第229話 社畜とサバイバル訓練⑥
速攻で佐治さんの小鬼がやられた。
雑木林から飛び出してきた五人に一瞬にして囲まれ、袋叩きにされたのだ。
文字通りのボコボコにされ、小鬼の魔法ドローンはあっけなく光の屑と消えた。
「なん……だと……!?」
五人を一体で袋叩きにするつもりだった佐治さんは完全に目論見が外れ、呆けたような声を上げている。
TPS視点は戦場を俯瞰して見られるので、佐治さんのような達人にとってはチート能力に相当するアドバンテージがあると思っていたのだが……
まさかの秒殺である。
とはいえ、接敵してから数秒間は小鬼側が圧倒しかけていたのだ。
正面からの攻撃を受け流し、背後からの攻撃も紙一重ながらするりと躱して見せる。
短槍での攻撃は、一度は朝来さんを捉え、彼女のわき腹に浅いながらも傷を負わせた。
さすがは佐治さん、と感心していたのだ。
だが、彼女は考慮していなかった。
魔法少女と、小鬼のフィジカル差を。
結局佐治さんは、自分の生身を操る感覚で魔法ドローンを操作してしまっていたのだ。
一番致命的だったのは、機動力だ。
本人に比べ大きく劣る小鬼の身体では十全に彼女の意志を動きに反映させることはできず、妙に空回りした立ち回りになってしまっていた。
そして、これまで山ほど魔法ドローンを倒し急激に戦闘経験を積んできたであろう五人がその隙を見逃すはずもない。
朝来さんが相打ち覚悟で吶喊し、小鬼が短槍で攻撃を受けたところに側面から能勢さんの援護射撃を喰らう。
これもどうにか反応して躱すも、背後からは加東さんの大鎌が首を狩らんと迫っていた。
これも、もちろん佐治さんは把握できていた。
しかし……そこでソティとアンリ様が左右から同時に攻撃を繰り出してくれば、加東さんの攻撃に対処する余裕は残っていなかった。
恐ろしいほど、完璧な連携攻撃だった。
おそらく、雑木林から抜けてくる前に五人で連絡を取り合いどのように攻め込むか決めてあったのだろう。
もちろん俺の牛頭も小鬼をフォローしようとしたのだが、いかんせん距離が遠すぎた。
しかも、どうにか援護に回ろうとしたところでソティの張った魔力シールドに阻まれて数秒救助が遅れてしまった。
それが命取りになった。
「クソ!」
隣で佐治さんが憤慨したのか、ドン! と机を叩く音が聞こえてきた。
だが、それに気を取られている暇はない。
小鬼が撃破されたということは、今度は俺の番だからだ。
魔法少女たちがぐるりと俺を取り囲む。
さすがにこの状況で奇襲は通用しないと思ったのか、じりじりと慎重に包囲網を狭めるように近づいてくる。
こっちは視点用ドローンのお陰で死角はないが、それでも全員同時に襲い掛かって来られたらかなり厳しい戦いになる。
クソ、魔法少女にこれほどプレッシャーを感じることがあるとは思わなかったぞ……
まあアンリ様は魔法少女じゃなくて聖女だけどな……!
『お覚悟ッ!!』
最初に仕掛けてきたのは、まさかのアンリ様だった。
牛頭の左斜め後ろから、魔法少女もかくやという俊足で一気に牛頭に肉薄。
その勢いを乗せて、とんでもない速度でグーパンチを繰り出してきたのだ。
その洗練された動きたるや、佐治さんの崩拳を思い出すほどだった。
しかし、その動きは見えている。
彼女は牛頭の隙を突いたと思ったのだろう。
だが本来の視点は上空3メートルに浮かぶ視点用ドローンだ。
難なく躱す。
『エッ!?』
渾身のパンチが空を突き、驚いた表情のアンリ様。
そこに間髪入れず、彼女の胴体に向かって錫杖を振り抜いた。
念のため彼女を傷つけないよう尖っていない柄の部分が当たるようにしたのだが、それも杞憂だったようだ。
彼女は攻撃が当たる瞬間、衝撃と同じ方向に飛びのき衝撃を逃したのだ。
おかげでアンリ様との距離はかなり離れたが、その隙を見逃すほど他の魔法少女たちは甘くない。
『今っ!』
『はああっ!』
加東さんと朝来さんが同時に前後から襲い掛かってきた。
同時攻撃は、回避方向の選択を迫られる。
この場合は右か左だ。
だが、能勢さんの銃口が俺の回避した先に向いていた。
彼女は……どうやら俺が右に回避する方に掛けているようだ。
ならば、左に回避する――!
と見せかけて、俺は直前まで加東さんと朝来さんを引きつけ……素早くしゃがみこむ。
ボッ! ヒュン! と立て続けに頭上で空が鳴るが、牛頭の頭部が弾けることはなかった。
よし、どうにか回避成功。
「お返しだ!」
『くあっ!?』
そのままダッシュをして、前方の朝来さんにタックルを喰らわせ吹き飛ばす。
直後に急制動をかけ、ぐるりと錫杖で周囲を薙ぎ払った。
『くっ……』
これは加東さんに対する牽制だ。
さすがにこれは予想していたのか、彼女はギリギリのところで身体を逸らし回避する。
さらにその直後、俺の背後にソロソロと忍び寄ってきていたソティに睨みを利かす。
ちゃんと見えてますよ……!
『ぬぅ、バレておったか……!』
さすがに奇襲でなければ戦えないと判断したのか、彼女は素早く後退した。
とりあえずは仕切り直しだ。
ふう……どうにか佐治さんの二の舞は免れたぞ……
アクションゲームはそこまで得意ではないが、この手の視点はそれなりに見慣れているからな。
とはいえ、やはり反応速度や操作感のせいでギリギリの戦いを強いられている感覚が強い。
このままではじり貧だ。
まあ、これはある意味前哨戦なうえ彼我の戦力差的にそもそも勝ち目がない戦いなのだが……
それでもせめて、『生身』での戦闘時に五人の連携をできるだけ暴いておきたかった。
『ぐっ……なんなのコイツ……!』
『この牛頭、強い……!!』
『まるで中に人が入っているような動きなんだけど……!』
朝来さんと加東さんが鋭い視線で牛頭を睨みつける。
能勢さんがわりかしいいところを突くが、『中の人』までは特定できかねているようだ。
たしか、中ボスの存在は明らかにされているけど誰かが操作している……というところまでは情報開示されていなかったはずだ。
それがこちら側のアドバンテージなわけだが……さてはて。
俺は再び包囲網を狭めてくる魔法少女たちに睨みを利かせ――
と、そのときだった。
突然、会議室にヴーッ、ヴーッと震動音が鳴り響いた。
「ハイ、三木ッス! お疲れ様です桐井先輩……へっ!? ちょっ、マジすか!?」
「おい三木、何があった!」
どうやら三木主任のスマホだったようだ。
佐治さんが怒鳴るように声を上げるが、三木主任は慌てたように電話に応対している。
「ハイ、ハイ……マジすか……廣井さん、ちょっと戦闘ストップで!」
「何事ですか?」
「なんか、『現場調整課』と連絡が途絶したらしいッス!」
「だからどうした! 『現場調整課』……『司令部』が怪人に襲われて通信途絶するのは段取り通りだろう」
確かに、佐治さんの言う通りだ。
このあと『司令部』は通信途絶する。
怪人役の俺が司令部を襲撃して、桐井課長を人質に取る……という筋書きだからだ。
だが、妙な違和感があった。
そもそも当初の流れでは、司令部が通信途絶するのは俺と佐治さんの中ボス魔法ドローンが撃破されたあとだ。
だが、俺はまだ魔法少女たちとの戦闘中だ。
「いえ、違うッス。確かに段取りはそうなんですが……」
三木主任が困惑したような声を上げている。
「おい三木、意味が分からんぞ! ちゃんと説明しろ!」
「桐井先輩が言うには……リアル怪人か妖魔が、現場調整課の入っている棟を襲撃して占拠しているらしいッス。先輩は外の倉庫に備品を取りに行ってたから無事だったらしいんスけど」
「はあ……!? どういうことだそれは!」
佐治さんの素っ頓狂な声が会議室中に響き渡った。




