第220話 社畜と廃集落調査⑤
「むう……ここがお主の行き来していた異世界なのじゃな? 想像していたものとは違うのう」
「正直、私も驚いています。いつも行き来している場所は、もっとちゃんと異世界なのですが……」
煌々と輝く月明かりの下。
夜の底から浮かび上がる集落の影は、俺にとっては(おそらくソティにとっても)見慣れた光景だった。
月影で銀色に輝く段々畑。
その間にぽつんぽつんと佇む、影絵のような日本家屋らしきシルエット。
それらが、ダンジョンのある建物から一望できた。
この建物はどうやら集落の一番上にあるようだ。
もっともこの建物は、日本の神社や祠ではなく小さな教会風の建物だったが。
おそらくは、この集落の土地神や精霊を祀るような施設なのだろうと思われる。
それにしても静かな夜だ。
ここがどこか地方の山奥の集落だと言われても違和感はない。
もっとも、ここが俺の知る異世界であることに疑いはなかった。
まず、電柱の類は見えない。街灯もない。
月明かりの無い夜は、完全に闇に包まれるだろう。
夜目を凝らして民家の周囲を見回してみるが、自動車を始め機械の類もなさそうだ。
そもそも現実世界の日本に、集落を囲う木柵に魔物除けの魔法札が貼られているわけがない。
もっともこっちの札は、スウムの村とは違って『炎竜の臭い』が発せられるようだが。
そういう意味では、この集落内に魔物が入り込む可能性はゼロに近いのだろう。
まあ、俺たちのような不審者にはまったく効果がないが……
「ひとまず、周囲の様子を調べてみましょう。……できるだけ住人を起こさないようにしたいところですね」
今、こちら側は深夜だ。
時差からして、おそらくは午前の一時か二時。
集落の人たちは寝静まっている頃合いだろう。
こっそり周囲を散歩するくらいなら問題ないはずだ。
もちろん家の前とかに番犬などがいると面倒だが……今のところ、吠えられたりする様子はない。
一応、近くの民家はしっかりと戸締りがされているうえ、敷地はきちんと手入れされているから、ここが廃集落などではないとは思うが……
それでも念には念を入れ、民家になるべく近づかないよう集落の外縁部の道を選び、遠巻きに観察する。
幸い今日は満月だからか、スマホのライトを消して歩いてもさほど苦労はなかった。
それに俺は元々魔眼のお陰かそれなりに夜目が効くので不自由はない。
ソティも危なげのない足取りで俺の後をついてくる。
もしかしたら暗視などの魔法を使っているのかも知れない。
――三十分ほどの散策ののち、集落をぐるりと回ってダンジョンのある建物まで戻ってきた。
そこで、この集落のことが少しだけだが分かってきた。
まずここは、間違いなく異世界だろうということだ。
なぜなら集落の入口に向かうにつれ、中世ヨーロッパ風というかこちら側の田舎でよく見かける建築様式の民家が増えていったからだ。
それと、集落から外へと向かう道にあった案内看板はノースレーン王国の公用語である『大陸語』で書かれていた。
その看板によれば、この村は『開拓村モアナ』というらしい。
歩いてきた道もダンジョンに近くなるほど新しく、集落の入り口に近くなるほど古くなっていたので、集落の上部の民家は新たに山の斜面を切り拓き拡張した場所に建っているのだろう。
もっともダンジョンの建物はかなり年季が入っていたから、元々は山の木々に埋もれていた遺跡か何かだった可能性はあるが。
「社長はこの村の名前に聞き覚えはありますか?」
「……すまぬ。全く知らぬ名じゃ」
ダンジョンのある建物の入口に腰掛け、集落を見下ろしつつ、ソティは首を横に振った。
「そも、ワシは何百年も前に日本へ渡ってきたからのう。古くからある都ならばいざ知らず、近年開拓された集落ならば知りようがないのじゃ」
「それはそうですね……」
ちなみに集落を回ったさい、鑑定先生にはしっかり頑張ってもらった。
たとえば、集落入口の看板など。
だが……
《対象の名称:集落の案内看板》
《真新しい木製の看板。『開拓村モアナ』と書かれている》
と、情報がまるでなかったのだ。
さすがの鑑定先生でも、集落の詳細や成り立ちのような曖昧で包括的な情報は鑑定できないらしい。
ちなみに他の建造物などを鑑定してみたが、似たようなものだった。
結局この集落について分かったのは、ここが近年(といっても数十年単位のスパンでだが)開拓された村であろう、ということだけだ。
まあ、鑑定先生も万能というわけではないのは分かっているし、なんでもかんでも期待するのは酷と言うものだ。
かといって、こんな夜更けに民家の戸を叩いて村人を起こして事情を聞き出すわけにはいかない。
当然ながら俺たちは村人にとって不審者だ。
下手に遭遇してしまうと、山賊や盗賊と勘違いされて攻撃される可能性もあった。
村人たちと接触するならば、きちんと日中に、集落の入口から訪れるべきだろう。
まあ、村の情報についてはもしかするとアンリ様に聞けば何か知っているかもしれない。
戻ったら聞いてみるか。
そんなわけで。
結局俺たちは夜の集落を散策しただけに留め、日本へと戻ることにしたのだった。
「残念じゃのう。第一村人に話を聞きたかったのじゃが」
ダンジョンの中、来た道を戻りながらソティが残念そうに呟く。
「それはさすがに仕方ありませんね。我々も夜明けまで待てるほど時間はありませんし、今日はあくまでダンジョンの調査ですから」
「……そうじゃな」
「もしかして、あの民家……行方不明になった方の住まいだったんでしょうか」
歩きながら、ふと思いついたことを呟く。
「……どうじゃろうな。どのみち、ワシが見かけた記事はもう半世紀近く前のものじゃ。その当時でも、行方不明になった者の年齢は七十だか八十じゃったからのう。仮にあちら側に辿り着いていたとしても、すでに生きてはおらぬじゃろうな」
そう答えるソティの声は、心なしか寂しそうだった。
もちろん、行方不明者の家でない可能性の方が高かった。
ノースレーン王国は、かなり昔から異世界人……つまり日本人を定期的に召喚していたそうだからな。
あの日本家屋は、そういう人たちの子孫の住居の可能性が高い。
まあ、行方不明者になった人が大工さんだったりしたらワンチャンあり得るけども……あくまでロマン枠だ。
ただ彼らが『子孫』に保護され、あの集落で平穏に暮らしていた可能性も十分にあった。
むろん、あくまで『そうであってほしい』という俺の願いではあるが。
「……すいません、変なことを聞きました」
「よい。当然に思い至る話じゃ」
「…………」
「…………」
その後は、なんとなく無言の時間が続いた。
ソティは俺たちから少し離れて、先を歩いている。
俺とクロはその後を無言でついてゆく。
彼女の小さな背中が、さらに小さく見えた。
確かに今回の探索で、ソティは異世界に戻れることが分かった。
だが、それでも彼女が渡ってきた時代に戻れるわけではない。
胸中で複雑な感情が渦巻いていているのだろうな、とは思う。
そういう意味では、さっきの行方不明者の話題はちょっと軽率だったかもしれないな、と反省する。
「のう、お主よ」
ふいに、ひとり先を進んでいたソティが歩調を遅くして俺と並んだ。
何かと思えば、彼女は歩きながら俺の方をじっと見ている。
前を見ないと躓きますよと茶化そうとしたが、彼女の寂しそうな表情を見て言葉を飲み込む。
「どうかされましたか、社長」
「うむ、大したことではないのじゃがのう。すまぬが……また手を握ってもよいかのう?」
「もちろん構いませんよ」
俺が手を差し出すと、ソティは確かめるようにそっと俺の手に触れ、それからしっかりと握りしめた。
とたんに、彼女の雰囲気がぱっと明るくなる。
にぱっ、と笑みをこぼし、楽し気に大声を上げた。
「さーて! それではささっとダンジョンを抜けて現実に戻るとしようかのう! 皆も待っておるからの!」
「ちょっ、社長! あまり引っ張らないでくださいよ!?」
そのままソティに引きずられるようにっしてダンジョンを駆け抜け、鳥居に生じた扉を潜り抜けた。
ダンジョンを抜け帰り着いた日本は、まだ明るかった。
※異世界召喚にまつわるお話は、直近(?)ですと第180、181話あたりで語られていた気がします。
気になった方は見直してみてもいいかも知れません…!




