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第253話 社畜と社長の異世界出張②

 ダンジョンの入口でうだうだしているのも何なので、ソティを連れてダンジョンを進むことにした。


 彼女の魔力回復効果を考慮すれば、おそらくこのまま留まる方が効率が良いはずだ。


 だがこのまま数時間もの間、三人で体育座りしながら時間を潰すのはキツいし、そもそも社長殿は異世界旅行をご所望だからな。


 まあダンジョン攻略も、異世界旅行というか出張の一環というやつである。


 というか。



「そういえば社長、身体の調子はいかがですか?」


「おお、そうじゃな! ……そういえば、ずっと悩まされておった肩こりが嘘みたいにスッキリしておるのう。腰の痛みもなくなっておるのじゃ。ダンジョンというのは温泉のようなものじゃな! ほれ、肌もモチモチプルプルじゃ!」



 よくぞ聞いてくれた、といった様子で、ドヤ顔でそんなことを言い出す社長殿。


 元が幼女なので肌とか髪が荒れているということもないのだが、心なしか、いつにもまして肌や髪がツヤツヤしている気がする。


 ただ、その幼女の見た目で年寄りめいたセリフを吐かれると違和感がすごい。



「そ、そうですね……」



 かろうじてそう返したが、そもそも聞きたいのはそっちじゃない。



「それで、魔力の方はいかがですか……?」


「おお、そっちじゃったか!」



 言って、ソティが一瞬バツの悪そうな表情になったが、すぐに得意げな顔に戻った。



「ここに入ってからというもの、明らかに身体中に魔力が(みなぎ)っておるのが分かるのじゃ。ほれ、お主も感じるじゃろう」


「……確かに」



 ソティに言うとおり、彼女の身体からは魔力が陽炎のようにゆらゆらと立ち昇っているのが見える。


 もっとも、この現象はおそらく魔力が濃密なダンジョン内だけのものだ。


 そもそも魔力が体外に滲み出ているということは、魔力が体内で飽和しているとも取れなくはない。


 察するに、ソティは貯蔵できる魔力が少ないゆえにダンジョンの濃密な魔力を吸収しあっという間に不足していた魔力が充填されたものの、一時的に限界を超えて取り込んだ魔力の余剰分が体外に放出されている……というのがより正確な理解なのではないだろうか。


 いや、人体と魔力の関係とか分からんからあくまで推測だけど。



「む……さすがに、すぐには魔力総量が急激に増加した感覚はないのう。やはりダンジョンや異世界にしばらく身を置く必要があるじゃろうな」



 もっともソティもそのことについては自覚があるようだ。


 そんなことを呟きつつ、ダンジョンの奥へと歩を進め……最初の広間に差し掛かったところで足を止めた。




「……む、あれはなんじゃ? 妙なネバネバが出てきたのじゃ」


「ああ、あれはスライムです。ゲームだとおなじみの魔物ですね」



 その数、およそ十数体。


 もちろん俺たちの敵ではない。



「むう……初めて見る妖魔……魔物じゃ。ずいぶんと気色の悪い見た目をしておるのう」


「もしかして、見るのは初めてですか?」


「大昔のことゆえ、多少忘れておることもあるじゃろうが……記憶にある限り、向こう側で暮らしていたときに見たことはないのう」



 どうやらソティにとって、スライムは見慣れない魔物だったようだ。


 異世界では割とありふれた魔物だと思っていたが、そうでもないのだろうか?


 いずれにせよ、俺たちの障害となる敵ではない。



「まあ、見た目だけですよ。その辺の妖魔と比べても弱いですから、気にせず進みましょう」



 そう言いつつ、近くにあった椅子を手に取りスライムを薙ぎ払う。


 ボッ! と音がして黒く濁った腐肉が一瞬で消し飛んだ。


 今さらではあるが、もうこの程度の魔物はもう蚊より簡単に倒せるな。


 むしろ寝ているときに耳元に寄ってくる蚊より処理が楽まである。


 それにしても、やっぱりダンジョン内は魔力が濃密なせい身体の調子がとても良い。



「ワシも戦ってみたいのう……」


「そんな顔してもダメですよ。社長は魔力温存が最優先なので、私が露払いしますので大人しくしていてください。クロ、社長の護衛を頼む」


「任せておけ」


「む、むむむ……」



 羨ましそうに指を咥えながら、俺が戦う様子を眺める社長殿。


 こういう時ばかり幼女の振りをしても騙されんぞ。


 もっとも自分の役割はちゃんと自覚しているようで、クロの護衛を押しのけて前に出てくるようなことはなかった。


 正直、転移魔法陣で一気に最下層の祭壇の間まで転移してしまっても良かったのだが、ダンジョン内は魔力は異世界の『外』よりも魔力が濃いからな。


 このような環境に身を置くことで魔力総量が回復するのなら、なるべく長時間、内部に滞在した方がいいのは間違いないだろう。


 そう言った理由もあって、俺たちは普通にダンジョンを攻略していた。



 ――――



「おお……宝箱じゃ……」


「あ、ミミックですね。近づかないでくださいね」



 ――――



「この部屋暗いのう……なんか骨がうじゃじゃおるぞ!」


「スケルトンですね。あそこで死霊術士が操っているので倒してきます」



 ――――



 そんなこんなで、小一時間ほどで最下層まで到達。


 最後の通路を抜けると、最近は見慣れてしまった祭壇が目の前に現れた。


 久しぶりにきちんとダンジョンを攻略してきたせいか、ここまで来ると何となくホッとする感覚があるな。



「…………」



 と、後ろでソティ立ち止まる気配があった。


 振り向けば、彼女は広間の入口あたりで立ち尽くし、じっと祭壇を見つめていた。



「……社長?」



 が、俺の声にハッと我に返ったように視線をこちらに戻す。



「すまぬすまぬ。つい珍しい光景ゆえ見とれておっただけじゃ」



 彼女はそう言って曖昧に笑ってみせたが、祭壇を見る目つきは驚きや物珍しさだけではなく、郷愁や寂しさのような感情が浮かんでいるように思えた。



 ……そういえば、彼女は異世界では巫女か何かをやっていたとか言っていた気がする。


 たしか、この遺跡は寺院だとか聖地だとかアンリ様やロルナさんが言っていたよな。


 年代も五百年くらい前のものらしいので、ソティの暮らしていた頃は現役だったとしてもおかしくはない。


 もっとも、彼女が自分から語らないのならば無理に話してもらうこともないだろう。


 思い出したくないことも一緒に話さざるを得ないかもしれないからな。



「……廣井よ、ひとつ頼み事があるのじゃが」



 しばらく祭壇を眺めていたソティだったが、俺の方に向き直ると、妙に改まった様子でそう言った。



「なんでしょう、社長」


「その……前のように、手を繋いでくれぬか……?」



 なんかモジモジしながら、ためらいがちに小さな手を差し出してきた。



「む、むろん別に深い理由などないのじゃけど!? しかし……ほれ、万が一にもこんな場所ではぐれる訳にはいかぬからのう!」


「…………」



 いや、もう最下層だし、あとは転移魔法陣に乗るだけなんだが……


 ……いや。


 たしか、転移魔法陣は大人と子供一人ずつなら、質量的には一緒に転移できたはずだ。



「……この奥の魔法陣から、ダンジョンの『外側』に転移します。私がエスコートしますので、しっかり掴まっていてください」



 言って、俺はソティに向かって手を差し出した。



「うむ!」



 その手を、笑みを浮かべたソティがしっかりと握りしめる。


 俺は彼女の小さな手を握ると、一緒に魔法陣まで歩いてゆき――祠のダンジョンまで転移したのだった。

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