第264話 社畜、同僚に囲まれる
「な、なんだ……クロさんはあのクロちゃんだったんですね……」
ひとまずショッピングは後回しにして、なぜか目を回してしまった桐井課長を介抱しつつ5人で近くカフェへと移動。
そこで虚ろな目のままエスプレッソを立て続けに3杯ガブ飲みしてケーキひと皿を3口で平らげたあたりで、桐井課長がようやく我に返った。
どうやら彼女は俺とクロを恋人同士だと勘違いしたらしい。
まったく何をどう勘違いしたらそうなるのか……と思ったが、客観的に見てそう取られても仕方ない状況ではあった。
まあ、それで倒れるほどショックを受けるってどういうことだとは思うが。
よほど俺に恋人がいるのに違和感があったのだろうか?
確かに冴えないおっさん同僚と目の覚めるような美女が一緒に歩いていたら、何事かと思うかもしれないだろうけどさ。
いやでも、考えようによっては夜のお姉さんとそのお客と認識されなかっただけマシなのか……?
……これ以上考えると脳内に地獄が顕現しそうなのでやめておこう。
結局のところこの状況を招いたすべての原因は、俺がさっさと会社の皆さんにクロを紹介しなかったことだ。
ということで、せっかくの機会を有効活用することにする。
俺は居住まいを正し、隣で幸せそうに5皿目のケーキをパクつくクロを横目でチラリと見やり、それからテーブルの向こうに座る3人を見据えた。
「改めて紹介します。従魔……使い魔のクロです。今は人間に化けていますが、元の姿は皆さんご存じかと思います。まあ、あとで変化するところはお見せしますよ」
「うふふ……廣井さん、信じていましたよ」
桐井課長がニッコリと頷いた。
一体彼女は何を信じていたのだろう。怖くて突っ込めない。
まあ、そのままそっとしておくのが俺にとっての正解であることには違いないはずだ。
「それにしても、あの可愛らしい子犬……いや、狼だったか? とにかく使い魔がこんな美女に化けているとはな……廣井の日常生活は謎が多いな」
「はは……いろいろありまして。仔狼がいる暮らしなのは珍しいと思いますが、なんだかんだ楽しい生活ですよ」
などと適当に濁しておく。
さすがに、クロが最近ずっと人の姿で一緒に暮らしていることを皆にペラペラしゃべるほど俺もバカではない。
どう考えてもいらぬ詮索をされるのがオチだからな。
幸いクロはケーキに夢中で俺たちの会話に入ってくる様子はない。
まあ彼女も空気が読めないタイプではないし、仮に皆から話を振られてもあまり変なことは言わないだろうが。
「そういえば、陰陽師の家系は使い魔と一緒のことが多いんでしたっけ? さすがに人に化けるほど強力な使い魔はこれまで見たことがなかったッスけど」
「もしかして廣井は『四神家』の家系だったのか? だとすれば異常な戦闘力や魔力にも説明がつくな」
「近接格闘が得意なのは『青龍山』でしたっけ」
「そう、それだ。だが、狼をはじめ動物霊の使い魔といえば『白虎ヶ原』の連中だな。『玄武海』『朱雀ノ院』ではないだろう」
「まあ、イメージではないッスね」
「で、廣井はどこの家系なんだ?」
「えーと……」
いきなり佐治さんに話を振られ、言葉に詰まる。
もちろん俺の実家はそのいずれでもない。
そもそもその『四神家』とかいう家系も知らないわけだし。
いや、もしかしたら何代も遡ればそのどこかの血をうっすら引いている可能性もなきにしもあらずだが、多分違うと思う。
少なくともウチの実家はごくごく普通の家庭だ。
父親はサラリーマン一筋だし、母親は専業主婦だが昔はどこかの会社でOLをやっていたと聞いている。
陰陽師も魔法少女も関係ない……はずである。
ただ、陰陽師という職業が存在していることは、以前に桐井課長やソティから聞いていた。
というか彼女らの話を総合すると、どうやら本来妖魔や怪人と戦う勢力は陰陽師がメインストリームであり、魔法少女がイレギュラー側らしいのだ。
それも当然の話で、そもそも魔法少女自体がソティの魔法によるところが大きいからな。
その後三木主任のような開発者がいろいろな装備を開発したり発展させたりしたのだろうが、大元は異世界由来の力だ。
「ちょっと、二人とも他所様の家系を探るのはマナー違反ですよ。佐治さんだって自分の実家の事情を根掘り葉掘り聞かれたくないでしょう?」
と、ここで桐井課長が俺たちの会話に割り込んできた。
確かに、いくら親しく会話する仲とはいえ出自を深掘りするのは社会人としてはあまりマナーの良い行為とは言えないだろう。
だが佐治さんはそんな課長殿の忠告もどこ吹く風だ。
「ウチの実家か? 母方は遠縁だが青龍山の血筋らしいぞ! 父方はごく普通の農家だがな!」
「……佐治さんの話は聞いていません!」
ドヤ顔で自分の出自を話し出した佐治さんを見て、桐井課長がだめだこりゃみたいに頭を抱えてしまった。
そもそもこの人にこの手の忠告は多分無意味だと思う。
いい意味でも悪い意味でも表裏ってものが存在しないからな。
それはさておき、もう一杯エスプレッソを注文した方がいいだろうか?
――その後は話せる範囲で俺たちの状況を説明したのち、一緒にクロの服を見て回ることになった。
三人としては、俺ではなく彼女に俺たちの生活のことを根掘り葉掘り聞きたかったようだが……残念ながらクロは俺の従魔だけあって意外とその辺の線引きはしっかりしている。
結局三人は夕方まで粘……買い物に付き合ってくれたものの、入手できた情報はクロが意外とボーイッシュなファッションが好みだということと、どんな服を身に着けてもモデルのように様になるという事実だけだった。
◇
そして、週が明けた月曜日。
会社に出勤すると、何やらオフィス内がピリピリとした空気に包まれていた。
桐井課長は俺がオフィスに入ってきたのに目もくれずPCの画面を睨みつけている。
佐治さんの姿は見えないものの、スーツの上着が椅子に掛かっているから出勤はしているようだ。
就業開始まではまだ少しあるので、地下の訓練施設で朝練でもしているのだろうか?
「おはようございます……桐井課長、どうされたんですか?」
「あ、廣井さん! よかった、無事だったんですね」
「??」
いつになく厳しいで顔でキーボードを叩いていた桐井課長がハッと顔を上げ、俺を見るなりホッとした表情になった。
どうやらPCの画面に集中していたせいで、本当に俺に気づいていなかったようだ。
……が、すぐに真剣な表情に戻る。
「廣井さん、今日はちょっとタフな一日になるかもしれません」
「は、はあ。それで……何があったのですか?」
「社長からの通達です。今日の昼前に、怪人二体が本社にやってくるそうです」
「……は?」
……いや、なんて?
怪人? 襲撃?
確かに、近々怪人たちがこの街に攻めてくるとかそんな話は聞いているけど……白昼堂々正面から殴り込みってことか!?
だが課長の言葉は、そのさらに斜め上を行くものだった。
「彼らは自分たちが経営する法人を介して、うちの代表番号経由でコンタクトを取ってきたそうです。だから正式にアポを取っての訪問になります。彼らは戦闘の意図はないと説明しているそうですが、最悪の事態を想定して私たち『別室』全員も会議に臨むことになりました。これから三木主任に依頼して急ぎで結界魔道具を準備してもらいますので、廣井さんは今から『装備課』に行ってください」
……マジで?
というか、怪人って会社経営できるんだ……
※余談ですが、エスプレッソは抽出時間が短く一杯の量が少ないため、味の濃さに反して通常のドリップ方式よりカフェインは少ないらしいです。
もちろん桐井課長はそんな事実を知る由もありませんが……




