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第218話 社畜と廃集落調査③

 内部は特に代わり映えするものは特になかった。


 これまで見てきたダンジョンとほとんど同じだ。


 つまり、石積みの通路、その壁面に掲げられた松明の明かり、そして鉄や木でできた鍵のかかっていない扉。



「ほお……このような場所があの鳥居から繋がっているとはのう。この松明は誰が点けて回っておるのじゃ? 古い造りにしては壁面にカビもコケも見当たらぬし、床には埃もほとんど積もっておらんのう。誰ぞ掃除でもしておるのかのう?」



 俺の前を歩くソティが、あちこち見回しながら呟いている。


 彼女は壁に触れたり松明の明かりをかざしてみたりとダンジョンに興味津々だ。


 さきほどの緊張していた様子とは打って変わり、物珍しさからかテンションが高くなっているように見える。


 ……心配だ。



「社長、あまり壁面とかにベタベタ触れない方がいいですよ」



 念のため忠告しておく。



「む……もしかして、罠が張って有ったりするのかえ?」


「いえ、私の知る限りでは通路部分は大丈夫だとは思いますが……絶対はありませんので」



 今のところではあるが、通路の石壁を押したり床のどこかを踏んづけたことで何かしらの罠が発動したことはない。


 異世界のダンジョンの法則では、通路部分は基本的に安全地帯のようだ。


 だが、このダンジョンがそうであるという保証はない。



「ふむ……お主がそう言うのであれば、気を付けておくようにしようかの」



 彼女は素直に頷いたあと、石壁から距離を取り、俺の隣に戻ってきた。


 遊び終えた子供のように満足した表情で俺と並び歩き出す。


 というか。



「あの、社長?」


「なんじゃ?」


「あの……手を繋がれると動きづらいんですが」



 なぜかソティは嬉しそうな顔で俺の手を両手で握りしめてきたのだ。


 ちなみにその反対側の手はクロのリードを持っているので、今魔物が出てきたら咄嗟(とっさ)に対処できない……こともないか。


 まあ、そのときは振りほどいて対処すればいいし。



「大丈夫じゃ。どんな妖魔やら怪人が出てきても、ワシがお主を守ってやるからの。ワシは強いんじゃぞ? お姉さんに任せるがよいのじゃ!」


「そ、それはありがとうございます?」



 ソティは俺の文句もどこ吹く風といった様子で、むふー! と鼻息も荒く周囲を見渡しているが、俺の手を放す様子はない。


 彼女の手は小さくて柔らかい子供のそれだった。


 けれども機嫌の良さそうな態度とは裏腹に、その手は冷たかった。


 もしかして、俺と手を繋ぎたかったのは安心したいがためだろうか?


 それはさておいても、いつもは飄々としている社長殿が外見相応のあどけない表情ではしゃいでいる姿は、微笑ましくもある。


 とりあえず、お姉さんなのか妹キャラなのか社長なのか幼女なのか、そこはハッキリさせてほしいところだ。



「そういえば社長は、ダンジョンは初めてなんですか?」



 このまま考えていても不毛な気がしたので話題を変えることにした。


 よくよく考えてみれば、彼女は異世界人だ。


 向こうの世界にはダンジョンがある。


 だというのに、ソティはダンジョンに潜ったことはないように見える。


 それが不思議だったのだ。


 俺の言葉に、ソティは少し考えこむよう素振りをしたあと、言葉を選びつつ話しだす。



「……ワシ自身は初めて潜るのう。むろん、知識としては知っておるがの。向こう側で暮らしていた当時も、古い遺跡が迷宮化しているという事象は観測されておったからのう。じゃが、内部を探索する連中はこちら側でいうところの盗掘者や墓暴きと同じ扱いじゃった。見つかれば処罰されるし道中は危険は伴うし、普通の暮らしをしておる者が立ち入るような場所ではなかったのじゃ」


「まあ、それはそうですね……」



 至極まっとうなことを言われ、俺も苦笑を浮かべる。


 異世界……というかノースレーン王国ではダンジョン探索が普通に職業として成り立っているが、日本の常識に当てはめてみれば完全に犯罪だからな。


 不法侵入、窃盗、器物損壊エトセトラ……


 もしソティの生まれた時代や国が違うのなら、犯罪だったということは全然あり得る話だ。



「む……これは、宝箱かのう?」



 そんな話をしつつ通路の先の扉を開くと、先には十畳程度の部屋があった。


 がらんとしていて、入口から正面には先へと続く扉が見える。


 そして横を見れば、部屋の右側の壁際に宝箱が置かれていた。


 すぐに鑑定する。ミミックだ。


 鑑定結果によれば、危険度は『低』。


 俺のレベルがかなり上がっているせいか、危険度の判定は相対的に下がっている。


 足元でクロが宝箱を一瞥してから、クァ……と欠伸をした。


 いまやミミックは取るに足らない魔物だ。



「社長、これは『ミミック』です。ダンジョンに存在する妖魔……というか魔物としては割とポピュラーですね」


「ほう! これが妖魔とな。まるでゲームやアニメのようじゃのう」



 ソティはミミックに興味津々のようだ。


 まだ俺の手を握りしめたままだが、怖がっている様子はない。



「魔法少女ならばそう苦戦する相手ではありません。戦ってみますか?」



 提案してみた。

 

 実のところ、彼女がどこまで戦えるのか、というのは興味があるところだ。


 間違いないのは、彼女が相当な魔法使いであるということだ。


 当然だが、戦闘力もそれなりにあると考えている。


 少なくとも、普通の魔法少女程度の実力があるならば、ミミックはそう手ごわい敵ではないだろう。



「ふむ……それも一興じゃの」



 ソティは俺から手を放す。


 彼女はスタスタと宝箱の前まで歩いてゆくと、準備運動とばかりコキコキと肩と首を鳴らした。


 それから魔法を発動しようとしたのか、その場で『ふんす!』と魔力を集中させた。


 彼女の方から、ぶわっと風が吹きつけたきたような錯覚に陥る。


 おお、さすがは社長。


 とんでもない魔力量だ。


 これなら、ミミック程度に後れを取ることなんぞ――


 その時だった。


 バカッ! と宝箱()開き、中から勢いよくイカのような触手が飛び出してきた。



「あっ」


「ぎにゃーー!?」



 どうやら強力な魔力を検知したミミックが恐れをなして先制攻撃を仕掛けてきたらしい。


 ソティは魔力制御に集中していたのか反応できない。


 ミミックの触手はあっという間に彼女の身体を絡めとると、宝箱の中に引きずり込んでしまったのだ。



「しゃっ、社長!?」


「…………」



 なにやってんだこの人は!?


 確かにものすごい魔力だったが、いくらなんでも舐めプしすぎだろ!!



 クロのリードを手放したあと、慌てて駆け寄り宝箱にバッシュを喰らわす。


 バシュッ! と破裂音とともにミミックが爆散した。


 後に残ったのは、ぺたんと尻餅をつき、ミミックの唾液だか体液だかでベタベタになったソティだ。


 幸い粘液まみれにされただけで、怪我はないようだが……いきなり捕食されたショックのせいか目に光が無い。


 まあ当然というか自業自得というか……



「……社長。いくら相手が弱くても、むやみに近づくのはやめましょう?」


「す、すまぬのじゃ……久しぶりの戦闘でちょっとばかり調子に乗っておったのと、少々勘が鈍っておったのかもしれぬ……」



 調子についてはちょっとどころではなくくらいには乗り過ぎなのだが、俺も咄嗟に止めなかったのは反省点だ。



「今さらですが、ミミックは蓋を開くと攻撃してきます。ミミックの間合いで攻撃の兆候を察知したときも攻撃してきます。倒す場合は間合いの外から魔法で一気に叩き潰すか、触手に注意を払いつつ内部の弱点を攻撃する必要があります。……先に説明をすべきでした。そこは私の落ち度です」


「よい。ワシがろくにお主の説明も聞かずに先走ったのが悪いのじゃ。……次からは気を付けるのじゃ」



 さすがに反省したのか、シュンとした態度のソティだった。



「衣装も汚れてしまいましたし、一度帰りますか?」


「この程度なら問題ないのじゃ。先に進むぞい」



 言って、健気にもソティが立ち上がる。


 本当に大丈夫だろうか……と思っていたら、彼女の身体が淡い光に包まれた。


 次の瞬間には、あちこちから糸を引いて滴っていた粘液がきれいさっぱり消え失せていた。



「浄化魔法ですか。便利ですね」


「うむ。浄化魔法は女子の必須アイテムじゃからのう」



 言って、得意げに胸を張る。


 女子……………………まあ見た目は女子か。


 俺は口をつぐんだ。



「では、先へ進みましょう」



 ……ちなみにミミックがドロップしたのは、日本のものでもノースレーン王国のものでもない、古ぼけた硬貨だった。

※ふたたびAmazonなど各種通販サイトの紙書籍の在庫が少なくなってきているようです(たくさんの方にご購入頂けており嬉しいです!)。

発売から3ヶ月近くが経ち、さすがに今回は再度の補充があるか分からないので、書籍版が気になっている方はこの機会にチェック頂けると嬉しいです!

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