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第82話 社畜、新たなるダンジョン(?)を発見する

「ぐっ……あがっ……!?」



 廃神社の社を引き戸を開いた瞬間だった。


 強烈な灼熱感が俺の左目を襲う。


 同時に視界に火の粉が舞い始めた……ヤバいっ!?


 慌てて左目を手で覆う。



 くそ、この感じ……まさかこんな場所に『扉』が!?


 まったく予期していなかったせいで、思わず声が出てしまった。



「廣井さん! やはり中に本体が……!?」


「だ、大丈夫ですか!?」



 俺の様子が変だと察したのか、桐井課長と加東さんが慌てて駆け寄ってくる。



「だ、大丈夫です。長い間放置されていたせいで中で舞っていた埃が目と喉に入ったみたいで。……ごほっ、げほっ」



 ……が、俺は左目を手で覆ったまま、もう片方の手で彼女たちを制止する。


 それから咳き込んで見せた。


 実際内部は埃っぽく、息を吸い込んだ瞬間に喉がイガイガしたから演技には見えなかったはずだ。


 くそ、完全に油断した。



「それはそれで心配ですが……本当に妖魔の攻撃ではないんですね?」


「驚かせてすいません。妖魔はいませんよ」



 言って、俺はその場をどいて彼女たちに社の内部が見えるようにした。


 すでに左目の灼熱感は消えていたが、なんとなく手で覆ったままにしてしまう。



 桐井課長と加東さんはそんな俺の様子を心配しながらも戸の前までやってくる。


 それからスマホのライトで照らしながら、二人でおそるおそる社の中を覗き込んだ。



「確かに何もいませんね……やはり妖魔の本体は逃走したようですね」


「ホントですね、空っぽです……うわっ、あそこ床板が腐ってますよ!」



 二人が言うとおり、社の内部は空っぽだった。


 もちろん妖魔の姿は影も形もない。


 がらんとした四畳半ほどの板張りの床に、埃がうっすら積もっているだけだ。


 床の奥側は、加東さんの言うとおり雨漏り跡と思しき箇所が腐ってたわんでいるのが見えた。



 そしてそのさらに奥。


 かつてはご神体が(まつ)られていたと思しき場所に、明らかに神社には似つかわしくない重厚な鉄扉が鎮座しているのが、俺には見えた(・・・・・・)



 もっとも、社の内部を覗き込んでいる彼女たちはそのことに言及する気配すらない。


 腐った床などより明らかに異質な光景だというのに、である。


 見えていないのだ。あれが。



 となると、俺もあの鉄扉について口にすることは(はばか)られた。



「…………おお、本当だ。加東さん、中に入ったらダメだよ。危ないからね」



 ひとまず軽口を叩いてお茶を濁す。



「もう、そんなことしませんって! 廣井さん、子ども扱いしないでください!」



 そんな俺の胸の内を知る由もない加東さんが、ぷくーと頬を膨らませる。



「はは、ごめんごめん」



 もっともこういった気軽なやりとりができるのは、ある意味彼女の信頼を得た証とも言える。


 隠し事をしている罪悪感がなくもないが、今後も研修やら指導やらで顔を合わせることもあるかもしれないし、彼女とはこのままいい感じの距離感を保っていきたいところだ。



 それはさておき、あの鉄扉だ。

 

 桐井課長いわく、先ほど殲滅した妖魔の中に本体はいなかったとのことだが……



 もしかして、あの中に逃げ込んだのだろうか?


 あるいは本当にここから逃げ出したのか。



 俺の勘では、前者だと思うのだが……どうしたものか。



「さて、妖魔の殲滅も確認できたことですし、そろそろ帰りましょうか。本体を取り逃がしたとはいえ、あれだけの妖魔を造り出したのなら本体もしばらく身動き取れないでしょうし」



 そうこうしていると、桐井課長がそう切り出した。


 確かにあれだけ大量の妖魔を造り出した本体は、現在魔力をほとんど失っている状態だと思われる。


 いずれ本体の魔力は戻るだろうが、今すぐ危険な状態まで回復することはないだろう。



「……そうですね」


「私、お腹ぺこぺこです……」



 その後は三人で雑談をしつつ加東さんを最寄りの駅まで送ってゆき、俺と桐井課長は本社に戻り軽い残務をこなしてから帰宅となった。


 ちなみに加東さんのマスコットことサラ君は彼女を家までしっかり送り届けてから解散するそうだ。


 寡黙だが、大変勤勉なマスコットである。




 ◇




 そして、その日の深夜。


 夕食を摂ったあと、俺は廃神社に舞い戻ってきていた。


 クロと一緒に。



 というか食事の最中にもう一度この場所に戻る旨を伝えたら、食後にいきなり巨大化して背中に乗れと促されてしまった。


 そのあとは『隠密』を使い、屋根や電柱伝いに夜の空を駆け……ものの十五分ほどでこの場にたどり着いていた。


 ここに来るまでのあいだクロは終始楽しそうにしていたから、いつもの夜の散歩の一環と認識しているかもしれない。



 いずれにせよ、俺としてもあの鉄扉の先が気になるし、なにより妖魔の本体が内部に潜んでいないかどうかの確認せずにはいられなかったのは確かだ。


 本体がどこかに逃げていたのならいいのだが、単純に討ち漏らしていたのなら後々面倒なことになりそうだしな。



「…………待てよ」



 と、俺はふと嫌なことに思い至り、社の内部に足を踏み入れたところで立ち止まった。



 よく考えたらこれ……サービス残業なのでは?



「いや、でも」



 ダンジョン探索自体は趣味なわけで。


 そもそも妖魔の討伐自体は『別室』の業務範囲外だし……



 マズいな。


 今の状況がプライベートなのか仕事の延長なのか分からなくなってきたぞ。



「……なあクロ。俺ってやっぱり社畜なのかな」


「フスッ」



 お、分かるぞ。


 今のは『我が知るわけがなかろう』だ。



 とはいえ、ここまで来てしまったからにはもう鉄扉の向こう側を確認するしかない。


 まあ……難しいことはこのダンジョン(推定)を攻略してから考えよう。

7/24付でローファンタジーの日間(連載中)で、本作が1位となっておりました!!

沢山応援いただき、本当にありがとうございます……!!

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