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第68話 社畜と武器商人 上

 ぐっすり眠り、気が付けば翌日の朝になっていた。


「おはよう、クロ」


「……フスッ」



 呼びかけると、毛布の中から鼻先だけを出して、クロが返事をした。


 昨日は人の姿になってビックリしたが、やっぱコイツはこっちの方がしっくりくるな。



 自分でも人化はかなり魔力を消費すると言ってたし、必要な状況でなければあまり変化させない方がいいだろう。


 しっかりとコミュニケーションが取れる有用性は言うまでもないのだが、こればかりはクロの意向が大事だ。



 まあ、するとしても……ダンジョン探索時に綿密な打ち合わせが必要になったときとかにほんの数分程度、だろうか。



「さて、と」



 俺はベッドから抜け出すとピシャリと両頬を叩き、まだ少し残る眠気を頭から追い出した。



 今日は砦に武器商人がやってくる日だ。


 つまりは商談である。


 気合を入れなければ。



 しっかりと準備を整えてから、朝食のため一階に降りた。



「おはようございます」


「あら? 今日はずいぶんビシッとしてるんだね。どうしたの?」



 リンデさんが俺の姿を見て目を丸くしている。



「今日は砦の方で用事……ちょっとした商談が控えておりまして」


「そっか。君、もともと商人だったもんね。じゃあ、今日は依頼、受けない感じ? 昨日はキノコを採ってきてもらったし、今日はちょっとレベルを上げて森の川で岩砕蟹を獲ってきてもらうと思ったんだけどな……一匹仕留められれば、一週間は集落の皆が食べていけるし」


 なんですかそのヤバそうな蟹は。


 ていうかそれ、魔物ですよね?


 十人以上が一週間食いつなげるデカさってどんだけだよ……



「……参考までに聞きますが、その岩砕蟹ってどのくらいの大きさなんですか?」


「んー……このくらい?」



 リンデさんが身振り手振りで示してくれた大きさは、どう見ても軽自動車くらいあった。


 そんな蟹、こっちが狩る前に俺が食われそうなんだけど……いやまあ、今の実力なら全然狩れると思うけどさ。



 ちなみにそのあと朝食中に聞いた話では、岩砕蟹自体は岩にくっついたコケとかを食べる草食性のうえ動きもトロいので、しっかり弱点を狙えば簡単に仕留められるとのことだった。


 なお注意点として……その鋏の力は名前の通り岩を砕くため、もちろんその鋏に捕まった場合人間も砕かれるので気を付けてね! とのことだそうだ。


 うん。


 やっぱりヤバめ寄りの魔物じゃん。




 ◇




「おう、ヒロイ殿待ってたぜ。すでに武器商人がお待ちかねだ」



 砦に出向き門番に自分が来た旨を伝えると、フィーダさんが迎えにやってきた。


 隣にロルナさんはいない。



「悪いな、騎士殿ならばまだ王都だ。会いたかったか?」


「あ、いえ、そういうわけではなく……まあ、少し残念ではあります」



 視線を彷徨わせていたところを、目ざとく見つけられてしまった。


 さすがにここで取り繕うのは逆にみっともないので、正直に白状する。



「がはは! あんたのそういうバカ正直なところ、嫌いじゃないぜ! (……ちなみに彼女、堅物すぎるのと腕っぷしが強すぎるせいでずっとフリーらしいぜ? 命の恩人で腕っぷしもあるあんたなら、もしかしたらチャンスがあるかもな)」



 後半はなぜか耳打ちだった。


 しかし、これは意外な事実が発覚したな。


 あれだけの美人さんなのに独り身だとは。



「……ロルナさんは、フィーダさんとお付き合いされているのかと思っていましたよ」


「はぁ!? おいおい見くびるなよヒロイ殿ォ? 今の俺は妻と娘一筋なんだよ。つーかよりによってあの堅ぶ……いや騎士殿はねぇよ」



 なぜか抗議されてしまった。


 ていうかフィーダさん、妻子持ちだったのか……


 まあ、洋画風ワイルドイケメンだし、家族がいてもおかしくはないけども。



 二人とも美男美女同士だし俺が来るときは大抵一緒に行動していたし仲も良さそうだったから、てっきりそういう関係なのかと思っていた。


 とはいえ、よくよく考えれば現実世界でも取引先の担当者が男女二人組だとしても、それでお付き合いしていると考えるのはさすがに邪推が過ぎるというものだ。


 反省せねば。



「そ、それは失礼しました」


「いいってことよ! ……だがその反応なら、騎士殿もまるっきり脈がないってことはなさそうだな」


「……? それはどういう……」


「あー、こっちの話だ、今は気にするな!」


「は、はあ」


「ま、俺は応援してるからな!」



 言って、なぜか嬉しそうにバンバンと俺の背中を叩くフィーダさん。


 ていうかこの人、絶対面白がってるだけだろ!


 完全に悪友のノリだなこの人……



 まあ、悪い気はしないけども。



 とはいえ、ロルナさんはあくまで取引先の担当者さんだ。


 私情を仕事に持ち込むとロクなことにならないのは、これまでの社畜人生でイヤというほど見てきている。


 たとえば恋愛絡みだと、同僚が取引先の事務の女の子に一目ぼれして、その子をこっそり口説こうとして案の定先方の上席にバレて出禁になったりとか……


 さすがにそんな事態を引き起こしたいとは思わないからな。



 ロルナさんとお会いできるのは嬉しいが、そこまでで線引きをしておいた方がいいだろう。



「とりあえず、武器商人に待たせてある。行こうぜ……と言いたいところだが」



 と、フィーダさんが少し申し訳なさそうな顔になった。



「今日はあらたまった場だ。悪いが、クロちゃんはさすがに同席するのは難しい。商談の間は砦で預からせてもらうが、構わないか?」


「承知しました。クロ、悪いけどしばらく待っててくれないか?」


「……フス」



 言って、しゃがみこんで頭を撫でてやる。


 クロはちょっと不満げに小さく鼻を鳴らしたものの、一応了承した様子だった。



「すまんな。こちらで責任をもって預からせてもらう。なに、俺の部下は冒険者上がりが多いから犬好きばかりだ。不自由はさせんよ」


「こちらこそお手数をおかけします。それでは、よろしくお願いします」



 そんなやりとりをしたあとフィーダさんに先導され、砦の中へ。


 通されたのは、いつもの小部屋ではなく砦の上にある広めの応接間だ。



 内部には絨毯が敷かれ、大きめのソファやテーブルなどが並べられている。


 賓客対応や商談の場に使用するのにふさわしい部屋だった。



 そして、そのソファには一組の男女が向かい合い腰掛けていた。


 男性の方は二十代後半で、服装は豪華でパリッしているがどことなく線の細い印象の優男。


 女性は三十台前後。エスニックな服装で赤髪で褐色肌の美人さんだ。



「ラベナス様、シェリー殿。今ヒロイ殿をお連れした」


「初めまして、アラタ・ヒロイと申します。この度はお世話になります」



 二人の前に立ち深々と頭を下げる。


 こちらの礼儀作法を完璧に理解している訳ではないが、フィーダさんやロルナさんの仕草を見るに敬意の表し方は現実世界とそこまで差異はなさそうだ。


 おそらくこれで問題ないと思う。



「おぉ、君がヒロイという商人か。レーネとフィーダから話は聞いている。僕はこの砦の主、ラベナス・クルゼだ。今日はたまたま都合がついてね。今日はよろしく頼む」


「どうも、ヒロイさん。武器の卸をやってます、シェリー・ギービングと申します~。以後お見知りおきを~」


「本日はよろしくお願いします、クルゼ様、ギービング様」



 ……武器商人さんが女性なのも驚きだが、ここで砦主の登場か。


 気を引き締めていかねば。




 ※補足


  冒険者は平民出身が多く、狩猟や番犬などの用途で犬を飼うことが多いため犬好きが多いです。

  貴族階級は乗馬が教養の一つとされるため馬に親近感を抱く者が多いです。

  もちろん冒険者も活動範囲を広げるにあたり乗馬スキルがほぼ必須となるため馬が友達な人も多く、逆に貴族も愛玩用に犬を飼う者が存在します。

  そんな感じの世界観です。

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