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第33話 社畜、金貨を得る

 結論から言うと、遺跡のダンジョン探索はすぐに中止になった。



 理由はいたってシンプル。


 最深部のすぐ上、『墓所』に足を踏み入れた瞬間に二人が『こりゃ無理だ』撤退を決断したからだ。



 もちろん事前に死霊術師とスケルトンの話はしていた。


 しかし連中が動きだした瞬間、フィーダさんが顔を引きつらせながら武器を抜き放ち『撤退だ!』と叫び、それと同時にロルナさんが俺の手を強く握り『墓所』から強引に引っ張り出したのだ。


 あまりに迅速な行動で一瞬何が起きたのか分からなかったほどだった。




 そして今は、ふたたび砦の小部屋に戻ってきている。




「……ヒロイ殿、あれは無理だ。あんたは商人だから知らなかったんだろうが、あいつらはただのスケルトンじゃない。挙動からして、統率された兵士だ。少なく見積もっても、普通のヤツの数倍は強い」


「浄化系の神聖魔法を使える上位の神官が数人いれば対処できるだろうが……あいにくこの砦には配置されていない。残念だが……あのまま進むのは危険すぎる」



 ダンジョンを出てここに戻ってくるまでどんよりした空気だし無言だしで気まずかったのだが、テーブルに就いて一息つけたのか、二人が疲れを滲ませた声で話し出した。



「そんな恐ろしい魔物だったんですか……」



 たしかにスケルトン兵たちはそれなりに組織的に行動していた。


 動きもそれなりに兵士っぽかったのは間違いない。


 だが『普通の数倍は強い』かどうかは、『普通』を知らない俺には判断しようがない。



 ただ……二人が言うのならば、そうなんだろう。



「一応参考までに聞きますが、普通のスケルトンってどのくらいの強さなんですか?」


「そうだな。俺や騎士殿ならば一人で三十体くらいは対処できるだろうが、一般的にアンデッドは一体につき兵士二人以上で対処するのが基本だ」


「あのスケルトンならば?」


「部隊行動ができる時点で、ただのスケルトンとは比較にならん。そもそも不死の軍団だぞ? 下手をすれば三倍の兵士でも足りないくらいだ。もちろん俺らでも無理だ。あんた、一体どうやってあそこを突破したんだ」



 そんなに強かったのかあのホネホネ軍団ども……



 まあ、軍事素人の俺でもなんとなく理屈は分かる。


 言ってみれば、アイツらは『攻撃しても怯まず恐れず死ぬこともない統率された兵士』だ。


 確かに、これほど恐ろしい敵はいないだろう。



 まあ死霊術師を倒したら一瞬で骨に戻るんだけどさ。


 ちなみにそれを言ったら「あの中から一瞬で見つけるのは無理だ(だろ)!」と怒られてしまった。



「まあ、それはさておき……ヒロイ殿は商人とはいえ、少なくともワイバーンやオークコマンダーを一瞬で屠るほどの魔法使いだ。その実力に疑問を抱くつもりはない。だが……あの部屋を突破できたのは、運が相当によかったからだろう」



 呆れたような口調で、ロルナさんがそう結論付けた。



「そう……だったかもしれませんね」



 俺は足元で大人しく寝そべっている小さな狼を見る。


 いまでこそコツを掴んだから一人でも楽に殲滅できるが、最初はコイツが助太刀してくれなければ危なかった場面もあった。


 そういう意味ではロルナさんの言うとおりだ。



 俺は魔眼の力を手に入れて、少し調子に乗っていたのかもしれない。


 今後はもっと気を引き締めて、なるべく一瞬で死霊術師を倒せるように努力しなければ。



「それで、だ。話は戻るのだが……」



 ロルナさんが申し訳なさそうな様子で切り出した。



「ダンジョンの存在を確認できたことで、短剣が本物の『イーダンの短剣』であるとの確信は持てた。だが、やはりすぐに買い取ることはできない」


「鑑定が必要なんですよね? 武器商の方の」



 それはさっき聞いたとおりだ。


 もちろん俺も無理を言うつもりはない。



「うむ。もちろん大金ゆえ、売買取引そのものに砦主の許可が必要だということもあるが……とにもかくにも、正しく価値を判断するために専門家の鑑定が必要だ。武器商の手配をするので数日ほど時間を頂けないか?」


「もちろん構いません」



 こちらとしては、願ったりかなったりだ。


 その後、再訪の日取りや当日の段取りを確認しつつ二人と雑談に興じていると、ロルナさんが思い出したように切り出してきた。



「……と、そうだ。ヒロイ殿が持ってきた『万年筆』なのだが、今日は他にも持ってきているのだろうか? まず私に使って欲しい、ということならばまとまった数を売り出すつもりなのだろう?」


「ええ、もちろんですよ」



 ロルナさんは意外と察しがいいな。


 俺はリュックの中から今日持ってきた万年筆を三本、取り出した。


 一応、包装は取り外してある。



「ふむ」



 ロルナさんは満足そうに頷き、言った。



「では一本につき金貨一枚で買い取ろう」


「ペ、ペンに金貨一枚だとっ!?」



 ロルナさんの申し出に、なぜかフィーダさんが素っ頓狂な声を上げた。



「おかしいか? インクを切らさずにほとんど無限に書けるペンだぞ。それくらいの価値はあるだろう」


「いやまあ……騎士殿の判断だ。好きにすればいいが……俺には到底理解できん」



 まあフィーダさんは元冒険者ということだし、叩き上げというか現場系みたいな感じなのだろう。


 ならば万年筆に価値を見出すのは難しいだろうな。



 それにしても……である。



 この世界での金貨の価値は分からないが、これまでの二人の話しぶりから金貨一枚は相当な大金だ。


 おそらく、一枚が十万円くらいの価値なのではなかろうか。


 一本千円前後の万年筆が、十万円に化けてしまったわけだ。


 しめて約三十万円。


 俺のひと月の給料よりずっと多い。


 ヤバすぎるだろ。



「お買い上げ、ありがとうございます」



 正直罪悪感がないわけではないが、俺としては、そう言って深く頭を下げるしかなかった。

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