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第76話 社畜、新たな職場に出勤する

 その日は機密保持の誓約書に署名したり(念のため『鑑定』で怪しい魔法が施されていなことを確認済みだ)と事務手続きをしたあと、元の職場に戻った。


 戻った瞬間に課長やら同僚やらには質問攻めという名の尋問をされたものの、当然待遇面やら社長(ソティ)の素性について話せるわけもなく。


 まあ、後者は言ったところで頭がおかしくなったと思われて終わりだろうが。


 いずれにせよ急な移籍なので、デスクの片付けやら引き継ぎ書の作成やら課長より上の役職や他部署への挨拶回りを行う必要があったので早々に解放された。


 それらと並行して主要な取引先に挨拶の電話を入れたりメールを送ったりと慌ただしく時が過ぎてゆき、あっという間に一日が終了。



 帰宅後はクロと一緒に晩御飯を食べ、そのあとすぐにシャワーを浴び、髪も完全に乾ききらないうちにベッドにダイブした。


 俺の様子を察したクロがベッドに潜り込んできた辺りから記憶がない。


 で、気づけば朝になっていた。



「……そっか、今日から新しい部署だっけ」



 かろうじて寝る直前にセットしていたアラーム音を聞きながら、布団の中でそんなことをぼんやり思う。



 出勤すべきは元の職場からさらに3つほど先の駅だ。


 残念ながら自宅からは遠くなるが、新しい職場には9時までに出勤すればいいと言われている。


 以前は7時半くらいには会社に出ていなければ課長にどやされることもあったのでかなり早起きをしていたが、今日からはゆとりある朝の時間を過ごすことができる。


 と言っても、6時になるとクロが起き出して朝食をせがむので起床時間自体は以前と変わらないが……



「……よし。じゃあクロ、行ってくるよ」


「……フスッ」



 いつもの鼻息に送り出され、いざ本社へ出陣である。




 ◇




 本社ビルには8時45分ごろに到着した。


 あらかじめ受け取っていた新しい社員証をエントランスにある改札のような機械にかざし、エレベーターに乗り込む。


 34階のフロアは、社長室とは対照的にいくつもの区画に分けられているため入り組んでいる。


 オープンな構造になっていないのは、おそらく入っている部署が人事を始め管理部門中心なので機密漏洩を防止するためなのだろう。



 そのせいか、各区画を隔てるように伸びる廊下はすれ違うのがやっとな幅で、白く清潔感があるものの、その様子はまるでダンジョンの通路のようだった。


 そして、俺の新たな職場はそんなフロアの一番奥にあった。



 ちなみに人材育成課は二つあるようだ。


 ひとつが本社全体の人事研修や新人育成関係を担当する普通の『人材育成課』。


 そしてもうひとつが、俺が配属された『人材育成課(別室)』である。


 まあその事実はソティから昨日聞かされたわけだが。



「……ええと、こうか」



 扉は他の区画へ通じる扉と同様にロックが掛かっており、横の壁面にカードリーダーが据え付けられている。


 エントランスにあった改札っぽいゲートと似たような装置だ。


 そいつに社員証をかざすとピッと電子音が鳴り、カチッとロックが解除される音が鳴った。



 昨日は社長(ソティ)の元へ直行したから気にならなかったのだが、この手のオフィスビルはかなりセキュリティが厳重だ。


 本社は人材派遣を主体とした事業で成長してきた会社なので、個人情報など機密の漏洩にはかなり気をつかっているものと思われる。


 まあ、とりわけ別室(ここ)は魔法少女とかマスコットとかも扱っているわけだしね。



「……失礼します」



 呟きつつ扉を開き、中に入る。


 内部は小ぎれいなオフィスになっていた。


 と言っても広さはせいぜい二十畳程度。


 6つほどのデスクが部屋の中央に大きな『島』を形成しており、オフィスの壁には書類用キャビネットやらロッカーなどが据え付けられていた。


 おかげで五、六人のスタッフが入ればもう満員といった具合である。



 もっとも、これまでは昭和の時代に建てられたボロい社屋とタバコの臭いが充満するレトロな職場環境だったせいで新しいオフィスの狭苦しさはあまり気にならない。


 というか、ドブに棲んでいたのにいきなり清流に解き放たれたザリガニの気分である。



 人材育成課(別室)に勤務しているのは女性が多いのか、デスクに可愛らしいぬいぐるみとかパステルカラーの小物などが置かれていた。


 あとなんだかいい匂い。


 よく見たらキャビネットの上にアロマディフューザーが置いてあった。



「おっ、来たね」



 俺の声が届いたのか、その小さなオフィスの一番奥で女性が一人立ち上がり、こちらを向いた。



「こっちこっち」


「おはようございます」



 デスクやキャビネットにぶつからないよう気を付けつつ、手招きする彼女のもとに駆け寄る。



「今日からお世話になります、廣井です」


「初めまして。人材育成課別室の課長をやっております、桐井(きりい)です。よろしくね、廣井さん」


「桐井課長、よろしくお願いします」



 桐井課長は、なんというかとても可愛らしいというか小動物っぽい雰囲気の女性だ。


 小柄な体格で、ふんわりと広がる栗色の長髪と小顔なわりに大きな眼鏡を掛けているからだろうか。


 こぎれいな私服(オフィスカジュアルというヤツだろうか)を着こなし、肩にはカーディガンを羽織っている。


 なんというか、ゆるふわなOLさんといったいで立ちである。



 とはいえ、彼女は今日から俺の直属の上司になる人である。


 失礼のないようにしなければ。



 特に年齢とか聞かないようにしなければ。


 なんかこの人、すごく若く見えるんだよな。


 ぱっと見、十代と言われても納得してしまいそうになる。


 役職とか落ち着いた雰囲気からして、おそらく三十代前後だとは思うが……



「ええと、さっそくですが。ここの業務については、社長から聞いてますよね?」


「ええ、まあはい。その…………魔法、少女の……」



 思わず口ごもる。


 小ぎれいなオフィスで、こんな可愛らしい上司を前にその単語を口にするには、俺のハートが脆弱過ぎた。


 つーか35歳のおっさんの口から『魔法少女』のワードがまろび出てくるの、もはやセクハラの領域では?



「魔法少女の育成とマスコットの管理が廣井さんの担当ですね」


「……ウッス」



 俺が言いよどんでいると、桐井課長が事も無げにそう言った。


 俺は多分真顔で頷いたと思う。


 そんな様子を察してか、彼女はクスクスと笑いつつ補足をする。



「ふふ……このオフィスは『遮音結界』で外界から隔離されてますから、気にしないで大丈夫ですよ?」


「えっ……」



 思わず周囲を見回す。


 確かにこの手のビルは気密性や遮音性が高いものだからあまり気にしていなかったが、たしかに隣の区画からは物音ひとつ聞こえてこない。


 窓際から街を見下ろせば、通りを行き交う車どころか歩行者すら見当たらなかった。



「その反応……やっぱり廣井さんも『こっち側』の人なんですね。社長から聞いてはいましたが、安心しました」



 桐井課長がほほ笑みつつ、さらに続けた。



「……あ、言い忘れてました。私、元魔法少女なんです。どうぞ、お手柔らかにお願いしますね」

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