第254話 社畜と社長の異世界出張③
寺院のダンジョンから祠のダンジョンへ転移魔法陣で飛び、薄暗い地下から外に出る。
すでに異世界は朝になっていた。
「む……眩しいのじゃ」
横を見ると、ソティが俺とつないだ手と反対側の手で額にひさしを作っている。
ここはまだ祠を取り囲む小さな森の中だが、見上げてみれば、さざめく木々の向こう側に真っ青な空が見えた。
木々の間を通り抜ける風はひんやりとしていて心地よい。
そういえば、ここまでやってきたのは結構久しぶりかもしれない。
相変わらず祠は静かに佇んでいて、周囲は森の木々がそよぐ静かな音と、時おり遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。
平和で、のどかな風景だ。
ソティとは反対側の隣で、クロも眩しそうに眼を細めながら周囲を見回していた。
彼女にとっては見慣れた光景のはずだが、仔狼姿とは視点の位置が違うので何か心境の変化があったのだろうか。
「静かな場所じゃのう」
ソティがぽつりと呟く。
繋いだままの彼女の手が、きゅっと俺の手を握りしめた。
「この先、少々歩きますが街があります。そこまで行ってみませんか?」
「おお! 今度こそ第一村人との邂逅じゃな? ワクワクするのう」
「村人というか街人ですけどね」
そんな会話をしながら祠の森を抜けようとしたところで、ソティとつないだ手と反対側の手がぎゅっと握られた。
思わず横を見れば、クロがちょっと恥ずかしそうに目を逸らしながら小さく呟いた。
「……この辺りに魔物の臭いはない。別に構わないだろう」
いや別にいいけどさ……
もしかして俺がずっとソティと手を繋いでいたからやきもちでも焼いたのだろうか?
普段は誰と接していてもあまり気にしないのに、珍しいな。
「じゃ、三人で仲良く歩いていくか」
「む……クロも手を繋いだのじゃな? 誰かと手を繋ぐというのは、安心するからのう」
「我のこれは、主が迷わないためだ。我の方が鼻が利くからな」
「いや別に俺は迷わないよ……」
というかクロのこれは何の対抗意識だ……
まあ、別に嫌ではないので結局三人仲良く手を繋ぎながら道を歩くことになった。
……これ、傍から見たら完全に家族連れだなこれ。
この中で一番年下は俺だけど。
◇
森を抜け、草原を貫く一本道を三人で歩いていく。
祠のダンジョンはジェントの街から少し離れた場所にあり、周囲が草原の広がる丘陵地帯なので最果て感がすごい。
地球でどこが似ているかと言えば……アイルランドとか、日本で言えば秋吉台のような草原地帯だろうか。
そんななだらかだけど起伏のある地形の中、ぽつん、ぽつんと明らかな人工物が点在している。
ちょっとした遺跡の石垣や、ところどころで行っている放牧用の柵などだ。
ちなみにこっちも普通に牛や羊、山羊や馬などがいるものの、地球産のものとはちょっと違うようだ。
具体的には牛も羊も山羊も角がでかい。
馬はあまり変わらないかな。
地球産の馬より体格ががっしりしているように思えるけど、俺がよく見る馬が荷馬や軍馬だからかもしれない。
「おお、あれは教会跡じゃな? だいぶ朽ちておるのう」
とソティが道の向こう側の遺跡を指さした。
周囲の石垣と外壁の半分くらいしか残っていない建物である。
俺にはそれが、どう見てもただの農家か何かの廃墟にしか見えなかった。
「あれ、教会なんですか?」
「無論じゃ。天井部分が崩れてしまっておるゆえ分かりづらいが、基礎部分の石の積み上げ方を見るが良い。あれは……新生魔導王朝時代の宗教施設に……よく見られた……様式で……」
と、途中までドヤ顔で蘊蓄を語っていたソティが徐々に曇り顔になり、目から光が失われていく。
さらには俺の手を離ししゃがみこむと、足元の乾いた土に指で『の』の字を描き始めてしまった。
あまりの急変に慌てて彼女の元にしゃがみこむ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「む……いや、少し昔を思い出してしもうてな……もう、この世界は……ワシの暮らしていた頃からすっかり様変わりしてしまったようじゃのう、と思ってな……」
「あー……」
気持ちは分からないでもない。
彼女の言うことが本当ならば、500年以上も前に地球に渡ってきたのだ。
異世界も地球も時差があるとはいえ、同じ時間が流れている。
500年も経てば、地球だろうが異世界だろうがすっかり別世界だ。
おそらく知人友人はもういないだろう。
もっとも、それくらい彼女ならば分かっているだろうが……
頭で理解しているのと、心で感じるのとでは別物だということくらい、俺にも分かる。
「げ、元気出しましょう社長。ほら、あの丘を越えたら『ジェント』という街があります。そこで何か美味しいものでも買ってきますから一緒に食べましょう」
「ヨモツヘグイ……」
「いや、ここ黄泉の国じゃないですから! 私まだ死んでないですから!」
ダメだ……ソティのテンションがどん底まで下がってしまった。
というか黄泉の国っていうか自分の生まれ故郷だろ……などと心の中でツッコみを入れつつ、『の』の字を描いていない方の彼女の手を握る。
と、そのときだった。
「主よ、客がきたぞ」
クロの声が聞こえたのと同時に、しゃがみこんだ俺たちに影が差す。
次いで、野太い声が降ってきた。
「む……貴様、もしやヒロイではないか?」
顔を上げてみれば、馬上から鎧姿の男がこちらをじっと見下ろしていた。
男には見覚えがあった。
「……ヴェイルさん、お久しぶりです」
以前、監視砦からジェントの街まで護衛を務めてくれた王国騎士団のおっさんだった。
よくよく見れば、少し先の丘から続々と馬に乗った騎士たちがこちらに向かってくるのが見える。
後ろの方の騎士が荷馬も引いていることから、どうやら皆でどこかに移動する途中らしい。
「それにしても久しいな。王国での生活は慣れたか?」
「ええまあ、お陰様で」
異世界と日本を行き来しているので慣れるも慣れないもないのだが、そもそも説明できないことが多いので曖昧に頷いておく。
一方ヴェイルさんは、俺がジェントに定住したものと思っているようだ。
「して、そちらの子供と女性は……そうか、家族を呼び寄せたのだな」
そして、当然ながら俺の側にいるクロとソティにも目が向くわけで。
「いや、こちらは……」
「クロだ。主が世話になったようだな。私からも礼を言おう」
「ソティじゃ……です! ご……じゅっさいです!」
おおぅ……クロが不遜なのはともかく、社長殿はなんで子供の振りするの。
さっきとうって変わって満面の笑みだし。
(ここは任せておくのじゃ……!)
そして俺の困惑をよそに、彼女は意味ありげに口だけを動かし、ウィンクなどをして見せる。
何を任せるんですかね……!?
というか小芝居とかいらないから黙っててほしいんですが……
つーかこの人、テンションの浮き沈み激しいな!
まあ、ずっと凹まれているのもアレだけどさ。
「うむ……うむ! 家族が仲睦まじいのは良いことだ……!」
そんな俺の心中を知らないヴェイルさんはクロとソティを見て、微笑ましそうに目を細めている。
おい騙されてるぞおっさん……! クロはともかくもう一人は完全なる部外者だぞ……!
「おっと、申し遅れたな。クロ殿、ソティ殿、急ぎの用ゆえ馬上から失礼する。私は王国騎士団第三番隊隊長、ヴェイル・ザグレヴと申す。ヒロイ殿とは少々縁があってな。我々王国は異国の民も広く迎え入れている。ぜひ、安心して暮らしてほしい」
「よろしく頼む、ヴェイル殿」
「ヴェイルさま、パパをよろしくおねがいします!」
「…………」
この社長、ノリノリである。
……あとでほっぺつねってやろうかな。下剋上だ!
「さて、ヒロイ殿。積もる話もあるだろうが、我々は少々急いでいてな。この辺りで失礼いたす」
「こちらこそ、一介の商人である私めにお声がけ頂きありがとうございます。騎士団の皆さんも、旅のご無事をお祈りしております」
「うむ。ではまた会おう。……ああそれと、最後にもう一つ」
馬の手綱を握り直したヴェイルさんが少し真面目な顔になって言った。
「最近は国境付近もだいぶ落ち着いてきているが、まだまだ予断を許さん状況だ。貴様も仕事があるだろうが、しばらく砦付近に近づかない方がよかろう」
そういえば、この王国は魔界の国と戦争中だったな。
話を聞く限り冷戦に近い状況みたいだけど、早く終結するといいな。
昔は個人レベルとはいえちらほら交流があったみたいだし、なんだかんだ、あっちの方にも話の分かる人たちがいるみたいだし。
「ご忠告、ありがとうございます。ロルナさんとフィーダさんにもよろしくお伝えください」
「うむ。ロルナ殿については少々先になるだろうが、お二方には貴様のことは伝えておこう」
最後にそう言い残してから、ヴェイルさんは先に進んでいた騎士の皆さんのあとを追いかけていった。
「…………」
「のうお主よ! ワシの演技もなかなかのものじゃろ! じゃろ!?」
そう嬉しそうに言いながら、くいくいと俺の袖を引っ張ってくる社長殿。
彼女が元気になったのは良いんだが……
なんだろう、異世界に来てから一番疲れた気がする……
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別作品の件で恐縮ですが、
『パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした』
のコミック第2巻が11/10(月)に発売となります!
なろうっぽいタイトルですがラブコメ要素が強い本作はコミカライズを担当頂いているまお先生の描くヒロインたちがめっっっっっっっっっっっちゃ可愛いので、本作の読者様にもぜひぜひチェックして頂きたいです!!!!!!!!!!!!
※下記リンクよりweb小説版もチェックできますので、どんな内容か気になる方はよろしければチェック頂ければ。
もちろん本作もまだまだ更新を続けていきますので、引き続きよろしくお願いいたします!!!!




