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第219話 社畜と廃集落調査④

「……魔物が出てきませんね」



 ミミックのいた部屋からさらに数部屋ほど進んだところで、俺は呟いた。


 ここまで、魔物との戦闘らしい戦闘は発生していない。


 見かけるものと言えば、部屋の横に積み上がった袋の束だったり、壊れた農作業具が放置されていたりするくらいだ。


 一応、前の部屋でミミックらしき宝箱は見かけたが……それだけだ。


 ちなみにソティは先ほどの一件でトラウマになったようだ。


 さすがの社長殿も魔物に捕食されるという体験は初めてだったらしく、宝箱を見るなり俺の後ろに隠れてしまったのだ。


 結局、俺がバッシュで処理することになった。


 しかも彼女はその間ずっと俺の手を握りしめたままだったので、やりづらくて仕方ない。


 結局クロのリードはしまい込んで、そのまま進むことにした。



「ふむ……ミミックはさておいて、ダンジョンとはこのような平和な場所なのかのう? 聞いていた話じゃと、もっと危険な場所だったはずじゃが」



 歩きながら、ソティが少し退屈そうに呟く。


 ミミックにビビッて俺の手をずっと握ったまま言うセリフではない気がするが、とりあえずそこは黙っておく。


 もっとも彼女が言うとおり、進めども進めども、ミミック以外の魔物が出てくる気配はなかった。


 こういうダンジョンは珍しいとは思うが、地域差やダンジョンの年齢(?)とかで魔物の有無などが変わってくるのだろうか?


 まあ、俺も傾向がつかめるほどたくさんのダンジョンに潜ったわけではないので、今の時点では何とも言えないが。



 しばらく先を進んでいくと、ダンジョンの終点は唐突に訪れた。



「……ここが出口のようですね」



 最初に入った部屋と同じ十畳程度の部屋の奥に、扉があった。


 がらんとした空間を横切り、扉の前に立つ。


 階層も深くも浅くもならず、通り抜けた部屋は両手の指の数で収まる程度だったが、ここが終端だという確信があった。


 なぜなら、扉の形状がこれまでとは違っていたからだ。


 正確に言えば、このダンジョンに入ってきたときと同じ両開きの扉だ。



「……社長。この先は異世界が広がっていると思われます。先に進みますか?」



 一応、社長に確認する。


 もちろんここが彼女の住んでいた世界とは限らない。


 おそらく時代も違えば国も違うだろう。


 彼女の知り合いがいるかどうか、生きているかどうかも分からない。


 今ならばまだ引き返して、甘い夢の中で故郷に思いを馳せることも可能だ。


 だがソティは繋いだ俺の手をぎゅっと握りしめ、決意に満ちた面持ちで頷いた。



「……当然じゃ。ここまで来て引き返す、という選択肢はないじゃろう」



 彼女なりに覚悟はできているようだ。


 ならば俺も止めるつもりはない。

 


「では、行きましょう……行き……うん?」



 あれ……扉が開かないぞ。


 ドアノブを捻って押すがびくともしない。


 もちろん、構造的に引き戸ではないはずだ。


 というか、ドアノブ自体は回る。鍵が掛かっているわけではない。


 だが動かない。


 なんだこれ。



「どうしたのじゃ?」


「いえ……どうも外側から塞がれているようです。もしかしたら、魔法で封印を施しているのかもしれません」


「マジかの……」



 ソティが何とも言えない表情をしている。


 さて、どうしたものか。


 ここが異世界側の入口ならば、危険だからと封印されているということは十分にあり得る。


 念のため『鑑定』で確認してみたところ、実際に封印魔法が施されていることが分かった。



「ふむ……ワシ自身で開けよと神仏が言うておるのかもしれんの」



 と、ソティが俺の手を離すと、扉の前に立った。


 彼女が扉にそっと手を触れる。


 すると、彼女の小さな手を中心に蔦のような光が扉に広がっていくのが見えた。



「ふむ……どうやらこの扉は魔法的な封印を施されておるようじゃ。しかぁし! この程度の封印なぞワシに掛かればお茶の子さいさいじゃがのう!」



 お、ここで自分が役に立てると感じたのかソティのテンションが上がってきているぞ。


 ちょっとかわいいな社長殿。


 それはさておき。



「お茶……なんですか?」


「む……お主の世代でも分からぬというのか……ただの戯言じゃ!」



 なぜか顔を赤らめたソティがさらに手に力を込めた。


 魔力の蔦がさらに強く輝きだす。


 しばらく彼女は扉に両手をついたまま集中していたが、やがて光の蔦が消えると扉から手を離した。



「これでこの扉に施された封印魔法は解けたのじゃ。しかし、おそらく外に(かんぬき)が掛けられているようじゃな。それをどうにかする必要があるのう」


「では、力仕事は(わたくし)めが」



 冗談めかして慇懃な口調で言うと、ソティは満足そうに頷いた。



「うむ、そこはお主に任せるとしようかの」



 ソティと俺とで場所を入れ替える。


 今度は俺が扉に手をついた。


 確かに、先ほどのように溶接でもしたかのような強固さはなく、扉は押すとガタガタと音を立てた。


 確かに外側から閂か何かで封鎖されているようだ。


 だが経年劣化などで建付けが悪くなっているのか、強い力を加えれば壊せそうな様子である。


 『魔眼光』や『奈落』で扉ごと削り取ってもいいが、ここは普通に力押しで大丈夫だろう。



「社長、少し離れていてください」


「うむ」



 俺は扉が外開きであることを確認した後、一度扉から距離を取った。


 ダンジョン内は身体能力が強化されている。


 外側に取り付けられた閂など、大した障害にならない。



「……ふんっ!!」



 助走をつけて、気合とともに思い切り扉に体当たりをする。


 バキャッ! と何かが(ひしゃ)げる音とともに扉が少し開く。


 さらにもう一度。


 今度は扉が大きく開き、どうにか人一人が通れる程度の隙間を作り出すことができた。


 そこから外の様子を窺う。



「うーん……ここからでは分からないですね」



 外は暗かった。真っ暗だ。


 ポケットからスマホを取り出し、ライトを点ける。


 照らし出されたのは、崩れた瓦礫と土の床。


 ひんやりした空気の流れを感じるが、外はシンと静まり返っている。


 この先は、まだ地下か屋内らしい。



「ふむ……この先もダンジョンのように見えるのう。どこじゃここは?」


「ちょっ、社長!? 先に行くのは危険ですよ!」



 急に胸のあたりがモソモソくすぐったくなったと思ったら、ソティが俺と扉の隙間に潜り込んで外の様子を窺っていた。


 そのまま扉の隙間を潜り抜けて行こうとするので慌てて止める。


 完全に子供の行動だな、この人……



「むう……ワシはとうに覚悟しておる。この先に何が出てきても驚いたりせんぞ」


「先ほどのミミックのようになられては困りますので、ひとまず私が先に見てきます。クロを置いていきますので、社長はここで待っていてください」


「むう……よかろう」



 ミミックのことを持ちだされると、さすがの社長殿も分が悪いようだ。


 しぶしぶながら、頷いてくれた。


 それを確認してから、俺は扉をさらに少し押し広げ、ダンジョンの外に出た。



「危ないと思ったらすぐに戻ってくるのじゃぞ!」


「もちろんそのつもりです」



 扉の向こうからソティが顔を覗かせ声を掛けてきたので返事をする。


 スマホのライトを照らしてみれば、ここが建物の内部であることが分かった。


 床は少し湿った土で、漆喰か何かが剥げ落ちた壁からは積み上げられた石が露出している。


 天井は……木製のようだ。梁が渡してあり、しっかりとした造りに見える。


 察するに、どうやらここは地下室のようだ。


 その証拠に、目の前に上へと向かい石造りの階段があった。


 階段のふもとに立って見上げると、5メートルほど先に粗末な木製の扉が見えた。


 こちらは建付けが悪いのか半分ずれて隙間ができている。


 そこから、わずかに星明りが見えた。


 日本と異世界の時差を考えると、今は深夜か。



「社長。この先にさらに扉がありましたが、そこから外に出られるようです」


「うむ。では行くとしようかの」



 ソティは俺が戻ると少しほっとした様子で頷き、扉の外に出てきた。


 その足元をクロがチョコチョコと付いてくる。


 クロは俺とソティを何度か見比べると、俺の足元に寄ってきた。


 ひとまず護衛を労うため頭を撫でてやる。



「さて、それでは行きましょうか」


「うむ! ……今度は先に行っても構わぬな?」


「ええ、大丈夫でしょう」



 さすがに地下室から出た瞬間に魔物に襲われるということはないだろう。


 社長殿を先頭にゆっくりと石の階段を上り、グラグラの木製扉を押しのけ外に出た。



「……のう、お主」


「なんでしょうか、社長」


「ここは本当に異世界なのかえ?」


「……そうだと思いますが」



 扉の先は、どこかの山村だった。


 夜空に浮かぶ満月が、急な傾斜にへばりつくように佇む家屋の屋根や、曲がりくねった細い道、それに田畑と思しき草むらを青白く浮かび上がらせている。


 ここが異世界だと断言できなかったのには、理由がある。


 集落に点在する家屋は掘っ立て小屋のような粗末なものが多かったが、明らかに日本家屋の特徴を残していたからだ。


 だが……周囲を眺めた後、俺は言い直した。



「社長。やはりここは異世界だと思います。……あれを見てください」



 俺は建物を出ると、その脇に伸びる木製の柵を指さした。


 建物から左右に伸びている、いわゆる獣除けの柵だ。



「なんじゃ? あれは獣除けの柵じゃな。田舎に行けばよく見かけるが……それがどうしたのじゃ」


「違います。柵に貼り付けられた札です」



 月影に溶け込んで分かりづらいが、柵の所々がうすぼんやりと光っているのが俺には分かった。


 この『魔法』はスウムの村で見たことがある。



「強力な魔物の『気配』を発することにより害獣や弱い魔物を近づかなくさせる、『魔物除け』の魔法です」



 それこそが、ここが俺の知る『異世界』であることの証拠だった。

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