第262話 新人魔法少女と更衣室【side】
あけましておめでとうございます。
2026年も本作をよろしくお願いいたします!!
(強すぎる……あれがこの世界の大人だと言うの!?)
美祢は更衣室の洗面所で流しに手を着き、項垂れた。
顔を冷水で洗って少しマシな気分になったが、あの『訓練』と称した死闘――確かに彼にとってはただの訓練だったのだろうが、美祢にとっては死闘そのものだった――のことを思い出すだけで、腹の底が冷え、指先が微かに震えてくる。
まず、フェイントを織り交ぜた最初の一撃を完全に躱されたあと、その後繰り出す攻撃をすべて見切られた。
3回転半捻りで上下に振り分けた打撃を、だ。
しかも彼はそれで、こちらの力量をすべて読み切ったらしい。
その後も、どんなに技を凝らした攻撃で攻め立ててみても、まるで赤子をあしらうかのようにすべて躱された。
(ありえない……転生後の身体とはいえ、私の杖術は王国でも屈指の技量だったはず)
美祢の前世である『ミーネ』は、魔法だけでなく杖術の心得があった。
しかも、達人と呼ばれるほどの腕を持っていた。
自分のほかにも聖女と呼ばれたものは数多くいたが、異世界より召喚された勇者とともに魔界の奥に棲む魔王の討伐に赴くことを許されたのは、自分と親友の二人だけだった。
それほどまでに、選ばれし存在だったのだ。
もちろん今と『前世』とでは、体格も筋力も何もかもが違う。
それに、残念ながら前世のすべての力を引き継いでこの世界に生まれたわけではない。
記憶も断片的で、しかも思い出せた記憶もすべてが鮮明というわけではない。
幼少の記憶はもちろんのこと、いまだ共に戦った勇者の名前は思い出せないし、親友に至っては『親友がいたこと』以外、名前はおろか声も容姿も思い出せない。
生まれもった魔力はこの世界ではかなり高いようだが、魔法にいたっては杖の力を借りなければどう発動させればいいのかすら分からない始末である。
だがそれでも、前世で幼いころから鍛え上げてきた杖術だけは身体に染みついていた。
さらには魔法少女衣装という身体能力強化魔道具のおかげで、全盛期に迫る全力を発揮できていたはずだ。
だというのに。
(ただの一度も、掠りすらしないとは……!!)
もっと記憶が残っていれば、もっとうまく戦えたのでは……と思う。
だがそもそもの話、なぜ今の自分が前世の記憶を持っているのか、なぜこの世界に転生したのかも分からないのだ。
さすがに前世と似た名前だったのは、偶然だと思うが……
いずれにせよ。
『前の世界』の記憶が戻ってからというもの、全盛期の(少なくとも記憶の中の)力を取り戻すべく死に物狂いで鍛えてきた。
とにかく、強くなりたいという衝動だけが美祢を突き動かしていた。
――自分がもっともっと強かったなら。
それはおそらく、前世の……それも自分の最期に関わる感情なのだろう。
その時のことは、ほとんど覚えていないのだが……強くなれるならば、なるに越したことはない。
「…………」
洗面台の前の鏡を見る。
前世とはまったく違う風貌の自分が映る。
目鼻立ちは整ってはいるもののまだ幼い顔立ち。
青白かった髪は真っ黒だ。
身体が華奢なのは年齢相応だから仕方ないが、身長はもっと欲しいところだ。
すでに成人済みの姉の姿を見ると少し不安になるが、それでも今よりは伸びるだろう。そう願う。
とにかく今よりもっともっと強くならなければ、今後の生存すら危ういのではないか。
すくなくとも――ここが特殊な会社とはいえ――、その辺にいくらでもいそうなサラリーマンに手も足も出ないようでは話にならない。
(強く、強くならないと……!)
気が付けば、黒い炎のような感情がどんどん胸の奥からあふれ出てきていた。
自分では止められないほどの激情だ。
「…………ッ!!」
思わず叫び出しそうになって、美祢は歯を食いしばった。
洗面台を掴む手に力がこもる。
と、その時だった。
「あら、美祢ちゃんじゃない。お疲れ様」
鏡越しに、更衣室のドアが開き小柄な女性が入ってくるのが見えた。
先ほど訓練を手伝ってくれた(?)、朝来蒔菜という魔法少女だ。
彼女はあの後さらにウェイトトレーニングをしていたらしく、額に汗を流している。
「……あ、朝来先輩お疲れ様です」
美祢はすぐに振り返ると、顔に笑みを浮かべ頭を下げた。
前世では聖女ゆえ高貴な人々と接することが多く、相応の立ち振る舞いが求められた。
だからこの手の処世術は、杖術と同じくらい身体に染みついている。
「お疲れ様。もう魔力欠乏からは回復したみたいね。でも、無理はダメよ? 今日はしっかりお風呂に入って、早く寝ること。それが強くなる秘訣よ」
彼女はそう言いながら、ロッカーから大きなバッグを引っ張り出し、そこからバスタオルを取り出した。
どうやらシャワーで汗を流すつもりのようだ。
美祢はフェイスタオルとボディペーパーくらいは持って来ているが、バスタオルは持って来ていない。
訓練が終わってからしっかり身体の汗は拭ったが、お風呂は帰宅してからのお楽しみだ。
「……ご助言、ありがとうございます」
「案外、素直なのね。もっと生意気だと思っていたわ。私もたった5秒でやられて無様な姿を見せちゃったし、もっとバカにされるかと思ったんだけど」
美祢の雰囲気を察したのか、蒔菜は少し意外そうな顔で苦笑する。
「い、いえ……」
(たった……!? まさか、そんなわけがない……!)
笑顔を作りつつも、思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
5秒。
5秒『も』、だ。
実戦における近接格闘はコンマ1秒以下の世界であることを、美祢は知っている。
5秒もあれば、相手の手を読んだりフェイントを仕掛けたりと、それこそ互いに何十もの攻防を繰り広げることになるからだ。
事実、あの廣井を相手に、蒔菜はたった5秒の間に十数手にも及ぶ有形無形の攻撃を繰り出していた。
少なくとも美祢から見た彼女の戦いぶりは、そういう達人の戦いだった。
そもそも自分が何十秒も戦えたのは、あくまで装備の最終チェックのためだからだ。
もし彼が蒔菜を瞬殺したのと同様に本気を出していたら――あれが本気だったのかすら見当もつかないが――、自分は3秒ももたずに訓練施設の床を舐めていたはずだ。
『たった5秒』などと笑うことは、到底できなかった。
もっともそれを素直に口に出すことができない程度には、彼女に対抗心を抱いているのだが。
そのうえで、彼女のことを不思議と嫌いにはなれなかった。
なぜだかは分からない。
ただ、圧倒的な実力者にもひるまず向かっていくその後ろ姿が、誰かと重なったからだろうか。
(誰、か……?)
ふいに赤髪の少女が脳裏にちらついた。
それと同時に、軽いめまいを覚える。
「う……」
よろけると同時に耳元で声が聞こえ、気が付くと身体を抱きすくめられていた。
顔を上げると、蒔菜が心配そうな様子でこちらを眺めていた。
「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「本当に? 今、思い切り壁に頭をぶつけそうになっていたわよ?」
「ほ、本当に大丈夫です!」
なぜかは分からないが安堵した自分がいる。
胸の中で燃え上がっていた炎のような衝動が、嘘のように収まっていた。
けれどもそれが妙に気恥ずかしくて、美祢は慌てて手を振りほどくと身体を立て直し、蒔菜から離れた。
「そう? ま、今日は無理しないほうがいいわよ!」
もっとも蒔菜は、そんな美祢の様子を大して気にしていないようだ。
別れの挨拶のつもりかバスタオルをバサバサと振ると、シャワー室へと向かっていった。
胸の内の炎は消えたが、その代わりになぜか顔が熱かった。
美祢は無言で洗面台の蛇口をひねると、ふたたび冷水を顔にバシャバシャとかけた。
「…………」
次の研修は実際に妖魔を討伐する……つまり実戦だ。
とにかく、気を引き締めていこう。
美祢は首にかけたフェイスタオルで顔を拭くと、シャワー室から聞こえてくる水音を聞きながら更衣室を出た。
あ、それとなんですが…
カクヨムで新作始めました。
『外道騎士ジェラルド・ヴェイダーの異世界蹂躙譚~全キャラ死亡エンドしかない鬱ゲーのざまぁ(惨殺)キャラに転生した。死にたくないので死ぬ気で努力したらヒロインたちとのラブコメゲーが始まった~』
というお話です。
いわゆるゲーム&悪役転生というやつですね。
今のところカクヨムのみですが、そっちのジャンルが好きな方はよかったらチェックしてみてください!!




