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第56話 社畜、冒険者になることに決める

 冒険者。


 少年の魂を持つ者ならば老若男女問わず、その響きだけでご飯三杯はいける憧れの職業である(諸説あり)。


 以前からフィーダさんが「お前も冒険者にならないか?」と悪魔の囁きを繰り返していたのもあって、俺も二つ返事で了承してしまいそうになった……のだが。



「もちろん興味はありますが……なぜそこまで私を冒険者にしたいんですか?」



 たしか、フィーダさんは砦の兵士長になる前は冒険者をやっていたと言っていた。


 それも雑談の中で聞く彼の武勇伝(?)を聞く限り、そこそこのベテランだったようだ。


 つまりは冒険者という職業の良い面も悪い面もそれなり以上に見てきていることだろう。



 だからこそ、俺に対して冒険者を進めてくる理由が知りたかった。



「いや、な。ヒロイ殿ほどの実力者ならば、相当上に行けるんじゃねえかってのが第一だが……そもそもあんた、この国の人間じゃないんだろ? 俺ら相手だけならば別に商業ギルドを通す必要もないが、他の街や村で商売をするならばなにがしかの身分が必要だろうと思ってな」


「身分ですか」



 あー、なるほど。


 確かに言われればそうだ。


 日本でもきちんと商売をするためには、扱う品によっては資格だとか自治体などの許認可が必要だったりするからな。



「ああ。……つーかあんた、本当にこの国に来たのが初めてなんだな」


「お恥ずかしい話ですが、自国から出たこと自体つい最近のことでして」



 よくよく考えたら、異世界に来たのが初の海外旅行かもしれない……



「そう……だったのか。手慣れた様子だし自国じゃそれなりにうまくやっていたんだろうが……あんたも苦労してんだな。まあ、この国に流れ着いた理由(ワケ)は聞かねえよ。誰だって聞かれたくないことの一つや二つはあるからな」



 俺の顔を見てフィーダさんが何かを勝手に察したらしく、生暖かい表情でポンポンと肩を叩いてきた。


 多分彼が頭の中で思い描いている想像とは違うと思うが、否定するのもアレなのでスルーしておく。



 フィーダさんが続ける。



「ならば余計に商業ギルド経由での商売は難しいだろうな。あれは基本、その街に住む商人たちの寄り合いだ。そう簡単に入り込めんし、そもそもよそ者に厳しい。まあ、行商人を排除するほどではないがな」


「なるほど、やはり難しいものですね」


「……で、そんなヒロイ殿に朗報だ」



 と、フィーダさんの顔つきが変わった。


 どうやらここからが本題らしい。



「一方、冒険者はそのへんがかなり緩い。前も言ったが、ダンジョンで得た宝物や武器などを買い取ってくれる仕組みもある。そもそも冒険者とは――」



 その後めちゃくちゃ早口かつ嬉しそうに語ってくれたフィーダさんの説明を要約すると。



 冒険者とは、王国が管理する『冒険者ギルド』に所属する人たちの総称で、一定の条件を満たせばどんな人間でもなることができる。


 主な仕事は以下の通り。



 ・王国領内に存在するダンジョン探索


 ・王国領内に出没する魔物の討伐


 ・街と街を旅する商人や旅行者の護衛



 それ以外だと、街の清掃とか村の野良仕事の手伝い、害獣駆除などもあるそうだが……駆け出し冒険者が依頼の合間に受けたり、引退間近の冒険者がやる仕事とのことだった。


 概ね異世界における冒険者は割とオーソドックスというか、少なくとも俺がイメージする『冒険者』と大きく乖離することはないようだ。



 そしてもう一つ。


 商人の護衛などで個人的なコネクションを作ることができれば、彼らを通して商売ができるかもしれない……とのことだった。



「どうだ? 冒険者には、今のあんたには必要な要素が詰まっているだろう」


「確かにそうですね」



 もちろん荒事メインの職業なので自己責任の世界ではあるものの、冒険者になることでこちら側でまっとうに金を稼げるようになるのは大変ありがたい。



 そもそも俺が金を稼ぎたい理由は、クロの食費を捻出するためだ。


 そして購入する食糧は異世界産のものでも何ら問題ない。


 現実世界から物品を持ち込んで商売をするより冒険者になった方が稼げるのならば、そちら側にシフトすることに抵抗はない。



「よし、じゃあ決まりだな。さっそく登録だが……最寄りのギルド窓口は『スウム』か。場所は分かるか? 外壁沿いの街道を東に行ったところだ」


「ええ、まあ」



 以前ロルナさんやフィーダさんと話したときに、この辺りの地理についての話題も出ていた。


 スウムとは、この砦の城壁の外に沿って伸びる街道沿いにある小さな宿場町の名だ。


 距離としては、徒歩で一時間くらいだったはず。


 せっかくだから、そこの宿に泊まってみてもいいかもしれない。



「よし。せっかくだ、ギルド宛てに紹介状を書いてやるからそれを持っていくといい。ちょっと待ってろ」



 言って、フィーダさんが何やら紙やら筆記用具を持ってきて紹介状をしたためてくれた。


 その後は彼と短剣売却についての段取りを打ち合わせたり雑談をしたりして過ごし……俺はスウムの宿場町に立ち寄ることになったのだった。

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