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第252話 社畜と社長の異世界出張①

「すまぬ、待たせたのう」



 会社から帰宅して、クロと夕食を済ませた二十時すぎ。


 家を出て駅の手前にある商店街の入口あたりで待っていると、駅の方からビシッとビジネスルックで身を固めた美女が小走りに近づいてきた。


 ここまで急いでやってきたのか、少し息を切らせている。



「お疲れ様です、社長」



 言わずと知れた、我が社の社長ことソティが『変身』した大人の姿である。


 さすがに銀髪幼女のまま近づいてこられると完全に事案なので、外で落ち合う時は今の方がありがたい。


 それにしても、もしかして電車でやってきたのだろうか。


 彼女が無言で吊革につかまっているところを想像するとなかなか面白い絵面ではあるが……顔には出さないでおく。



「ふむ……もしかして、その者が『クロ』じゃな?」



 そして俺の隣を見て、大人ソティが意味ありげにこちらに視線を送ってきた。


 今日は異世界へ向かう日ということで、当然だがクロを連れている。


 もちろん、人の姿である。



「あ、はい。彼女が私の従魔……クロです」


「……クロだ。これが初対面というわけではないが、よろしく頼む」



 クロとソティは合宿のときに一度出会っている。


 もっともクロが仔狼姿だったので、彼女が一方的にソティを知っているという構図ではあるが。



「今日はよろしく頼むのじゃ、クロよ」



 クロが軽く頭を下げると、ソティも人好きのする笑みを浮かべてそれに応じた。


 もちろん二人には、事前に引き合わせる旨を伝えてある。


 そのおかげで、クロも特に警戒心などは表に出さず、大人しくしている。


 もっともソティに話しかけられた瞬間、クロがわずかに俺の側に寄ってきたのを見逃さなかった。


 普段は超然とした態度の彼女だが、社長モードのソティの堂々たる(たたず)まいに少々気後れしたのかもしれない。



 それにしても、この姿のソティは大人の振りが完璧だ。


 いやまあ、俺の十倍以上生きているうえ社長をやっているのだから当然ではあるが、普段(?)の銀髪幼女姿を見慣れているので違和感しかない。


 おまけに三十代後半くらいとはいえスラリとした美女姿であるから、クロと一緒にいるせいもあって無駄に人目を引く。


 ……ここでは立ち話もままならないな。


 さっさと移動しよう。



「ここじゃなんですし、ひとまず『扉』までご案内します」


「うむ、楽しみじゃのう」



 ということで、クロとソティの自己紹介はそこそこにしてダンジョンへと続く扉の前まで向かう。


 扉のあるビルは駅前や商店街から通りを外れた場所にあるおかげで、夜になると人通りがほとんどなくなる。


 ビル内部もすでに明かりは消えており、無人の様子だ。


 というかここのビルに入っている会社、夜の20時過ぎには全員帰っているとかホワイトだな……


 それはさておき。


 ここまで来れば、不審なおっさんと美女二人組がうろちょろしていても誰かの目に留まることはないだろう。



「……ふむ、このようなごく普通のビルに異世界へと続く道があるとはのう。して……扉はここかの? ぬ、開かぬぞ」



 言いいながら、ソティがビルの正面の扉をガタガタと揺すっている。



「すいません、こっちです。あとそっちは本物なので、あまり揺すると警報が鳴りますよ」


「おっと、すまぬ。……そういえば防犯カメラは大丈夫かのう? ワシら、完全に不審者じゃぞ」



 俺の注意にソティが慌てて扉の前から離れる。



「それは大丈夫だと思います。このビル、かなり古いせいか表にはカメラが設置されていないようなんですよね」


「ならば良いのじゃが……」


「まあ、あったとしても私とクロは死角ですし、捕まるのは社長だけですから大丈夫ですよ」


「だいじょばないわい! ワシがお縄になればお主ら全員路頭に迷うじゃろうが!」


「ハハハ冗談ですよ。当然、正面玄関にカメラがないことは確認済みです」



 当たり前だが、俺だって不法侵入で警備員を呼ばれたくないので事前に確認済みだ。


 とはいえさすがにビル内部には防犯カメラが設置されているだろうから、まかり間違ってもビルそのものに侵入するような真似はしないが。



「それを早く言わんか! まったく驚かせおって……というかお主、意外と毒を吐くのう……ほれほれ、さっさと案内するが良いぞ」



 ソティはぷりぷり怒りながらも俺の側までやってきた。


 こういうところを見ると、ガワが変わっても中身は同じだなぁ、と感心したりする。


 それに、なんだかんだソティはこういう気の置けないやりとりを楽しんでいる空気がある。


 あまり怒らせるようなことを言うつもりはないが、こちらとしても社長だからと遠慮するのは無粋と言うものだろう。



「分かってますって。こちらです」

 

「……? ここじゃと? 何もないのじゃが」



 俺が指し示した場所を見て、ソティが首を傾げた。


 そういえば、俺以外の人からはこの扉は見えないんだったっけ。


 もっとも、扉自体はしっかりと俺の左目に映っている。


 しばらく来ていなかったが、変わったところもない。



「まあ、見ていてください」



 言って、扉のノブを回し、開く。


 内部からは、相変わらず松明が掲げられた通路が伸びており、埃とカビの入り混じった独特の匂いが漂ってきた。


 そして、それを目の当たりにしたソティの反応といえば。



「…………本当に扉があるのじゃな」



 目をまん丸にして、ビルの壁面に突如生じた扉と通路を交互に眺めている。


 どうやら扉を開くと、俺以外の人間も扉そのものを認識できるようだ。


 このあたりは魔法による隠蔽処理が関係しているのだろうが、不思議なものだ。


 『鑑定』でも、隠蔽されているという情報のほかは普通の扉としか認識されないようだし。


 もしかしたら、もっとレベルを上げたら新しい情報が出るのだろうか?


 ここのところ溜め込んだマナを戦闘で消耗してしまっていたので、俺も異世界側でマナを貯蔵するようにしなければ。



「ひとまず、中に入りましょう。人通りが少ないとはいえ、通行人がいないわけではありません」


「う、うむ!」



 三人でダンジョンの内部へ入ると、すぐに扉を閉じた。



「ここならばいつもの姿に戻ってもらっても大丈夫ですよ」


「そうさせてもらおうかの。かぁーっ、大人の姿は窮屈じゃのう! 肩が凝ってたまらんわい」



 すぐさま見慣れた幼女姿に戻ると、大きく息を吐きつつグルグルと腕を回すソティ。


 その仕草はどう見ても幼女ではない。


 銭湯とかにいるオッサンの所業である。



「主よ。この者、子供姿に戻った方が年寄りめいた雰囲気になったぞ」


「……まあ、社会人っていろいろあるんだよ」



 クロがちょっと引いたような顔で俺にススス……と近づき、コソコソと耳打ちをしてくる。


 だが、さすがにソティの社会人としての仕事ぶりを見ている俺としては、クロに同調して彼女の言動を弄ることはできなかった。

※余談ですが、昔の魔法少女モノは子供から大人に変身するのが定番だったと聞いたことがあります。

 ソティはある意味そっちの系譜ということになりますね。

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