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第90話 社畜と年表

「それは助かります。ぜひお願いします」



 もとよりそのつもりだ。


 『深淵の澱』に関する情報が少しでも得られるのならそれでいい。



『じゃあ決まりね。もちろん目当てのところだけ見たいなら別にいいんだけど、もしアンタが神官を志望するなら最初から体験していくことをお勧めするわよ?』



 うーむ。


 別に神官になどなるつもりはないが、確かに古代文明の歴史を追体験できるのは魅力的だ。


 できることなら全部体験していきたいところだが……さすがに今は目的があるからな。



「ちなみに全部体験していくと、どのくらいかかるんですか?」


『んー、現実時間に換算してざっと三百年くらいかしらね。要点をかいつまんだ圧縮版で十年くらいかしら?』


「どっちも無理ですね……」



 長すぎだろ!


 それだけの情報量があったら、大河ドラマ何本作れるんだって話だ。



 その後も彼女にいろいろ話を聞いていくと、この本は本来ロイク・ソプ魔導王朝後期に当時の王が歴史編纂事業を配下に命じ作らせた書物らしいのだが、その後の時代に魔法史のテキストになったり別の古代文明の宗教的な資料として神官たちの教材になったりしていたらしい。


 ちなみに彼女はそんな神官候補生たちに歴史を学ばせるために、夜なべをして(と彼女は言っていた)重要な出来事だけをまとめた『十年コース』を編み出したそうだ。


 見た目と言動からは想像できないマメさである。


 もっともその神官候補たちもかれこれ数百年以上訪れておらず、現在は暇を持て余していたらしい。


 まあ見つけた場所、遺跡になってたからな。



 ちなみに俺が路地から出たところで彼女と衝突したのは、数百年ぶりの来訪者でテンションが上がり過ぎて猛スピードでやってきたかららしい。


 時間に余裕があれば寂しんぼの妖精さんに付き合っていろいろ歴史の講義を受けてみたいところだが、俺たちにはあまり時間がない。



「とりあえず、『深淵の澱』に関係ありそうなところだけでお願いします」


『分かったわ! ……でも、他の時代も見たくなったら言ってね?』



 言って、ミルさんがサッと手を振った。


 次の瞬間、彼女の目の前にホログラムウィンドウのような縦長の画面が浮かび上がった。


 サイズはざっと俺の身長くらいはありそう。


 そこには大量の項目がずらりと並んでいた。


 三桁から四桁ほどの数字がまず記載され、その横に人名や地名などが並んでいる。


 なるほど、これは……年表か。


 どうやらロイク・ソプ魔導王朝は千数百年にも及ぶ栄華を誇ったようだ。



『うーん……該当しそうな出来事ならば、かなり最後らへんね。この辺で、初めて『深淵』魔法の運用があったわ』



 彼女はウィンドウの下の方を指さして言った。



「この、『第五次小バーリィ攻城戦』という項目ですか」



 俺もしゃがみこんで、彼女の示す文字列を読み上げる。



『そうそう。ただ、人族にとってはあまり気持ちのいい場面ではないけども……大丈夫?』



 どうやら『深淵の澱』は戦争に関するものらしい。


 まあ、人の歴史に戦争は付きものだ。


 それに異世界の、さらに古代の戦争について感傷に浸るほど俺も感受性が強い人間ではない。


 問題ないだろう。



 ただ、気になる言葉もあった。


 ……『人族』?


 『人族』って人間のことだよな? ロイク・ソプ王朝って人間の王朝じゃないのか?


 まあ、とにかく見てみないことには始まらない。



「問題ありません」


『じゃあ、飛ぶわね』



 俺が頷くのと同時に、周囲の景色が変わった。

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