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第72話 社畜、タイムを計測する

「えぇ~!? アラタさん、もう帰っちゃうの!?」



 翌日の早朝。


 荷物をまとめチェックアウトしようとしたらリンデさんがこの世の終わりが来たような顔になった。



「いや宿泊今日までって言ってましたよね……」


「まあそうなんだけどね……そこはノリっていうか。でも、久しぶりにこの宿に同年代の人が泊まってくれたから嬉しくって。ていうか宿泊客自体一か月ぶりだし」



 言って、リンデさんが寂しそうに微笑む。


 ……というかそんな顔されると宿泊を引き延ばしたくなってくるが、今日帰らないと無断欠勤になってしまう。



 そういえば、この集落ってリンデさん以外は爺さん婆さんしかいなかったっけ。


 それにここが辺鄙な場所の集落だからか、この三日間を通して誰もこの宿に泊まりに来なかった。


 冒険者ギルドがあるくらいだし、多少他の冒険者との交流があってもよかったな、とは思う。


 もちろんタイミングもあるのだろうが……こんな状態ではリンデさんも寂しくなるのは仕方ないと思う。



 いっそのこと近くにダンジョンが埋まってますよと言おうと思ったが……さすがにそれはやめておいた。


 どうやって発見したのかを聞かれると、俺の『魔眼』のことを説明することになるからな。



 というか先日見つけたダンジョン、俺以外に入れるのだろうか?


 もしかしたらいつも行き来している遺跡ダンジョンみたいに、俺が通れる出入口とは別に転移魔法陣などがあるかもしれないが……


 魔眼によるダンジョン発見スキルの仕様は、まだまだ要検証だな。



 とはいえ、二泊ほど泊まったけどもとても快適に過ごせたのは確かだ。


 リンデさんの手作り料理も美味しかったし。


 というかあのキノコ、見た目に反して旨みが強く香りも芳醇で、めちゃくちゃ美味しかった。


 異世界産キノコ、侮りがたし。



 あとは……温泉でもあれば言うことなしなのだが、さすがに無いものねだりというものだ。


 いずれにせよ。



「また近いうちに泊まりにきますよ」



 これは社交辞令ではなく本音だ。



「本当に〜? 約束だよ〜?」



 うう……後ろ髪を引かれるとはこのことである。


 この人、存外商売上手なのかもしれない。



 とはいえ、俺は冒険者である前に社畜――もとい企業戦士である。


 明日からは現実での戦い(?)が待っているのだ。


 まあ、週末また異世界に遊びに来るつもりだけどね。

 


「それでは、また」


「気をつけてね……また来てね?」


「もちろんですって!」



 ……みたいなやり取りを二、三度繰り返してから宿を出た。





 ◇





「……よし。じゃあ、ちょっと試してみるか」



 集落から少しだけ歩き、人目のなくなったあたりで俺は小さく呟いた。


 軽くストレッチをして、それから何度か深呼吸。



「ふふふ……クロ、ついて来れるか?」


「…………フスッ」



 バカにしたように鼻を鳴らされてしまった。


 しかも巨狼姿に戻って地面に臥せ、得意げな様子で「そんなことより我に乗って帰らないか?」みたいな仕草の煽りつき。



 多分「人間なんぞに足で負けるわけがなかろう」とでも思っているに違いない。


 もちろん俺もさすがにクロに勝てるとは思っていないが、どこまで勝負になるかは気になるところだ。



「よし、じゃあ勝負だ! 行くぞ……よーい、どん!」


「…………!!」



 掛け声と同時に地面を蹴り、俺とクロのかけっこ勝負が始まった。



 …………おぉ!?


 ………………おおぉ!?




 ……すごい。


 

 こんな思いっきり走るのは高校でやった体力測定の50メートル走以来だが、何百メートル疾走してもまったく息が切れる気配がない。


 それどころか、グングンと流れていく街道の景色を見渡せる余裕すらある。


 いやこれ……下手をすると車並みにスピードが出ているのでは!?



「…………!?」



 横を見ると、クロは俺と並行して疾駆していた。


 もちろん本気は出していないだろう。


 さすがにそれは分かる。



 けれどもクロは、仰天したように目を剥いてこちらをチラチラ見ながら並走している。


 ははっ、ちょっとだけ見返した気分だな。



 でもまあ、走ってみたら勝ち負けなんてどうでもよくなった。


 とにかく「思いっきり走る」という行為そのものが、気持ちいい。



「うおおおおおおぉぉぉぉーー!!!!」



 無駄に雄たけびなどをあげながらそのまま街道を爆走し、結局砦の近くまでノンストップで走り抜けた。

 


「はあ、はあ、はあ……つ、疲れた……」



 とはいえ、さすがに砦の近くまで来ると、息が上がって苦しくなった。


 キリのいいところで立ち止まり、呼吸を整える。


 ひとまずタイム計測はここまでだ。



「うおっ……ここまで5分で来たのか!? 世界新記録どころじゃねーぞ……」



 のんびり歩きとはいえ、1時間かかる距離をたったの5分。


 あくまで異世界限定とはいうものの、俺の身体能力がバグりすぎている件。


 しかも、体力自体はだいぶ余力を残してのゴールである。



 砦から遺跡ダンジョンまでは、集落からここまでの距離より短い。


 なんというか、この周辺の距離感が一気に縮まった気がするな。


 次はもっと気軽に砦の向こう側を探検することが可能になるかもしれない。



 というか、もう少し速度を落とせばまだまだ走れる感じはするので、馬車で半日程度の距離ならば、下手をすれば小一時間で走り抜けることができるのでは?


 まあ、転移魔法とか空を飛ぶ魔法があればそちらの方が楽だし見栄えもするので、並行して距離を稼ぐ方法を探求していくつもりではあるが。




 いずれにせよ、これは次の訪問が楽しみである。

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