第255話 社畜と社長の異世界出張④
ジェントの街にはあっさり入れた。
門番のおっさんに冒険者登録証を見せたあとはクロやソティのことも特に聞かれずすんなりと通されたので、むしろ俺の方から『本当に大丈夫ですか?』と聞いてしまったくらいだ。
一番最初にこの街にやってきたときは、きちんと手続きをしていたのを覚えていたからな。
もっとも雑談がてら門番のおっさんにいろいろ聞いてみると、基本的に人を止めるのはよほど怪しい人物だと判断した時くらいだそうだ。
開門している時間帯なら、別に声を掛けずに通っても止めたりはしないとのことである。
ちなみに最初この街にやってきたときに手続きをしたのは、この街に長期滞在する必要がある避難民だったからだそうだ。
通常、顔なじみではなく冒険者のようにあからさまに武器を所持している人物はきちんと身分を確認するが、行商人や旅人、近隣の住民などをいちいち誰何することはないらしい。
その場合、旅の商人などは護身用の短剣なんかを持っているはずだがその場合はどうなのかと聞いたら、面倒くさそうに街の中にある衛兵隊の詰所を案内された。
どうやらそこで詳しい規則を聞いてこい、とのことらしい。
さすがにそこで仕事の邪魔をしていることに気づき謝ったが、武器の所持についてはそこまで厳しくはないということなのだろう。
よくよく考えたら、確かに街の治安は良いとは言えないが街中で武器を持って暴れたら即座に衛兵隊がすっ飛んできて『鎮圧』されるような世界だ。
そしてこの場合でいう『鎮圧』とは、日本とは違い『武力の行使』を意味する。
もちろん剣や槍、攻撃魔法などで、である。
その場合、鎮圧された者がどうなるかをあえて語るまでもないわけで、好き好んで武器をひけらかして暴れる輩は(少なくても表立っては)少ないということだろう。
そして俺の連れは若い女性(魔狼)と幼女(推定年齢500歳以上)である。
その素性はさておくとして、見た目だけなら異国からやってきた若夫婦とその子供なわけで。
まあ、門番のおっさんが怪しむようなものではなかった、というわけだ。
むしろ『よく家族を連れてきたな』と嬉しそうにされた。
ちなににおっさんのご家庭では娘さんが絶賛思春期真っ盛りらしく、雑談の途中で『俺、最近娘に嫌われちまっててさ……』と黄昏れていた。
まあその、なんだ……強く生きてくれおっさん。
余談ではあるが、雑談中に門番のおっさんに『いつも連れている黒い犬はどうした』と聞かれてクロがむっとした表情で『狼だ』と言い返す一幕もあったが、後日また連れてくると言い訳してどうにか誤魔化すことに成功したことを付け加えておく。
◇
「ほおぉ……時や世界は違えど、やはり街の空気感は良いものじゃのう!」
ソティはジェントの街に入ってすぐ、周囲の様子を興味深そうに眺めている。
城門から奥へと向かう目抜き通りにはいたるところに露店や屋台が出ており、にぎやかな印象だ。
時間的にはまだ朝なので屋台も軽食が中心で、露店や道沿いに立っている店で開いているものも果物などの食料品を扱っているところが多い。
屋台からは食べ物の良い匂いが漂ってきていて、すでに夕食(日本は夜である)を食べているにも関わらずお腹が減ってくる。
「のう廣井よ! あの食べ物はなんじゃ?」
俺の手をぐいぐい引っ張りながら歩くソティが、すこし先の屋台を指さした。
店頭には、こちらで言うところの『パン挟み』がたくさん積まれている。
「あれは確か鹿肉……厳密には鹿っぽい魔物の塩漬け肉を茹で戻してパンに挟んだ……異世界のハンバーガーとかホットドッグみたいなやつですね。私も以前食べたことがありますがスパイスが効いてて結構おいしいですよ」
「おお! そういえばワシ、夕食がまだじゃったからのう……お腹が減ってたまらぬのじゃ」
「さっきヨモツヘグイがどうとか言ってませんでしたか?」
「何を言うのじゃお主は。この世界はワシの故郷じゃぞ? 神話上のあるかも分からぬ黄泉の国と一緒にするでない」
「ええ……」
なんか急に社長っぽい威厳を醸し出しているけど、さっきと言ってること違わなくないですかね……?
まあ、異世界の食事を見てテンションがブチ上がった彼女を止められる者はこの場に誰もいない。
俺はともかく、クロもじっと屋台に積まれたパン挟みを凝視している。
……しかたないな。
「じゃあ、ひとまず食事にしましょうか」
「やったのじゃ!」
「我は4つでよいぞ」
「2つで十分だろ。太るぞ」
「むう……主がそう言うのなら仕方あるまい」
クロは不満げな様子だが、そもそも1つがソティの顔の半分くらいはありそうなボリュームだ。
いくら彼女が大食いだといっても、4つは多すぎると思う。
ひとまず屋台の近くにあるテーブルと椅子を確保してから、屋台からパン挟みを都合4つ買ってくる。
パン挟みは屋台のお兄さんにお願いをして、念のため出来立てを注文しておいた。
料理を受け取ったあとは付近の屋台で牛のテールスープなども調達して、テーブルまで戻る。
「ほう、スープもセットとはな。お主、存外気が利くのう。実はモテたりするかのう?」
「……この程度でモテていたら今頃ハーレムですよ。あ、スープは熱いので火傷に気を付けてください」
社長のセクハラめいた冗談を適当にあしらいつつ、二人に料理を配っていく。
余談だが、飲み物はジュースのような冷たいドリンクと湯気の立つ熱々のスープの両方があったのだが、今回は衛生面を考慮して後者にした。
もちろんそれなりの宿や飲食店ならば、冷えた飲料水は井戸水を煮沸して冷ましたものか魔法使いが水魔法で生成したものだから普通に飲んでも問題ない。
だが屋台については野外ということもあり、冷えた料理やドリンクには食中毒リスクがどうしても付きまとう。
いくらこの世界に解毒魔法が存在するとはいえ、現地人以外はそれらを飲食するのは避けた方が無難なのだ。
もっともこの辺は、どの世界のどの国の屋台飯でも変わらない鉄則と言えるだろうが。
「いただきます、なのじゃ!」
俺から食べ物を受け取ると、ソティは躊躇なくパン挟みにかぶりついた。
次の瞬間。
「むっ、これは……!」
彼女の身体が、電流が走ったかのようにビクンと震える。
目が見開かれ、その瞳にまばゆい光が生まれた。
よほど美味しかったのだろう、彼女はそのまま無言で頬張り続け……顔の半分ほどもあったパン挟みがあっという間に消えてしまった。
そのままの勢いで手元のスープを飲み干してしまう。
「ふう……おかわりなのじゃ!」
「いいですけど、ちゃんと食べられますか……?」
元気よく手を上げる姿は可愛らしいが、1つで大人が満腹になるくらいのボリュームだぞ。
しかしソティはまだまだ余裕の表情をしている。
「むしろ先ほどのハンバーガーで腹の虫が活発になったのじゃ。まだまだいけるのじゃ」
「む。我もあと2つはいけるぞ」
「……いいでしょう。クロはまあいいとして……社長、お残しはNGですよ?」
「むろんじゃ。そうじゃ、言い忘れておったが今回の異世界旅行の費用はワシのポケットマネーで出すから使った金額は覚えておくのじゃぞ」
「……そういうことであれば」
別に金銭面で困ってはいないが、社長が負担するなら遠慮する必要はない。
ただまあ、こっちのお金と日本のお金でちゃんと精算できるのかは気になるが……そこは会社の経理に回すわけではないので自己申告でもなんとかなるだろう。
俺も誤魔化すつもりもないし、ソティも『現地視察』で物価などの状況も把握できるだろうし。
現金なもので、お金回りの問題がクリアになった途端、俺もパン挟みを食べた直後だというのに小腹が空いてきた。
「せっかくですから、いろいろ回ってみますか。さっきのやつも美味しかったですが、ここの料理はどこも結構いけますよ」
「ほほう……! お主がそう言うなら試すほかないのう。ならば、次はあの店に突撃じゃ!」
ソティが少し離れた場所にある、串焼きの屋台をビシッ! と指さした。
ええと、あれは……この辺でよく採れる大ネズミの魔物肉だったかな。
……もちろんドブネズミでもゾンビネズミでもないし俺やクロはすでに口に入れているので抵抗はないが(味は淡白で美味かった)、とりあえずソティが口にするまで正体は黙っておこう。
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