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第256話 社畜と社長の異世界出張⑤

「…………っ! …………ッッ!!」


「ちょっ、痛っ、ネズミの魔物肉だって黙ってたのは謝りますからポカポカするのやめてくださいって!」



 涙目でほっぺたを風船のように膨らませ、無言のまま俺の胸をポカポカ叩いてくる社長に抗議する。


 もちろん幼女のパワーなので別に痛くはないのだが(本人も本気を出していないだろうし)、衆目に晒された状況でのこれは別の意味で心が痛い。



 というかネズミと言ったって地球でもヌートリアとかカピバラみたいに地域によっては食用にされる種もあるわけだし、そこまで怒らくてもいいのでは……


 ……まあ、屋台の奥に血抜きと内臓の除去だけを終えたほぼ解体前のやつが吊るされているのを、俺と一緒についてきたせいで目撃してしまわなければ、だが。


 確かに大型犬より一回りも大きな、威風堂々たる(たたず)まいだったからな。


 ちなみにまだ毛皮付きのやつとアンコウの吊るし切りの途中みたいなやつが、朝の爽やかな風に揺られてブラブラしていた。


 あれはおそらく『こんな大物が獲れましたよ』的なアピールで、おそらくは依頼に出かける前と思しき冒険者たちには景気づけに振舞うという意味があったのだろう。


 ソティにとっては逆効果だったが。



「……お主、騙したな」


「……騙してませんよ。そもそも魔鼠肉は、こっちの庶民……特に冒険者の間では人気の食材です。社長も美味しかったと言っていたじゃないですか」


「それはそうじゃが……!」



 ぐぬぬ、とソティが言葉に詰まる。


 どうやら味と見た目を同時に思い出し、このまま怒り続けるべきか葛藤しているようだ。


 そもそも、である。



「というか、こっちにいた頃は食べてなかったんですか?」


「それは……少なくともワシのいた時代と場所では、魔物の肉など食卓に上がることすらなかったのじゃ。そもそもあのようなネズミの魔物など、ワシのいた時代にいたかどうかすら覚えておらぬ。だいたいお主とて、地球の生物の種類を網羅しているわけではなかろう? たとえばアフリカのサバンナじゃ。かの地にどのような種類の動物が暮らしており、どの動物を現地の民が食用にしておるかなど、分かるわけがなかろう」


「分かりました、分かりましたって」



 俺は降参とばかりに両手を上げてソティをなだめる。



 たしかに言われてみれば、いくら彼女が異世界出身とはいえ全知全能の神というわけではない。


 普通に考えれば自分の身の回りに存在した文化や風習しか分からないだろうし、そもそも500年以上前のそれらが今日まで地続きとも限らない。


 それにこれまでの話を聞く限り、ソティは異世界での暮らしより地球での暮らしの方が長いはずだ。


 そもそもの話、俺だって、『実家のすぐ隣の町のご当地グルメは何ですか?』と聞かれても即答できないしな。


 あまり意識していなかったが、少々迂闊な質問だったかもしれないと思い直した。



「申し訳ありません、社長。さすがに軽率な質問でした」



 俺はすこし社長殿から離れると、90度腰を折り曲げ非礼を詫びた。


 こういうときは誠意だ。


 しっかりと背筋を伸ばし、脇を締め、手はしっかりと伸ばし腰にぴたりと付けたまま。


 コツは頭を下げた時に、地面だけでなく自分の足元がしっかりと視界に入るようにすることだ。


 こうすることで自分の首を差し出すがごとくしっかりと頭が下がり、これにより相手にこちらの謝意を確実に伝えることができる。


 これぞ社畜流奥義、壱の型――『平謝り』である。



「なんだアイツ……子供にものすごい頭の下げ方をしているぞ……?」


「あの子、可愛らしいわね……!? 服も立派だし、貴族のご令嬢かしら……?」


「つーか謝ってる方、たまに見かける異人の冒険者じゃねえか?」


「あいつ確か、ギルド職員が最近噂してた実力派だよな? 護衛任務で何か粗相でもあったのか」


「ギルドで探していたよな。声かけておくか……?」


「やめとけやめとけ! あいつが頭下げてるの、どう考えてもありゃお偉いさんのガキだろ。巻き込まれたくねぇよ」


「そりゃそうだな!」


「ぐぬ……ぐぬぬ……!?」



 俺が頭を下げていると、周囲がざわざわとし始めた。


 それと同時に、ソティの焦ったような唸り声が聞こえてくる。



「ふむ……主は案外有名人なのだな。従魔として誇らしいぞ」


「ふっ、二人とも撤退じゃ、撤退なのじゃ!」



 どうやらソティは周囲の注目を浴びるのが恥ずかしかったようだ。


 なぜか嬉しそうにしているクロの発言がトドメとなり、ソティに俺に足早に近づくとぐいと手を引っ張ると、屋台街の裏側へと引っ張っていったのだった。




 ◇




「ふう……ひどい目に遭ったのじゃ。謝るにしても、程度というものがあるじゃろうが」



 人通りのない裏路地までやってきたところで、ソティが安堵したように息を吐いたあと、責めるような視線を俺に寄越してきた。



「なんかすいません……」


「よい。ワシも少々言い過ぎたのじゃ。お主とて悪意があってネズミの串焼きを持ってきたわけではなかろう」



 彼女はそう言って、ちゃっかり持って来ていたおかわり分の大ネズミの串焼きを頬張った。



「うむ。改めて味わってみれば、存外悪くないのじゃ。肉そのものは淡白じゃがジューシー。スパイスのお陰で臭みも気にならぬ。この地で人気の食材だということが分かるのじゃ」


「周辺の村の作物を荒らして生きていますからね。すばしこいので捕まえるのは大変らしいですが」

 


 大ネズミの魔物――『魔鼠(マソ)』は人里近くの森に群れを作って暮らす魔物だ。


 食性は草食寄りの雑食。


 基本的には森の中の木の実や草、それに森を流れる沢などで魚や蟹などを獲ったりしているが、集落の魔物除けが老朽化していると畑や果樹園に侵入して作物を荒らすので、ちょくちょく駆除依頼が冒険者ギルドに入るそうだ。


 さっきの屋台に吊られていた奴らはでっぷりと肥えていたので、作物を荒らし駆除された個体なのだろう。



「ご馳走様じゃ。……そろそろ戻るとしようかの」


「そうですね」



 ソティは串焼きをしっかり残さず食べ終えると、ぐいと伸びをしてから言った。


 異世界にやってきてから、かれこれ数時間が経とうとしている。


 日本時間で言えば、23時になろうかといったところだろうか。


 明日も仕事であることを考えれば、そろそろ帰宅すべきだろう。



「そういえば社長、魔力の方はいかがですか?」


「うーむ……こちらに来てから、かなり身体が軽くなったのは感じておる。魔力はすでに満タンじゃな。あとは、総容量が少しでも上がってくれておれば良いのじゃが……」



 と、そこでソティが俺の顔をじっと見つめてくる。



「どうかされましたか?」


「いや、そのな」



 と、今度は急に眼を逸らされた。


 なぜか彼女は顔を真っ赤にしてモジモジしている。


 意図を図りかねて、俺は彼女の言葉を待つ。


 すると彼女の口から予想もしない言葉が飛び出した。



「お主に一つ頼みがあるのじゃが……ワシの『ステータス』を見てもらうことはできぬかのう」


「……なぜそう思ったのですか?」



 なるべく声が硬くならないよう、努めて感情を押し殺してそう答えた。


 しかし、僅かにだが態度に出てしまったようだ。


 ソティは慌てたように手を振って言葉を続ける。



「そう身構えるでない。ひとつ先に言うおくのじゃが、ワシにお主の心を読むような力はない。これは……あくまで状況を総合的に見て出した推測にすぎぬ」


「…………」


「特に……お主の不思議なほどの落ち着きようと、状況対処能力、それらに付随する魔法少女をも上回る戦闘能力について考えておった。経験から来るもの、天賦の才……それだけでは説明できぬ。ゆえに、お主には対象の情報を何かしらの手段で入手する力があると考えたわけじゃ。それに……」



 そこでソティがニヤリと悪い笑みを浮かべる。



「お主の手持ちのカードに、年端も行かぬ魔法少女にただセクハラを働くだけの魔法があるとは到底思えぬからのう」


「その話はやめて頂けますか」



 俺は再び両手を上げた。


 クソ、ある意味一番のトラウマを……


 思い返せば朝来(あさご)さんと最初に遭遇した時、彼女と彼女のマスコットであるルーチェに『鑑定』を使ってしまったのがそもそもの失敗だったというわけだ。


 まあ、バレているのならこれ以上隠す必要もない。



「ご明察のとおりです。私は対象の情報を知る魔法を使えます。ただ、これは最初に申し上げたいのですが……分かる情報は限定的ですし、そもそもこの魔法を人に対して使用すると確実に相手に察知される仕様となっております。悪用(・・)はほぼ不可能です」


「なかなか使いどころが難しい魔法じゃのう」



 ソティもそれについては同意見なのか、腕組みをしながら深く頷いている。


 まあ、やりようによってはどうとでもできるうえ、今後レベルを上げていけばどうなるか分からないのだが……あえて口にする必要はないだろう。



「ふむ。ではそのうえで、改めて頼むとしようかの。廣井よ、ワシにその魔法を掛けてくれぬか」


「………………一応確認しますが、正気ですよね?」


「無論じゃ! そうでなければわざわざ申し出るわけがないのじゃ! これから何度も異世界に来るというのに、どれだけ魔力総量が回復したかの記録を取らねば意味がなかろう!」


「それはそうですが……本当にいいんですね? あとでセクハラで訴えないで下さいよ?」


「女に二言はないのじゃ! やるのじゃ、廣井よ!」



 そうとまで言い切られてしまえば、断ることもできない。



「……承知しました。それではいきますよ」


「ばっちこいなのじゃ!」



 俺は、ギュッと目を瞑るソティに対して『鑑定』を発動させた。


 次の瞬間、彼女のステータスが目の前に浮かび上がる。


 そして、ソティはと言うと――



「廣井よ、魔法はまだかのう? 何も感じぬぞ? あまり身を固くしておると肩が凝りそうなのじゃが……」


「あの、社長」



 俺は目の前に浮かぶステータスと、ギュッと目を瞑ったままのソティを交互に見比べながら言った。


 困惑した口調になってしまったのは、仕方のないことだと思う。



「すでに魔法は発動済みです」

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