第242話 社畜と新人魔法少女
「佐治さん、廣井さん。今日の16時頃から研修の予定を入れても大丈夫ですか?」
日曜はあっというまに過ぎ去って、月曜日の昼下がり。
先日、家具量販店にいたのは誰だったのだろうか……などと考えながら眠さマックスで仕事を片付けていたら、ふいに桐井課長が予定を聞いてきた。
通常業務以外に、午後の予定はなかったはずだ。
ダブルベッドの搬入は昨日のうちに終わっているし、クロも平日は俺が仕事で遅くなるのを知っているから多少残業しても問題ない。
「私は大丈夫だ」
「私も大丈夫です」
佐治さんに続き俺も返事をしてから、軽く首を振り頭から眠気を追い出す。
すぐにPCのメールソフトを立ち上げ、メール画面からスケジュール管理画面にタブを切り替えた。
見れば、すでに課共有のスケジュール表に予定が入っている。
タイトルは『新人研修(仮)』だ。
もちろん『別室』の仕事だから魔法少女の、である。
予定時間は30分ほど。
訓練というよりは話を聞いて説明をして終わり、といったところだろうか。
「それにしても急な話ですね。社長の無茶振りですか?」
「いえ……実はお昼の時間に、『現場調整課』の小山内さんと話をしまして……というか、相談されまして」
「えっ、小山内さんが魔法少女に!?」
「違います違います」
驚きのあまり俺がガタン! と椅子から立ち上がったところで、桐井課長が苦笑しつつ手をブンブンと振り否定する。
まあ、よくよく考えればもし彼女に適性があったのなら入社当時に判明しているよな。さすがに。
「くくっ……小山内が……魔法少女……ぶふっ……!」
オドオドした小山内さんの魔法少女姿を思い浮かべているのか、隣で佐治さんが俺から顔を背けプルプル肩を震わせている。
俺からしたら、佐治さんに魔法少女時代があったことの方が面白いけどな……
口にしたら殺されそうだから言わないけど。
ちなみに小山内さんは小柄で子犬……というかチワワ系な美人さんなので、今からでも魔法少女衣装を着たら案外似合うのでは? と思ったりもする。
……彼女が生まれたての小鹿みたいにプルプル震えながらマジカルなステッキで妖魔を撲殺しているところを思い浮かべたら、俺も笑いが込み上げてきて慌てて口元を押さえた。
そんな俺たちの様子を見て見ぬふりをしながら桐井課長が続ける。
「実は小山内さんの妹さんに魔法少女の適性が認められたそうで、小山内さんの意向で至急彼女の研修を実施してほしい、と」
「い、妹さんでしたか」
桐井課長の説明によれば、小山内さんの妹さん……小山内美祢ちゃんはお隣の市に在住で今年中学2年生になったばかりの13歳とのこと。
小山内さんは実家暮らしで、当然ご両親や美祢ちゃんとも同居している。
そんな美祢ちゃんだが、最近流行病に罹り寝込んだことがあったそうだ。
結構な高熱を出したそうで、救急車を呼ぶのを検討したほどだったらしい。
結局その後は無事に熱が引いたものの、彼女は目が覚めてから自分は魔法が使えるとか前世がどうとか妙なことを言い出すようになったらしい。
それから、まるで性格が変わったかのように家の本を読み漁ったりテレビやインターネットのニュースを貪るように視聴したり異様な集中力で勉学に励んだりと、奇行……というか以前では決して取らなかった行動を取るようになったそうだ(以前は良くも悪くも普通の子供だったとのこと)。
状況が状況なだけに、最初は小山内さんやご両親は妹さんが流行病や高熱の後遺症で脳に障害が出たのではないかと心配して医者に連れて行ったりしたそうだが、結局異常は見つからず(むしろ健康優良児と太鼓判を押されたらしい)、別に記憶の欠落があるとか小山内さんやご家族に対しておかしな態度を取るわけでもなく……しかし魔力についてはあまりにしつこいので仕方なく適性を測ってみたら……ということだった。
「美祢ちゃんの言動はともかく、測定の結果を聞く限り、平均よりかなり魔力の値が高いようです。このままだといずれ危険な目に遭う可能性が大きいとのことで、なるべく早く魔法少女の装備を与えてあげたいとのことです」
「魔力が高いと危険な目に遭いやすいものなんですか? 逆のような気もしますが……」
俺が素朴な疑問を口にすると、すぐに桐井課長がフォローしてくれた。
「魔力が高い人は、自分自身も魔力を感じ取る能力に長けている傾向がありますからね。そういう人は例えば擬態した妖魔の微妙な違和感に気づきやすく、結果的にそういう危険な存在との遭遇率が高まってしまいます。それに妖魔は魔力が高い人間を優先的に襲う傾向がありますからね……できるだけ早く、自分の力でそれらの脅威に対処できるようにしてあげるのも我々『別室』の使命ですよ」
「なるほど」
確かに桐井課長の言う通りだ。
魔力が高いと魔法少女としては強くなれるのだろうが、彼女たちも変身していなければ体力や身体能力は一般人と変わらない(佐治さん除く)。
一刻も早く、彼女に戦う術を与えてあげるべきだろう。
「分かりました。ひとまず必要な資料は揃えておきます。小山内さんは同席するとして……三木主任にも声を掛けますか?」
「そうですね。場合によってはすぐに装備を準備する必要があるでしょうから、呼んでおきましょう」
「了解です。それにしても……前世、ですか。熱にうなされて何か変な夢でもみたんですかね?」
「どうでしょう……そっちの方は、私はいわゆる『年頃のあれ』だと思いますが」
言って、桐井課長がちょっと視線を泳がせた。
……どうやら課長殿にも多感な時代があったようだ。
まあ、それを言えば俺も人のことは言えない……というか、男子たるもの一度は罹るものだから気持ちは分からないでもない。
美祢ちゃんが妙な言動をしたとしても、笑わず対応してあげなければだな。
「ああ、中二病というやつか。私は特になかったな! ガハハ!」
佐治さんがドヤ顔で桐井課長に言い放ったが、どう考えても彼女は絶賛罹患中だと思う。
まあ、俺も人のことを笑えないが。
◇
「あ、今日はよ、よろしくお願いします……!」
「小山内美祢と申します。いつも姉がお世話になっております」
小山内さんに連れられて会議室に入ってきた美祢ちゃんは、なんというか不思議な空気感の女の子だった。
背丈は年相応に小柄だが、中学2年生とは思えないほど落ち着き払っている。
凛とした佇まい、とでもいうのだろうか。
少なくとも中二病とか邪気眼に罹患しているようにはとても見えなかったし、なんなら小山内さんが妹に見えるくらい大人びている。
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします。小山内さん、美祢さん、どうぞおかけください」
「失礼いたします」
「し、失礼します」
桐井課長が着席を促すと、美祢ちゃんは落ち着いた声でそう言って、折り目正しい所作で会議室の椅子に腰かけた。
小山内さんが慌てて美祢ちゃんの後に続く。
「本日は私のようなに子供の話を真剣に受け止めて頂いたうえ、このような場を設けて下さり本当にありがとうございます」
美祢ちゃんはそう言ってから、深く頭を下げた。
「い、いえ」
右隣の席に座る桐井課長から、戸惑うような空気が伝わってくる。
それは俺も同様だ。
まるでどこかの大企業の秘書さんでも相手にしているような気分だった。
「…………」
桐井課長を隔ててさらに向こう側に座る佐治さんも、無言ではあるが考え込んでいるような雰囲気を醸し出しているのが分かった。
ふと横から視線を感じて横を見る。
俺の左隣に座る三木主任がこちらを見ている。明らかに戸惑っている。
口は開かないが、『これってどういう状況ッスか?』 と目で語りかけているのは分かった。
俺は彼女の目を見て首を横に振った。
正直俺も、何が何だか分からない。
「ちょっとミネ、あとは私が話すから――」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちゃんと私から話すから」
小山内さんの言葉を、美祢ちゃんがやんわりと制す。
それから彼女は俺たちをしっかりと見据えて言った。
「この世界には、魔物が……この世界の言葉では、妖魔という危険な存在がいるのですよね。それにもっと強力な怪人という存在も」
「ええ、まあ」
桐井課長が小山内さんに視線をやる。
どこまで話しました? と聞いているのだろう。
小山内さんは困ったように首を振っている。
「お願いです」
美祢ちゃんが、再び深く頭を下げた。
「私に魔法少女の力をください。どんな辛い試練にも耐えてみせます。だから、どうか私を強く、強く鍛え上げて欲しいのです」
「……それは、なぜですか?」
俺は彼女に向かってそう言った。
確かに小山内さんの妹さんという立場で、しかも適性があるということなら魔法少女になりたいと考えるのは理解できる。
しかし彼女の顔からうかがえる心情は、どう考えても憧れとか、そういうミーハーな類のものではなかったのだ。
そう、例えるなら……死地に赴く兵士の面構えだ。
そういう圧倒的な何かが、彼女から感じ取れた。
だからこそ、彼女がそこまで強くなりたいという理由を知りたかった。
「今度は……今度の人生では、私の死で大切な人に辛い思いをさせたくないのです」
美祢ちゃんは一瞬唇を噛み、それから静かに、しかし決意を込めた口調で言った。
「私は力が欲しい。誰にも負けない、強い力が欲しい。だから……お願いします」
言って三度、彼女は頭を下げた。
今度は長机に三つ指を付き、天板に額が付きそうなほど深いお辞儀だった。
「…………」
……正直な感想を述べよう。
これまたヤベェ子が来たな、と思った。
そう言えば、本作の書籍版も『このライトノベルがすごい!2026』に投票できるようになっているようです。
よろしければ、10作選ぶついでに本作も加えて頂けるとありがたく存じます…!




