第244話 社畜、従魔を魔法少女に紹介する
「あぁ、それはウチのクロですね」
さすがに会社の正門でわちゃわちゃ騒ぐのは通行人に迷惑なので、朝来さんの言う通りに少し離れた路地裏に移動する。
そこで朝来さんと加東さんの二人から話を聞いて、すぐにピンときた。
どうやら俺とクロとで家具を見に行った日に、たまたま加東さんが居合わせていたらしい。
あの時に感じた妙な視線は、彼女のものだったようだ。
そう言えばご近所さんだったな、などと思い出す。
そして、加東さんはなぜか俺が恋人と一緒にいるところと勘違いしてしまったそうだが……言われてみれば、傍から見ればそう取られても無理はないな、とは思う。
ふたりで展示用のベッドに寝ころんだりしていたしな……
「ちょ、ちょっと待って!?」
そして俺の言葉でサッと顔が変わったのは朝来さんだ。
さらに魔法少女三人とアンリ様は少しだけ俺から距離を取ると、皆でヒソヒソ話を始めた。
「(クロ……というのは、廣井さんの飼い犬よね? どど、どういうことよ!?)」
「(えっ……もしかして自分の彼女に飼い犬の名前を付けてるってこと……!? それを堂々とウチらに宣言!? この人、見た目よりだいぶサイコさん寄りじゃね……!?)」
「(いやさすがにそれは……多分あだ名だよ……ほ、ほら、例えば『黒田さん』とか……)」
『そ、そういうことでしたか……』
チラチラ俺を見ながらドン引きした顔で作戦会議をしているようだが、会話が丸聞こえだぞ……
一方アンリ様は、どうやら事情が呑み込めたようだ。
皆に安心したところを悟られたくなかったのか、少し離れたところで胸に手を当て、ため息交じりの『大陸語』で小さく呟いている。
まあ、皆にはおいおい紹介しようと思っていたところだ。
始めは会社の桐井課長や佐治さんからにしようかと思っていたが、別に順序にこだわる必要もない。
「……あの」
「「「……!!」」」
……声をかけただけなのに、三人ともザザッ! と半歩ほど後ずさられた。
そんなドン引きしなくてもいいじゃん……
「せっかくだから、クロのことを改めて紹介しましょうか。皆さん、この後時間はありますか?」
◇
いったん地元の駅まで移動し、そこで四人と別れて自宅に戻り、クロを連れて再び駅前に戻る。
自宅に招かなかったのは、お客様が全員十代半ばだったからだ。
法律や条例はさておいても、JCJKの集団を自宅に連れ込む中年独身男性など、ご近所様に万が一でも目撃されれば心証が一瞬で氷点下になること間違いないからな。
もちろんアンリ様の部屋にお邪魔するという選択肢もあったが、できれば人目のある場所がよかった。
さすがに魔法少女三人組が彼女の部屋で暴れるとは思わなかったが、特に朝来さんの雰囲気が若干剣呑だったので念には念を入れて、である。
というわけで、俺とクロの夕食も兼ねて駅前のビルに入っているレストランに向かうことにした。
……もちろん俺の奢りである。
事実上のカツアゲのような気もしないでもないが、まあ致し方あるまい。
「いらっしゃいませ……」
レストランに入ると、妙に気怠い様子のお姉さんに出迎えられ、フロアの一番奥、窓際の席まで案内された。
あるちょうど六人掛けのテーブルだ。
席順は、奥側に朝来さん、加東さん、能勢さん。
俺とクロ、そしてアンリ様は手前側という布陣だ。
アンリ様は一応部外者とも言えないので、まあ順当な並びだろう。
ちなみにクロを自宅から駅前に連れてくる間に、アンリ様にはスマホの通信アプリ経由で以前お泊りしたことは口に出さないようにお願いしてある。
彼女はさすがその辺は空気を読まれたご様子で、『了解です』の絵文字が返ってきた。
アンリ様、もう現代の利器の象徴たるスマホをしっかり使いこなしているご模様。
流石は聖女様……いやこの場合は、貸与したソティと魔法少女の皆さまのお陰と言うべきか。
それにしても、果たしてアンリ様は現代文明の恩恵にどっぷりと浸かっており果たして異世界に戻れるのか……と心配になるが、まあそれはさておき。
「……というわけで、改めて紹介します。ウチのクロです。一応私の『狼の使い魔』で、見ての通り人に変化できます」
「クロだ。改めて、よろしく頼む」
一通り食事を注文し終えたところで、レストランの喧騒の中、クロを紹介する。
クロは特に表情を変えず、皆に軽く頭を下げた。
「よ、よろしくねクロちゃ……クロさん」
「よ、よろしくお願いします、クロ……さん」
「よろしくお願いします」
三人は引きつり気味の笑顔で挨拶をしたあと、テーブルの向こう側で三人がガタガタと椅子を寄せ合い、再び密談(?)を始めた。
「…………(た、確かにこの人だよ、この前見たの!)」
「(ちょっ、あの可愛いワンちゃんがこんな美人になるとかおかしいでしょ! ていうか使い魔ってなに!? マスコットとは違うの!?)」
「(ていうかめっちゃ美人さんなんだけど……ホントどうなってんの!? もしかしてウチら、廣井さんに担がれてんじゃないの!?)」
「(で、でも……確かに言われてみれば、クロさんの首の赤いチョーカー、クロちゃんの付けてた首輪とよく似てるかも……)」
「(ていうかアンリも、こっち来なって!)」
「(……! ハイ!)」
俺たちと同じ並びのアンリ様がちょっと寂しそうな様子でいるのを察知した能勢さんが、真剣そうな顔でチョイチョイと彼女を呼び寄せる。
事情を知っているはずのアンリ様だが、嬉しそうに椅子を移動させ密談に加わった。
「(……主よ、これは一体、何の会合だ)」
皆の様子に影響されたのか、なぜかクロまで俺にコソコソと耳打ちしてくる。
もちろん彼女には事前に説明してある。
しかしこの空気感は想定外だったようだ。
「(いや、お前の紹介をしたかったんだけどさ……この世界じゃ、狼は人に変化しないからな。ちょっとびっくりさせたかも)」
「(ここで見せた方がいいのか?)
「(さすがに騒ぎになるからやめとこうか)」
よくよく考えたら、レストランに入る前にどこか目立たないところでクロが変化するところを皆に見せた方がよかったかもしれない。
まあ、食後に裏路地とかに入って披露すればいいだろう。
……と、皆で牽制し合っていると。
「し、失礼します……お食事、お持ちしました……」
声のした方を見れば、先ほど席まで案内してくれたお姉さんが料理を持って来ているところだった。
夕食時で多忙なせいか、一度に三人前くらいの料理を持っているのでフラフラしている。
特に朝来さんが遠慮なしに注文したダブルハンバーグプレートのバランスがかなり危険な状況だ。
プレートの鉄板がジュウジュウと音を立てているというのに、さらに別の料理を両手に持ち、彼女のプレートは自分の前腕部に載せる形で持って来ている。
どうやら他のスタッフは配膳用の台車を使って各テーブルを回っているのだが、彼女の分までは準備できなかったようだ。
おまけに多忙で疲れているのか目が虚ろで顔色も悪いし、危なっかしいなぁ……とハラハラしていたら、案の定ぐらりと前腕部のプレートが傾いた。
「あっ」
「……危ない」
とっさに椅子から立ち上がり、プレートを支える。
すんでのところで、ダブルハンバーグプレートが床にぶちまけられるのを阻止することに成功した。
ふう、危ない危ない。
「も、申し訳ございません! お怪我はございませんか!?」
「こちらは大丈夫ですよ。そちらこそ火傷などはしていませんか?」
どうやらお姉さんはそれで眠気がぶっ飛んだのか、慌てて他の料理をテーブルに置くと、顔を真っ青にしてぺこぺこと謝り出した。
とりあえずこちらは怪我も火傷もない旨を伝えて、仕事に戻って……もらったのだが。
「……ねえ、廣井さん。今の人」
「ええ、分かってます」
朝来さんが鋭い視線で、ふらふらと戻ってゆくお姉さんを見つめる。
髪を結い上げた彼女のうなじあたりで何かが蠢いたのを、俺も確認していた。
他の皆も顔つきが真剣なものへと変わっている。
「あれは寄生型ですね」
頷き、さらに周囲を見回す。
すると、他のスタッフも何人かがフラフラした動きをしているのが分かった。
まさかその全員が過労とか睡眠不足というわけでもなかろう。
「……せっかく料理が来たと思ったら、妖魔ですか。面倒ですが、食事は運動後にしましょうか」
「了解。……ルーチェ?」
朝来さんはそう答えるやいなや、脇に置いた鞄からスマホを取り出すと素早くタップする。
「妖魔が出たわ。……そう、駅前のレストラン。……はあ? 今寮で入浴中ですって!? アンタひとの入浴中に乱入して呼び出すくせに何言ってんのよ! 今から十秒以内にビル全域を封鎖しなさい!」
『――――!!』
「…………」
スマホの向こう側から聞こえた悲痛な叫び声が、朝来さんのタップとともにプツッと途切れる。
今、我々の中で一番の社畜はルーチェ氏かもしれない……
その後、加藤さんと能勢さんもそれぞれマスコットに連絡しつつ、待つこと数分(さすがのルーチェ氏も十秒は無理だった)。
キンと耳鳴りがして周囲から音が消失した。
はあ……せっかくの夕食がしばらくお預けだ。
まあ、これで心置きなくクロが変化する様子をお見せできると前向きに考えよう。
※余談ですがアンリ様は以前(168話あたり)、人化したクロにちょっとだけ日本語を教わっています。あと朝来さんちのお風呂にルーチェが乱入するくだりは47話をご覧いただけますと幸いです。




