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第250話 社畜と街の危機

 事態が収束したあと、すぐさま会社に連絡を入れる。


 幸い『現場調整課』の郷田課長が会社に残っており、事情を話すことができた。


 しかし電話口だけでは説明が難しく、先方もできれば会社に戻ってきてほしいとの事だったので、クロ、魔法少女三人、アンリ様と別れ、俺は会社へとんぼ帰り。


 すぐに本社ビルの『現場調整課』オフィスに通された。



「廣井さん、仕事上がりに大変だったな。ま、その辺に掛けてくれ」



 三分の二ほど照明が落とされた薄暗いオフィスに一人残っていた郷田課長が、自席の近くの椅子を指し示す。


 俺は『失礼します』と言いつつ、近くのデスクから椅子を引っ張ってきて腰掛けた。



 『現場調整課』のオフィスは、すべてが整理整頓された『別室(除く:佐治さんデスク)』と違い雑然としている。


 郷田課長のデスクは薄汚れたファイルと日焼けした書類がまるで地層のように積み上げられ、PCのディスプレイには蛍光色の付箋がべたべたと貼り付けられている。



 唯一綺麗なのは、多分小山内(おさない)さんの席だろう。たぶん。


 彼女の趣味なのか、ペン立てには自前と思しきオシャレ文具を取り揃えている。


 どうやら事務仕事に並々ならぬこだわりを持っているようだ。



 それ以外のデスクは郷田課長のデスクと似たりよったりで、なんというか野郎の職場といった雰囲気である。


 もちろんここで魔法少女やマスコットたちの支援をするわけではなく、別のオペレーションルームがあるのは知っているが……前の職場を思い出すな。



「……ゴホン」



 懐かしさとブラック労働のトラウマが胸に去来し、俺は何とはなしに咳払いなどをした。



 その後、ひととおりの雑談やら世間話を経て、本題へと入った。


 電話では伝えきれなかったことを中心に、魔法少女たちと妖魔の戦力差や、『擬態型』のことなどを事細かに伝える。



「……なるほど。となると、社長から降りてきた案件はどうやら予断を許さない状況のようだな。想定より周到に準備している連中がいるようだ」


「社長が、ですか」



 俺の話を聞き終わると、郷田課長は『うむ』と頷いてからデスクに積み上げられていた書類の束をひとつ、引っこ抜いた。


 クリップで留められただけの書類のタイトルは『怪人撃退計画案』。


 『機密』の赤文字が物々しさを強調している。


 右上の押印欄には郷田課長、依田さんの押印済み。


 中身は……まあ、想像通りの内容だろう。



「明日にでも桐井さんから話があると思うが、社長から関連部署……ウチと『別室』、それと『装備課』で明日午後から緊急会議の予定だ」


「その時に提出する資料というわけですね」


「そうだ。ともかく、資料を見てくれ」



 郷田課長は頷いてから書類の向きを変え、俺に見えるようぺらりと資料を開いた。


 みっしり詰め込まれた文字と図が俺の目に飛び込んでくる。



「ちょっ、郷田さん!? それ、私が見てもいいんですか!?」


「構わん。どのみち明日には関係者全員に配布する予定の資料だ。すでに俺が決裁済みの書類だし、別に半日程度フライングしたところで何の問題もない。『兵は拙速を尊ぶ』というやつだ」


「いやまあ、郷田さんが良いならいいんですが」



 とはいえ『機密』の文字が印刷されている他部署の書類を(しか)るべきタイミング以外で見せられると動揺してしまうのは、社畜として正常な反応だと思う。



「まあ、こちらから朝一で桐井さんに話をしておくから心配するな」



 そんな俺の様子を眺めて、悪戯っぽい笑みを浮かべる郷田課長。


 というか、この人……俺の反応を見て面白がっているな?


 いや、それもあるが……これは自慢の作品を誰かに見せるときのドヤ顔のような気もする。


 いずれせよ、真面目に付き合うのは不毛なだけのようだ。



 俺はわざとらしく息を吐きつつ、『ありがとうございます』と資料を受け取った。


 ぺらぺらとページをめくり、ざっと目を通す。


 そして固まった。



「マジっすか……」



 思わず素が出た。


 内容はまあ、想像したとおりだ。


 時期はまだ未確定だが、怪人たちがこの街へ襲撃計画を企てている。


 それはまあ、いい。


 その規模と場所が問題だった。


 襲撃想定区域、めっちゃウチの地元なんですけど……


 道理で駅前のレストランで妖魔に襲われるわけだ。



 しかも、現在判明しているだけでも十体近くの『ネームド』怪人が襲撃計画に加わっているという。


 なに? うちの地元ゴ○ラに踏みつぶされたみたいになるの?


 つーか俺、先日引っ越したばっかりなんだが……?


 マジでふざけんなよ怪人ども!



「どうやら怪人どもは、この街の支配権を手に入れるために牽制し合っているらしい。廣井さんや魔法少女たちが出くわしたのも、その尖兵だろう。迷惑なことだ」


「いやホントですよ!」



 思わず両の拳を握りしめ、熱のこもった返事になる。


 ちなみに襲撃の目的は今のところ不明だが、おそらくはこの街の縄張り争いではないか、とのこと。


 迷惑過ぎる。


 縄張り争いとか、どこかの山奥とか廃工場とかで勝手にやってくれ……


 そもそもこの規模の抗争って、どう考えても一企業が対処するには荷が重すぎるのでは?


 どう考えても警察、しかも機動隊とか対テロ部隊とかが対処すべき案件だと思う。


 さすがに自衛隊は……まあ国内だし、怪人って一応国産だろうから動けなさそうだけど……


 と思ったら。



「あ、一応公安の方とは連携取っているんですね」



 資料の一番後ろあたりにちゃんと公安の担当者へ相談済み、と記載があった。



「当然だ。さすがに規模が大きすぎるからな」


「それなら安心……ですかね?」



 俺が聞くも、郷田課長は渋い顔で腕組みをしている。



「残念だが、そうでもない。お上も怪人やら妖魔の動きは多少把握しているようだが、連中に対する認識は『害獣』に近い。もちろん対策部署はあるんだが、最近は人員削減のあおりを受けて地方ごとに数人程度しか配置されていない。俺の知る限り連中は腕利きばかりだが、今後もよほど甚大な人的被害が出ない限りは大っぴらに動くことはないだろう」


「ええ……」


「対策部署の連中はともかくとして、そいつらの上にいるお偉方は妖魔や怪人をちょっと強いクマかイノシシくらいにしか考えていないようだ。まあ、現状を嘆いていても仕方あるまい」



 郷田課長が諦観したような口調でそう言った。


 まあ、妖魔はともかく怪人は絶対数が少ないらしいうえに、テロリストのように国家転覆をもくろむような連中でもないだろうからな。


 それに公安の皆様は大っぴらに武力を行使するような組織ではないだろうし、下手にお上が動くより下々の民である我々に対処を任せた方が安上がりなのだろう。


 裏を返せば、今回も俺たちだけでなんとかしなければならないということだ。



「……ま、いつも通りというわけですね」


「そういうことだ」



 脱力しつつそう言ってみれば、郷田課長も肩をすくめて同調した。


 が、すぐに顔を引き締める。



「いずれにせよ、問題はない。そもそも怪人の数は多いが、抗争中ということは一枚岩ではないということだ。うまく連中の対立を煽りつつ各個撃破を徹底すれば、こちらの優位性はそうそう揺るがん。それに三木さんの新装備はかなり強力だったろう? 今いる魔法少女たちの戦力ならば、何も問題ない。俺たちも全力でサポートするしな」


「それはまあ、そうですね」



 確かに言われてみれば、合宿を経てそれなりに彼女たちも強くなっているはずだ。


 ことさら悲観することもないだろう。



「とにかく、状況は分かった。……ただ、戦力は多ければ多いほどいい。最近入ってきた美祢(みね)ちゃんの訓練は、早急にすべきだろうな。廣井さん、頼むぞ」



 確かに彼女の戦力化は、『別室』にとっては喫緊の課題だ。


 なるべく早く実戦に対応できるようにしてあげなければならないな。



「もちろんです」



 郷田課長の真剣な眼差しを前に、俺も顔を引き締め頷いた。

※補足※

 綺麗な席は依田氏の席です。

 小山内さんはなんだかんだで職場の空気に馴染んでいます。

 それと『現場調整課』の面々は今のところ三名しか出てきていませんが、課の男女比自体は女子多めです。

 以上、ご参考頂けますと幸いです。

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