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第231話 社畜と怪人討伐②

「廣井さん、さすがにそれは危険です」



 案の定、桐井課長に止められた。



「廣井さんが怪人討伐の実績があるのは知っていますが……現状、相手の能力も実力も分からないんですよ? 上長として、そう簡単に許可できません」


「まあ待て桐井」



 会議室の奥で声が上がる。


 桐井課長を制したのは、意外にも佐治さんだった。


 彼女は椅子の背に預けながら、俺と彼女を交互に見比べて言った。



「先日の手合わせで分かったが、廣井は相当な手練れだ。おそらく、ここにいる誰よりも強いぞ。選択肢としては悪くないはずだ」


「それは、私だって分かっています……! でも、相手は怪人ですよ!? 万が一のことがあれば、私は……」


「責任問題になる、か?」


「ち、違います! ただ、私は心配で……!」



 佐治さんがからかうような口調で言うと、桐井課長はなぜか顔を真っ赤にして否定した。


 ここまで桐井課長が感情的になるのは珍しかった。


 いつもは微笑を湛えたままテキパキと仕事をこなしているから、なおさらだ。


 まあ、確かに相手が怪人ともなれば、桐井課長が心配をするのも分からないでもない。


 以前朝来(あさご)さん、加東(かとう)さん、能勢(のせ)さんの三人が戦った『傀儡師』という怪人はかなり強かったうえに、かなり趣味の悪いヤツだったからな……


 いざというときは身体を張る仕事だが、さすがにこの状況で気軽に『行ってこい』とは言えないだろう。


 俺が彼女の立場なら、きっと止めると思う。



 まあ、そう言う意味では魔法少女はどうなんだ、という話だが……彼女たちは一応、マジカルなパワーと衣装に身を守られているからな。


 おまけに今回は新装備のおかげで相当に強化されている。


 攻撃力の方はともかくとして、戦車砲弾の直撃にも耐える得る防御力があればそうそう大事には至らないだろう。


 生身の俺とは前提が違うのだ。


 それに、怪人と事を構えるときは、『現場調整課』の皆さんが事前に情報収集を行い可能な限り怪人の能力や戦力を暴いてから対策を立て、入念な計画に基づき討伐作戦を実施することになっている。


 ぶっつけ本番のノープランで怪人を討伐できるほど魔法少女たちは強くないし、会社も馬鹿ではないのだ。


 まあ、今回は肝心の彼らが襲撃に遭っているせいで指示を受けることができないから困っているわけだが……


 そこで、『鑑定』の使える俺の出番というわけである。



 相手の強さ、能力、どんな背景を持っているのか、そしてどんな弱点を持っているのか。


 怪人の情報を暴くことができるのは、今いるメンツの中では俺だけのはずだ。


 まあ、肝心の『鑑定』について皆にカミングアウトするのは無理なのがネックなわけだが……


 鑑定を掛けた相手がセクハラ的な感覚に襲われるらしいというのも問題だが、なにより対象の情報を抜き取る力を持っていると知れたら、その時点で人間関係が終了しかねない。


 だから俺は、『鑑定』を誰にも知られず使うためには直接怪人と戦い、その中で相手の能力を確かめた……という体裁がどうしても必要なのだ。



 それと、これは個人的な感情だが……単純に、訓練を邪魔した怪人にはあわよくば一発お見舞いしてやりたい気持ちがあった。


 そもそも、である。


 今までスムーズに事が運んでいた仕事を横から出てきた不審者に台無しにされて、怒らない社会人がいるだろうか? いるわけがない。


 だから俺は、どうにかして桐井課長を説得する必要があった。



「もちろん、桐井課長が心配されるのは分かります」



 俺は彼女の目を見つつ、さらに続ける。



「私としても他に手段があればそちらを取りたいです。ですが……怪人役を乗っ取られたようであまりいい気分はしないんですよね。本来、訓練で魔法少女の皆さんが戦うべきは私であって、どこの馬の骨とも知れない野良怪人ではないと思うんです。それに……最終的に彼女たちが戦うことになるかもしれないとはいえ、危険な怪人の弱点や能力を事前に調査するのは大人(OTONA)の役目でしょう?」

 

「廣井さんの気持ちは理解できますが……それはそれ、これはこれでしょう」


「じゃあ桐井先輩、こうしませんか?」



 なおも渋る桐井課長に対して声を上げたのは、三木主任だ。



「廣井さんが怪人の相手をするのが心配でしたら、桐井先輩と佐治さんは牛頭(ごず)馬頭(めず)の魔法ドローンで補佐する感じでいかがッスか? 今回はまだどっちも撃破されてないので、それが使えますし。魔法少女の皆さんは、我々が『司令部』を解放して怪人の情報を集め終わるまでの間、妖魔の掃討に回ってもらいましょう」



 三木主任、ナイスアイデア。


 俺としても、桐井課長と佐治さんがフォローに回ってくれるのなら心強いことこの上ない。


 というかしれっと俺が出撃する前提で話を進めているあたり、話の持って行き方がうまい。


 まあ、詭弁スレスレな気もするが……ここは乗っかっておこう。



「いいですね。私としてもお二方が援護してくれるのなら安心です」


「しかし、さすがに生身の廣井さんを矢面に立たせるのは……」


「廣井さんについては自分も目の前で実力を見ているので、それはまあ大丈夫だと思うッスよ」


「それについては私も保証しよう」



 三木主任のフォローに、佐治さんの援護射撃が続く。



「さっきも言ったが、少なくとも私の『崩拳』を受けて立っていられるということは、戦車砲弾の直撃を受けてもなお耐えきるだけの防御力があるということだ。さすがに襲撃してきた怪人も、戦車砲を凌ぐ攻撃力を持っているとは思えん。そこまで強ければ、わざわざ魔法少女たちを避けてコソコソ森の中から管理棟に奇襲を仕掛けるような真似はしないだろうからな」


「それに、単純に自分の都合もあるんスよね。確かに強化済みの武器の性能を試したい気持ちはありますが、試験の相手が強いのか弱いのかよく分からない怪人が相手だとデータの精度が落ちちゃうんで。なので、なるべくイレギュラー要素を排除しておきたいんスよ」


「……分かりました。私も現場の指揮を執ったことはないですし、普段から『現場調整課』と連携して動いている三木さんの方が、その辺は詳しいでしょう。……全体の指揮は、三木主任にお願いしてもいいですか?」


「モチのロンッスよ。先輩は大船に乗ったつもりでいてくださいッス」



 三木主任と佐治さんの攻勢に、さすがの桐井課長も納得したようだ。


 渋々といった様子だが、しっかりと頷いた。



「じゃ、決まりッスね」


「ふはは……魔法ドローン越しとはいえ、久しぶりの怪人討伐だ。腕が鳴るな!」



 なんか佐治さんが豹か虎みたいな笑みになっているが、今回の主役は俺だからね?


 というか、怪人に猪よろしく突撃して魔法ドローンを破壊されないか心配だ……


 まあ本人は無事だし、その時はその時だが。



 そんなわけで、急遽結成された人・妖魔・魔法少女の即席チームによる怪人討伐作戦がスタートしたのだった。

※補足

 アンリ様は諸々の事情で魔法に対するリテラシーがとても高いので、廣井氏が怪人に対して『鑑定』を使うつもりだろうな……と気づいていましたがあえて口にしませんでした。

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