――


 そう思い、ポケットの中を探っていた彼は、はた動きを止めた。


 俺が望んだ夢とは……普通の……普通とは……現実的な……つまりそれは……じゃあ、あの薬の副作用は本当に……


 広がる瞳孔。彼のその瞳には、夜空を自由に泳ぐ龍の姿が映っていた。

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