第249話 怪人たちの秘密会議 下【side】
「異世界……ねぇ」
『土蜘蛛』は考え込む振りをしながら、『夜叉』の目を見た。
怪人とて、人の姿をしている以上は視線や身体の動きから相手の心理状態やある程度の思考が読み取れることを『土蜘蛛』は知っていた。
どうやら相手は、嘘はついていないようだ。
もちろん『土蜘蛛』も、『異界の巫女』の断片的な記憶を通して『異世界』の存在は認知している。
それに……目の前にいるヴェルマとかいう『オーク』の存在からも、『夜叉』の話は本当だろう。
そのうえで、『土蜘蛛』はこの話にあまり乗り気ではなかった。
(……私にメリットが何もないじゃないか)
戦いたい相手とのお膳立てなど不要である。
そもそも、死闘とは自ら相手との因縁を作って、最高の舞台で戦うからこそ『美味』なのだ。
そこに他者の介入を許してしまえば『味』に濁りが出る。
今回発見した『推し』は、最高の状態で味わいたかった。
ただ、である。
そうは言っても、あの街に有象無象の怪人や妖魔たちが押し寄せてこられるのは面倒なのも事実だった。
そうなれば、まずはそう言った連中を蹴散らさなければおちおち『推し』と相まみえることすらできないし、まさかとは思うが、『推し』が別の怪人に狩られてしまっては元も子もない。
もちろん、その程度で終わるならば『土蜘蛛』が見初めた意味などないのだが……
それに……である。
「『土蜘蛛』、どうしたんだい? 随分と苦々し気な顔をしているけど。もしかして、やっぱり玉ねぎは体質的に受け付けなかったかい?」
『夜叉』が心配そうな表情で『土蜘蛛』の顔を覗き込んでくる。
「……違う。君には関係ないことだよ」
しかし『土蜘蛛』は、まるで『夜叉』に心の底を覗き込まれたかのような不快感を覚え、乱暴に吐き捨てた。
ギリリと奥歯を噛みしめ、胸の奥から湧きあがる強烈な衝動を無理矢理押さえつける。
故郷へ帰りたい。
それが、はるか昔に喰った『異界の巫女』の記憶から生み出される感情であることは明白だった。
『土蜘蛛』は人や怪人、それに妖魔を喰らうことによりその力や記憶を奪い、己のものとすることができる。
しかしそれは、自己に他者を取り込むことと同義だ。
程度の大小はあれど、その者の血肉を養分とするだけでなく、容姿や性格、嗜好や言動など……あらゆる他者の要素が己と混じり合う。
すでに千年近くの間他者を喰らい続けてきた『土蜘蛛』は、もはや最初生じたときに己がどのような姿をしていて、どのような性格であったかを思い出すことができない。
しかしながら、『異界の巫女』だけは別格だった。
膨大な魔力とあまりに歪な魂が、その後の『土蜘蛛』の容姿や性格を決定づけ、以後の五百年近くをずっとこの姿で過ごすことになったのだ。
ゆえに、今でも『土蜘蛛』はふとしたときに思う。
私の自我は、『土蜘蛛』のものなのか『異界の巫女』のものなのか、と。
「……ともかく」
『土蜘蛛』はあえて不機嫌を装いながら、言葉を続ける。
「手を組むのは吝かじゃない」
「そうか! それはよかった」
「……かたじけない」
『土蜘蛛』の返答に、『夜叉』とヴェルマがホッとしたような表情を浮かべる。
そんな彼らの様子も眺めながら、彼女は『ただし』と続ける。
「先に言っておくがね、残念だけど、知識といっても大したものは持ちあわせちゃいない。買いかぶりだよ」
「果たして本当にそうかな」
『夜叉』は言って、ごそごそと作務衣の懐を漁ると、スマホを取り出した。
「これは君の描いた、魔法陣……というやつだよね?」
スマホの画面には、写真が写っている。
廃墟の壁面を写したものだ。
薄汚れた壁面には、赤と黒のスプレーで紋章のような落書きが描かれていた。
確かにこれは『土蜘蛛』が描いたものだ。
正確には使い魔を放ち書かせたものだが、まあそう違いはあるまい。
「……よく、これが私の作品であると見抜いたね?」
「そこの彼が、これが魔法陣であることに気づいてね」
ヴェルマに視線をやると、彼は無言で頷いた。
「もっとも、君の『作品』だと気づいたのは状況証拠からだけどね。推理の根拠を話した方がいいかな?」
「別にそんなものはいいよ」
『土蜘蛛』は首を横に振った。
別に、魔法陣であることを隠していたわけではない。
時短と使い魔たちの利便性を考慮しステンシル技法により描いた魔法陣の形状が、ストリートアートのように見えているだけだ。
「もちろん僕も、最初は不良たちが自分たちの縄張りを主張するためのサインか何かと思ったよ。その写真を撮った場所は、昔から治安が悪くて落書きだらけだったし――」
「連中と一緒にされても困るがね? だいたいこっちは型枠素材や塗料からしっかり選び抜いて……ともかく」
と、『土蜘蛛』は本筋がから外れていることに気づき、ゴホンと咳ばらいをして話を戻す。
「確かにあの魔法陣には、転移魔法に関する特殊な系統の術式の一部転用している。もっとも使用しているのは、地脈から魔力を吸い上げ一定範囲の魔力濃度を高める術式だけだがね」
「まさにその効果を発揮する術式が必要なんだよ」
「……ふぅん?」
『夜叉』の発言で、『土蜘蛛』はおおよその状況を理解した。
そして驚きを隠せなかった。
「まさか、異世界へ転移する魔法陣がこの世界に存在している、ということのかな」
「うむ。まさにご指摘の通りである」
『土蜘蛛』に返答したのは、ヴェルマだった。
彼は知性の宿る双眸で、『土蜘蛛』を見据える。
「我々魔王軍は、この世界へ複数の転移魔法陣を使用し渡ってきた。魔物たちの部隊は一方通行であったが、我々までも使い捨てというわけではない。……某は帰還するための魔法陣敷設が主要な任務であった。もっとも、敷設した直後に魔法陣が戦闘の余波を受け破損してしまったゆえ、現在まで至るまで起動できずにいるのだ。残念ではあるが、某の魔法知識ではどうともできぬゆえ『土蜘蛛』殿のご助力が必要不可欠なのだ」
「まさか君の見た目で工兵とはねぇ」
言いながら、『土蜘蛛』は考えを巡らせる。
となると、転移魔法陣とやらは例の街のどこかに隠蔽されているということか。
「ふふ、彼の話はとても面白いんだよ! 異世界の軍事事情は聞いていて飽きないんだ」
「その話は、また別の機会に聞かせてもらうよ」
『土蜘蛛』は、目を輝かせ始めた『夜叉』を制して先を続ける。
「つまり私の仕事は、ヴェルマ君の魔法陣の補修と魔力供給の段取りをつけることだね? まあいいだろう」
あの街には魔法少女が多い。それに『推し』もいる。
もちろん、他勢力の怪人たちや連中が使役するであろう妖魔もだ。
魔法陣を使用するためにどれだけの魔力が必要かは分からないが、魔力の供給源には事欠かない。
魔法陣の補修についても、話を聞く限り今の自分の知識でもなんとなりそうである。
「それは良かった! それじゃ、僕と君、そしてヴェルマで『怪人三羽烏』結成だね」
「なんだねそのダサい名前は」
さきほどから薄々勘づいていたのだが、『夜叉』は頭が切れる割に時代感覚はかなりダメな方なのではないだろうか。
田舎暮らしが板に付きすぎて、明らかに情報が二、三十年前のもので止まっている気がする。
もっとこう、何かあるはずだろう。
たとえば、そう……『新世界を希求せし者』……とか。
『土蜘蛛』は一抹の不安を覚えながら、『夜叉』が差し出した手を軽く握った。
「さて……魔法陣の隠蔽先は後で案内するとして、まずは具体的な侵攻計画について話し合おうか。現在、『大攻勢』の勢力は僕らを含め大きく三つに分かれていて――」
『夜叉』がどこからともなくタブレットを取り出すと、画面に地図アプリを表示させながら饒舌に喋り出した。
「――ふぅん。『火狐』と『古狸』は手を組んだのかい。ならば、幻術対策は必須だろうねぇ。ああ、『吸血鬼』は今のところ――」
「――街には、私の手駒をすでに忍ばせてある。具体的にはこことここ、それに――」
「じゃあ、僕の方からは『見猿』を監視役としてこっちのビルに配置しておこうかな。『聞猿』と『言猿』は――」
「――某は他勢力の妨害工作を担当いたす。魔法による罠を仕掛けるのなら、この路地裏が最適であるからして――」
怪人たちの夜は更けていく。
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それと諸事情により、今話以降、年末くらいまで週一更新(更新タイミングは土曜19:20です)になります。
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