第230話 社畜と怪人討伐①
「はあ……!? どういうことだそれは!」
佐治さんの素っ頓狂な声が会議室中に響き渡った。
「なぜ怪人だか妖魔が訓練に乱入しているんだ! ここは『遮音結界』の中だぞ!?」
「どうもこうも説明した通りッスよ!」
「とにかくスマホを貸せ! 桐井に確認を取る!」
「あっ、ちょっと!? 人のスマホを勝手に弄らないでくださいッス!」
なんか三木主任と佐治さんが喧々諤々やりあっているが、俺は俺でそれどころではない。
魔法少女たちとの戦闘がまだ残って……あれ?
「すいません二人ともちょっといいですか?」
「今度はお前か廣井! さっさと魔法少女たちをぶちのめせ!」
「いや、それが……なんかあっちも動きが止まっているんですけど……」
俺の視界の先、ドローンが映し出した運動場で、魔法少女たちが戸惑っているのが見える。
片耳に手を当てたり、喉元を押さえて小声で何かを囁いており、こちらに攻撃してくる様子は見えなかった。
ただ『司令部』からの通信が途絶えただけならば、戦いを止めるようなことはしないだろう。
ということは、やはり彼女たちも異変に気付いているのだろう。
その様子を確認したあと、ひとまず俺はゴーグルを押し上げ視界を確保する。
ちょうど、佐治さんが三木主任のスマホを奪おうと揉み合っているところだった。
……が、さすがに佐治さんもただ事でないことに気づいたのか、バツの悪そうな表情で三木主任から離れた。
「……どうも、向こう側でも異変が起きているようですね」
『司令部』は、俺たちのいる合宿棟から少し離れた施設全体の管理棟にある。
そのせいで、俺たちはほとんど状況を把握できていない。
「『司令部』の通信途絶は、魔法少女側にも伝わってるッスよね? 段取りも昨日のうちに確認してましたし」
「ですよね。……もしかして本当に怪人が襲撃してきたんでしょうか?」
「……私が様子を見てくる。桐井が怪人や妖魔に襲われているなら速やかに保護しなければならん」
「佐治さん、ちょっと待ってください」
三木主任を離すと、険しい顔で会議室を出ていこうとする佐治さん。
それを三木主任が止める。
彼女は手元のコントローラを差し出して言った。
「気持ちは分かりますけど、いくら佐治さんでも本当に怪人がいるなら生身は危険です。自分用の予備ドローンを使ってください」
「……今度は小鬼じゃないだろうな?」
「馬頭ッス。これならそれなりに動けますよ。操作ドローンの切り替えはすぐにやっておきます」
「…………分かった。なるべく早く頼む」
「任せてくださいって」
佐治さんは三木主任に止められたことで少し頭が冷えたようだ。
大人しくゴーグルとコンローラを受け取ると、深いため息とともにドカッと椅子に腰かけた。
「とにかく、訓練は一時中断ッスね。廣井さんは牛頭を操作して魔法少女の皆をここまで誘導してください」
「了解です」
あとは念のため、クロも会議室に連れて来るべきか。
◇
「つまり……怪人と妖魔がいきなり現れて、管理棟を占拠したってことですか」
桐井課長を佐治さんが倉庫から救出し、魔法少女の皆さんを会議室までご案内したことで、おぼろげながら事態の全容が把握できた。
「完全に不意打ちでした」
俺の問いかけに、長机の向こう側に座る桐井課長が悔しそうな様子で頷いた。
彼女はたまたま管理棟の外にある倉庫に備品を取りに行っていたおかげで、たまたま怪人の襲撃を免れたそうだ。
慌てて倉庫に身を隠し、そのままやり過ごした。
すでに『司令部』とは連絡が通じず、とにかく身を隠すことしかできなかったらしい。
怪人と妖魔は俺たちが戦っている運動場を迂回しつつ周囲の森を移動し、管理棟へ襲撃をしかけたようだ。
訓練をに集中していたせいで本番に対応できなかったというのは皮肉にもほどがあるが……さすがにこればかりはどうしようもない。
ちなみに魔法少女のみなさんを牛頭の姿で会議室に連れてきたところで『中の人』がいることがバレたわけだが、全員が『やっぱり』という顔をしていた。
やはり戦いぶりから、誰かしら『中の人』がいるっぽい、というところまでは気づいていたようだ。
まあ、それが佐治さんではなく俺だったとは思っていなかったみたいだが。
それはさておき。
「それで、向こうの様子はどうですか? 現場調整課の皆さんは無事なんでしょうか?」
俺が聞くと、桐井課長は小さく頷き、話し出した。
「通信途絶は、『司令部』に設置していた簡易結界が自動的に発動したことが原因だと思います。……途絶の瞬間も、誰かが襲われたような声や物音は聞こえてこなかったですから」
「そんなものを準備していたんですか?」
「以前郷田課長に聞いた話ですが、『現場調整課』が本社を離れて司令部を構築するさいは、万が一のために必ず簡易結界を準備していくそうです。……みな、普通の人ですし」
「だとすれば……不幸中の幸いでしたね」
いや、備えあれば患いなし、というやつか。
いずれにしても皆が無事であることが分かり、安堵した。
「それで、怪人はどんな奴だった?」
俺の隣で、佐治さんが会議室の椅子を揺らしながら桐井課長に質問する。
「私が見た限りでは、怪人は一体です。性別は、多分男性。ただ、建物に入るときの後ろ姿しか見えなかったので、どんな顔をしていたかは分かりません……引きつれていた妖魔は、ガマやイモリなど両生類型が十体程度。妖魔は、今は棟の周囲を徘徊しています」
「さっき飛ばした視点用魔法ドローンでも、そんな感じでしたね……となると、状況から考えて中堅以上はなさそうッスね」
桐井課長の話を聞いて、三木主任が頷く。
たしか、怪人は妖魔を支配下に置いていることが多いんだったっけ。
上級の怪人は百体以上の妖魔を引きつれていることが多いから、おそらく違う。
さすがにそれほどの大群なら、昨日の時点で見つかっているはずだからな。
それに、森からこちらの様子を窺っていたのならば運動場にいた俺たちの様子も見えたはずだ。
傍から見れば、牛頭の妖魔と魔法少女たちの戦闘だ。
そこに加勢しなかったということは、少なくとも魔法少女五人組には勝てないと判断したからか、この機に乗じて管理棟に襲撃を仕掛けようと思ったのか。
いずれにせよ、こちらの手が負えないような強力な怪人ではないと思われる。
「怪人はともかく、妖魔の方は『現場調整課』で対処するのは難しいんですか?」
「小鬼型ならともかく、蝦蟇型はきつい。あれを普通の人間が駆除するには、最低でもアサルトライフルが人数分必要だ」
俺の質問に、佐治さんが首を横に振って答える。
「アサルトライフルですか……」
テーブルの上に無造作に置かれた三木主任のノートPCを横目で見る。
画面には、偵察用に出している魔法ドローンから送られてきた映像が流れている。
建物の周囲には、軽トラサイズのガマガエルだとか人食いワニみたいな大きさのイモリがのしのしと徘徊しているのが見えた。
確かにあのサイズだと、普通の人間ではマシンガンでも持ってこないと勝ち目はないだろう。
「というかそんなもの、『現場調整課』で準備しているものなんですか?」
「そんなわけがないだろう! ここは自衛隊の駐屯地でも米軍基地でもないんだぞ! そもそも銃火器の取り扱いには習熟が必要だ。たとえあっても、どうしようもない」
佐治さんに怒られてしまった。
ですよねー……
「ここが本社なら変身できたのですが……不甲斐ないです」
「気にするな、桐井。悔しい気持ちは私とて同じだ」
そういえば佐治さんも元魔法少女だったんだよな。
どんな脳筋魔法少女だったのか、当時の彼女を見てみたいが……今はそれどころではない。
「結果論ですが、ドローンの中に蝦蟇型を配置していたのはまずかったッスね……まさか本物が紛れ込んでいるのは想定外ッス」
「ちょっと待って? ということは……もしかして私たちが倒した中にドローンじゃなくて本物が紛れ込んでいた、ってこと……?」
と、桐井課長の隣の席の朝来さんが声を上げた。
だいぶ引きつった顔をしている。
「あー……そういえば、攻撃を喰らわせたときの手ごたえがやけにリアルだと思ってたんだよねー……」
「言われてみれば、敵によってはドローンの制御球が出たり出なかったりしていた気がするわね……」
「もしかして私たちの方にも本物が紛れ込んでいたんでしょうか??」
「手ごたえハ、一緒でしたケド……」
「どうじゃろうか。樹霊の方は倒したあとどれも魔法ドローン用の制御球が出てきたゆえ、おそらくは本物はおらぬじゃろうな」
「で、結局どうするわけ? どうせ訓練が本番になっただけの話でしょ。私たちが突撃して済むなら、今すぐにでも殴り込みにいくわよ」
ひそひそと話し合う魔法少女たちの中、朝来さんは気合十分のようだ。
すぐに覚悟完了しているのか、今にも飛び出して行きそうな勢いである。
「皆さん、ちょっと落ち着いてください。確かに今は力をお借りすべき状況ですが、ただ力任せに妖魔を叩けばいいわけではありません。少なくとも怪人の素性が分からなければ、返り討ちに遭う可能性もあります」
桐井課長が慌てて朝来さんを止める。
確かに怪人ともなれば、普通の妖魔のように簡単に対処できるとも限らない。
どんな力を持っているのか、戦闘力はどのくらいか。
中堅程度と見込まれているが、相性によっては酷い目に遭う可能性もあるだろう。
ただ……それを確認する術を、俺は持っている。
「あの……桐井課長、ちょっとよろしいでしょうか」
「廣井さん、なんでしょうか?」
軽く手を上げた俺に、全員の視線が集まった。
張り詰めた空気の中、俺はなるべく落ち着いた声を出すように気を付けながら言った。
「怪人の対処については、私にお任せいただけませんでしょうか?」
※月末でちょっとバタついているため、土曜更新分はお休みします…!
次回は来週水曜日(7/30)の予定です。




