第261話 新人魔法少女、滾る 下
驚くべき事に、美祢ちゃんの戦闘能力はかなり高かった。
前提として元々魔力量がかなり多い(平均的な魔法少女の3倍以上)のもあるが、なにより運動神経と格闘センスがズバ抜けているのだ。
杖の扱いは妙にこなれているし、杖術らしき格闘術まで使いこなしていた。
小山内さんからは、妹さんがここまでデキるなんて聞いていない。
「やあっ!」
「っと、危ない危ない」
裂帛の気合と共に繰り出されるのは、身体を軸にした魔法杖――『ヨトゥン』を叩きつけてくる回転攻撃だ。
それを身体をのけぞらせて回避する。
だが美祢ちゃんの攻撃は止まらない。
まるでフィギュアスケートの選手かブレイクダンスの回転技のように素早く軸足を入れ替え身体を捻り、縦に横にと怒涛のような連撃を叩きこんでくる。
おまけに杖の先端部に埋め込まれた水晶球からは、青白く発光する魔力が常に杖全体を覆っているのだ。
攻撃を躱したさいに杖が掠った床に霜が降りていたから、あの魔力には触れたモノのエネルギーを急速に奪う性質があるらしい。
簡単に言えば冷気魔法をエンチャントした攻撃というわけだ。
もちろんこの魔力を杖に充填して遠距離攻撃を行うのが本来の使い道なのだが、魔力充填の段階で留めることによりエンチャント武器のように扱い戦うことができるというのは、ある意味画期的かもしれない。
もちろん、これは三木主任の設計した『仕様』だ。
つまりは遠距離攻撃のみだと舐めてかかって仕掛けると接近戦でボコられるという罠である。
美祢ちゃんの魔法杖『ヨトゥン』まるで隙がないのである。
「やっ! はぁっ!! なんでっ! 当たらないのっ!」
「なんの、まだまだ!」
俺が美祢ちゃんの攻撃を躱すたび、彼女は躍起になって攻撃を繰り出してくる。
闘いの中でどんどんと鋭さを増していく連撃をギリギリで躱してゆく。
厄介なことに、美祢ちゃんは回転する中でも上下に攻撃を振り分け防御部位の選択を迫ってくるという、なかなか高度な戦法を使ってくる。
これは本能というよりは、明らかに研鑽を積んだ者の動きだ。
どこでこんな武術を身に着けたのかは分からないが、少なくとも朝来さんのような、一撃一撃に全力をのせた必殺攻撃を繰り出すことを至上とする薩摩武士みたいな戦闘スタイルとは一線を画してる。
まあ、彼女は彼女で最近はもう俺のマックス近い『バッシュ』を喰らっても数秒ダウンするだけで済む程度にはタフガールなので、純粋に戦闘力を比べるのは野暮というものだが。
もっとも、新人にしてはかなりの強さを誇る美祢ちゃんとはいえ、俺からすればまだ動きの粗さが見える。
例えば彼女が攻勢に回っているときの立ち回り。
杖の一撃一撃が速く正確なのはいいのだが、間合いを詰めるとこちらに攻撃を当てるのに夢中になるせいか、動きの緩急がおろそかになる。
さらにいえば、自分の隙にも意識が向かなくなる傾向がある。
例えば回転攻撃の後。
先ほども三木主任が指摘していたが、杖を振り回したときの遠心力に身体が持っていかれてしまうらしく攻撃の終わりに足で踏ん張るタイミングがあるが、これに美祢ちゃんは気付いていない。
加えて言うならば、攻撃の最中の視線。
おそらく、まだ魔法少女状態での自分の攻撃速度に慣れていないのだろう。
杖を振った時に相手……つまり俺から一瞬視線が外れるときがある。
これがフェイントならば感心したものだが、注意の先が次に踏み出す自分の足に向かっていることから、完全に俺から意識が外れてしまっているのは明らかだ。
これはなかなかに致命的な欠点である。
敵へ向けた意識が一瞬でも外れるということは、その隙にこちらが仕掛けても反応できないということだからな。
ちなみに佐治さんならば、無意識でも攻撃を防御できるらしく、下手に突っ込むとカウンターを喰らってしまうが……美祢ちゃんはまだまだその領域には達していないようだ。
「そろそろ、いいですかね」
彼女の近接格闘能力と、杖のポテンシャルはだいたい把握できた。
それと、魔法少女衣装については三木主任の言うとおり、腕力と脚力の出力にばらつきがあるように見受けられる。
これだけ洗い出すことができれば十分だろう。
ということで、その一瞬の隙ができたところで彼女の懐に潜り込み、首元にトンと手刀を当てる。
もちろんバッシュは使っていないが、先に朝来さんへ対処していたこともあり、美祢ちゃんはこれが致命打となったことを悟ったようだ。
「……参りました」
彼女は一瞬悔しそうな表情になったが、すぐに攻撃を中止し、杖を持ったまま両手を上げた。
すでに彼女は息がかなり上がっていた。
全力の戦闘というのは、極度の集中力で時間が引き延ばされたような感覚になるが、その分体力も精神力も消耗が激しい。
たった30秒程度の組手だったが、あと数秒もすれば限界を迎えていたことだろう。
最初に邪魔なので沈めた朝来さんも、たった5秒程度とはいえ体感時間はおそらく何分も戦ったように感じられたはずだ。
「二人ともお疲れ様でした。とりあえず、美祢ちゃんの実力と武器の出力や使い方とかは把握しました。しばらく休憩していてください」
「ありがとうございます。……つかれた……」
「…………」
美祢ちゃんがその場にへなへなと座り込んだ。
やはり限界だったらしい。
朝来さんは少し離れた場所で床に大の字になって寝そべっているが、黙って天井を睨みつけているだけで立ち上がれないわけではないらしい。
彼女も瞬殺したとはいえ十分戦った。
攻撃は速く重かったし、なにより気迫が良かったからな。
実際の戦闘では、気合と根性は重要な要素だ。
格上の相手にも怯まず全力で向かってくる気持ちの強さは何にも代えがたい。
彼女はまだまだ強くなるだろう。
◇
十分ほどの休憩を取ったあとは、今度は模擬格闘戦では試せなかった遠距離攻撃を確認することになった。
美祢ちゃんの使う杖『ヨトゥン』は魔法杖だ。
つまり魔法を放てる。
というか、むしろこっちが本来の使い方だ。
彼女は俺たちから少し離れた場所に立つと、施設の足場へ向けて杖を構えてからこちらを見た。
「準備できました!」
「了解。計測の準備はできてるッスから、いつでもやっていいッスよ」
「了解です。……はあああああぁぁ!!」
美祢ちゃんの気合とともに、『ヨトゥン』の先端部を取り囲むようにして無数の魔力の塊が生成された。
それらは青白く発光し、周囲に細かい雪片をまき散らしながら氷の塊へと姿を変えていく。
三木主任によれば、本来この魔法杖に実装されている機能は純粋な魔力弾を射出するというものだ。
つまり今生成されている氷塊は美祢ちゃんの固有能力ということになる。
魔法少女の中には、その魔力に『属性』を持っている子がいるらしい。
彼女の場合は『冷気』だそうだ。
そういえば朝来さんも本気を出すとたまに『炎』みたいな魔力を纏うことがあったが、彼女もそういう属性を持っているのだろうか。
そんな彼女は俺たちの隣で真剣な顔をしながら、美祢ちゃんの訓練を眺めている。
「はああああああぁぁぁ……!! チャージ完了しました!」
そんなことを考えていると、美祢ちゃんが大声を上げた。
いまや彼女が構える杖の先には、大きなものは子供の頭くらい、小さなものでも拳大、あわせて百個近くの氷塊が壁のように浮遊している。
「じゃ、思いっきりいっちゃって大丈夫ッスよ」
「いきます! ……はああっ!!」
三木主任の合図とともに、美祢ちゃんが足場方面に向かって氷塊を撃ちだした。
――ドドドドドドド!!
轟音とともに、氷塊が足場の鉄骨や壁面を粉砕していく。
その様子は、まるで重機関銃の十字砲火に晒されたビルのようだ。
「おー、ド迫力ッスねえ」
「大技ですねえ」
思わず感嘆の声を上げる。
正直な感想を言えば、あれに晒される妖魔が可哀そうになるくらいの威力だ。
おそらく『土蜘蛛』クラスの大型妖魔でも、あれを喰らえばひとたまりもないだろう。
彼女が現場に出ることになれば、相当な戦力アップが図れるだろうな、と思った。
「はあ、はあ……」
と、氷塊弾をすべて撃ち終わった美祢ちゃんがその場にへたり込んだ。
「お疲れ様です。気分は大丈夫ですか?」
「廣井さん……すいません、ちょっと気分が……休めばすぐ良くなると思います」
美祢ちゃんはそう言って笑顔を見せたが、顔色は蒼白で、額には汗がにじんでいる。
確かに先ほどの大技は強力無比と言えるが、どうやら魔力消費量が多すぎるようだ。
1発撃って即ダウンとなると、実戦で使用する場面はかなり限られてしまうだろう。
三木主任を見れば、彼女も同様の感想を持ったらしく頷いて見せた。
「なるほどなるほど……構えから最大充填までおおよそ20秒ってところスかね。仕様より5秒も遅いってことは完全に過負荷状態だから、フルチャージ時のコントロールはコンプレッサーのレシオ調整よりリミッターを噛ませて閾値を思い切り下げて厳格に管理しないとマズいか……。つーか杖の耐久性から考えても、魔力許容値はなるべく広くとっておきたいし、ここは喫緊の課題っッスね。そもそも慢性的な魔力飽和状態は武器の耐久力を削るから避けるべきだし、柄の材を魔力的に摩耗しにくい楢材から黒壇材に置換して、結界処理はもっと強固な――」
「……その辺の調整はお任せします」
三木主任が腕組みをしながらブツブツと改善案を呟いているが、完全に自分の世界に入り込んでしまったせいか専門用語が多すぎて何を言っているのかまったくわからん。
美祢ちゃんも朝来さんも彼女の言葉にまったくついていけなくて目を白黒させている。
まあ、ここは彼女に任せよう。
と、そんなこんなで美祢ちゃんの魔法少女装備の運用試験は無事終了したのだった。




