第267話 社畜と怪人大戦争②
『こちら『現場調整課』。廣井さん、連中の様子はどうだ、どうぞ』
とあるビルの屋上にて。
春の夜風に当たっていると、片耳にはめ込んだ小型ヘッドセットからノイズ交じりの野太い声が聞こえてきた。郷田課長だ。
時計を見る。22時30分。
定時連絡の時間……か。
俺は耳元のスイッチを押さえ、応答する。
「今のところ異常ありません。夜叉も土蜘蛛も特に動きはなく、街の様子も静かなものです、どうぞ」
『魔法少女たちはすでに持ち場についた。だが『遮音結界』の展開準備が完了するまで、あと少しかかる。それまでに彼らが妙な動きをしたり、他の怪人たちとの戦闘に入った場合はすぐに知らせてくれ、どうぞ』
「了解です、どうぞ」
『了解、引き続き警戒を頼む。以上」
「了解です、以上」
ふう……
俺は眼下の夜景を見下ろしながらため息をついた。
……まさか俺まで現場に駆り出されるとは。
普通に『別室』のオフィスか会議室で待機するものとばかり思っていたから、作戦会議中に『廣井さんも現場に出てくれ』といきなり名指しでそう言われた時はとっさにどう反応していいのか分からなかったものだ。
通常、本社から人を出すことはあまりない。
『現場調整課』の面々は魔法少女のように超人じみた戦闘力を持っていないし、そもそも彼らの仕事は本社のオペレーション室で状況を把握し、魔法少女やマスコットたちに適切な指示を出すことだからな。
だが今回に限っては、怪人2名との緩やかな共同戦線を張っての作戦行動となる。
当然ながら、俺たちは怪人という存在を信用していない。
つまり夜叉氏と土蜘蛛氏の監視をする人員が必要なのである。
そこである程度の戦闘力を持つ俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
それと、会議後に社長に呼び止められ聞かされた話として、どうやら連中が来訪した後日に土蜘蛛氏から社長経由で連絡が入り、監視役を立てるなら俺がいいとの要求があったとのことだった。
そっちに関してはなぜ俺が……と思ったが、そう言えば初対面の時にも彼女はなぜか俺にご執心の様子だった。
正直怪人に気に入られても全く嬉しくないのだが、だからといって適任が他にいるかと言われれば否である。
一応、何かあったときのために例の防御力向上魔道具を3つほども持たされているので、万が一土蜘蛛氏らが裏切ったり、別の怪人に襲撃されても死ぬことはないと思うが……
ちなみに桐井課長と佐治さんは『現場調整課』と『装備課』のサポートに回っているそうだが、それはさておき。
「……ひとまず、二人の動きは特になし、と」
俺の監視対象である夜叉氏と土蜘蛛氏は、少し離れたビルの屋上でのんびりしている。
彼らは彼らで、この街に侵攻してくる怪人たちを待ち構えているのだ。
もっとも、今のところ連中に動きはない。
ただ、時おりどこか遠くの方を指さして何かを話し合っているので、連中は連中なりのやり方で怪人たちの動向を探っているようだ。
先日の打ち合わせでは、たしか夜叉氏は眷属……猿を使い、土蜘蛛氏は昆虫や鳥とかの小動物を使えると聞いたから、それらを活用しているのだろう。
……というか、猿を使う夜叉氏はともかく、土蜘蛛氏は超小型ドローンみたいなモノで偵察ができるってことだよな。
ウチの本社は大丈夫だろうか?
まあ、社長いわくその手の工作に対する防御手段も当然完備しているらしいので、大丈夫だそうだが。
……などと思案していたら。
「……誰ですか?」
背後で何かの気配を感じた。
肩越しに、視線だけをそちらに寄越す。
すぐに郷田課長と連絡を取れるよう、腕は耳元に。
そいつはすぐに姿を現した。
『へえ……面白いな、お前』
じんわりと、夜闇から人の形が滲み出てくる。
やがてそいつがハッキリと像を結ぶ。
彫の深い顔立ちと浅黒い肌をした、痩せた男だ。
タンクトップを着ており、両腕や首周りにはトライバル系のタトゥーがびっしりと彫り込まれている。
身長は、俺より少し低いくらい。
両手にはククリナイフを持っている。
『まさか人間相手に『擬態』を見破られるとは思わなかったぜ。お前も『魔法少女』というやつなのか?』
「まさか。私はただの人間ですよ」
姿が見えないのに気配だけが近づいてきたのは、分かっていた。
そもそもビルの屋上に、外から金網を乗り越えて入ってきた気配があれば誰でも警戒する。
もちろん漂う雰囲気……というか魔力から、普通の人間じゃないのは分かっている。
俺は迷わず相手に『鑑定』を掛けた。
《対象の名称:亜魔族 個体識別名:シェイプシフター》
《性別:男性 年齢:156歳》
《身長:165cm 体重:55kg》
《体力:2200/2200》
《魔力:800/850》
《スキル一覧:『擬態』『隠密』『身体能力強化(中)』『麻痺毒体液』》
《東の大陸より渡来した地球産亜魔族(怪人)》
《自在に姿を変化させ、他者を欺く。背景に溶け込むことができるため、奇襲が得意》
《体液に非常に強力な麻痺毒を含有するため、注意深く立ち回る必要がある》
《これまで反社会的組織の依頼で大量の人間を殺害した殺し屋で、ICPOにより国際指名手配を受けている》
……なんかヤバそうなヤツ来たぞこれ。
だが……明らかに威圧してきているシェイプシフターだが、まったく恐怖心を感じない。
確かに、血臭というか死臭というか、嫌な臭いを放っているのは分かるのだが……
これが今回のやってくる怪人の一人か?
『鑑定』先生によれば、シェイプシフター……スキルに『擬態』……毒持ち……ああ、分かったぞ。
コイツは夜叉氏のリストにあった8番目の怪人、『暗殺者』だ。
たしか、今回の怪人たちの中では新参者で、ちょっと前に外国からやってきたヤツだ。
向こうの国ではギャングだか何かから暗殺やら殺人やらを請け負っていたガチの殺し屋で、対象を麻痺毒で動きを止めたあと、なぶり殺しにするのだとか。
夜叉氏いわく、戦闘力は上の中。
『シェイプシフター』の名の通り擬態能力を有しており近接格闘能力が高いため、接近戦は絶対に避けるべし……だったかな。
ただ、脅威度は相対的に低めだ。
なぜならコイツはその性質上単独行動を好むため、妖魔を引きつれていないからだ。
他の奴らが化け物揃いだということもあるが、存外楽な相手でよかった。
「ええと……」
さてどうしようか。
一応、怪人に遭遇した時の対処は事前に決めてある。
まず第一は、郷田課長に報告して指示を仰ぐ。
すぐに魔法少女が急行するから、彼女らに対処を任せる。
ただ、状況的に厳しそうであれば逃げる。
それが不可能な場合は……戦闘は許可されている。
いずれにせよ、魔法少女たちが現場に到着するまで話を長引かせるなりなんなりして状況を遅滞せよ、という話だ。
ただ……別に倒すことを禁止されているわけではない。
当然、郷田課長は俺がある程度の戦闘力を有していることを知っている。
合宿のさいに、佐治さんとの手合わせなども聞き及んでいるからな。
となればやることは一つだ。
「こちら廣井です。怪人が現れました。『8番』です。逃亡は不可能と判断しました。これより戦闘に入ります、以上」
『なんだと!? おい廣井――』
『おいコラ俺を無視してるんじゃねえよ!』
「おっと」
郷田課長に報告をしていたら、『暗殺者』がククリナイフを閃かせて襲ってきた。
速い……が躱せないほどではない。
『なんだと!?』
自分の攻撃に自信があったのか、俺が躱して見せると『暗殺者』は驚いたような顔になった。
……というか、他称なのは分かるが『暗殺者』と言われているわりにコイツ顔に出すぎだろ。
それにもっとこう、暗殺者なら……一撃が躱されたとしても冷静に二撃、三撃を叩きこんでくると思うんだが。
まあ、結局は無力な民間人相手に無双した気分になっているだけの三下ということだろうか。
……ならば俺もこれ以上付き合う必要もない。
監視任務の方が大事だからな。
「すいませんが、私も仕事がありますので」
言いつつ、奴の胸を抉り取るような、棒状の『奈落』を展開。
『がっ――』
『暗殺者』の胸の中心部に拳大の穴が空く。
それで片が付いた。
ヤツはすぐに力を失い、驚愕の表情を顔に張り付かせたまま膝から崩れ落ちる。
そのまま『暗殺者』は動くことなく、その身体を消滅させた。
よし、とりあえず当面の脅威は排除完了だな。
任務続行、っと。
ちなみに夜叉氏と土蜘蛛氏は『8番』がこちらに接近していることに気づいていなかったらしい。
監視任務に戻ると、連中はなにやら雑談に興じているようで……いや、いま土蜘蛛氏がこちらをチラリと見て笑ったぞ。
もしかしてアイツ、俺の動向をどこかで監視していたな?
と思ったら。
「……いた」
夜遅くだというのに、ビルのアンテナにスズメっぽい影がこちらを見ているのに気づいた。
というか、頭の真ん中にでっかい目がある単眼のスズメなんて自然にいるわけがない。
『…………!』
サイクロプスみたいな奇怪なスズメは、俺が見ていることに気づくと慌てて夜景の向こうへと飛び去っていった。
「…………」
いや、俺も向こうを監視しているからお互い様だけどさ。
それにしても、すでに怪人が街に入り込んでいるということは予定より早く抗争を始めるつもりなのだろうか。
まあ、あくまで聞いているのは予定の時間だからな。
とにかく、郷田課長に状況報告を済ませておこう。




