第217話 社畜と廃集落調査②
「どうじゃ、なにか分かったかの?」
俺の様子に気づいたのか、ソティがやってきた。
「……はい。どうやらこの台座が、『ダンジョン』へ入るための仕掛けのようです。元々は封印魔法の類が施されていたようですが、現在は消滅しているようです」
「ふむ。やはり、この祠が行方不明の原因というわけじゃったか」
俺の言葉を疑うでもなく驚くでもなく、ごくごく自然な様子でソティが頷いた。
一瞬『鑑定』のことを突っ込まれて聞かれるかと身構えたが、彼女は難しそうな表情で腕組みをしただけだ。
まあ、元異世界人の彼女にとっては魔法がどうとかは今さらか。
「確かに、この石には術式が刻み込まれておる。ほれ、この根っこの部分じゃ」
ソティが俺の足元にしゃがみこむと、石の根本に堆積している落ち葉を払った。
俺も彼女にならってしゃがみこむ。
クロも俺たちの真似をして石碑の前でお座りをした。かわいい。
石碑の文字は、かなり風化しているうえ書かれている文章の大半は土中に埋もれていた。
それでも彼女の指し示す場所には、文字が刻み込まれているのが見て取れた。
「この石碑が建てられた時代は、ワシらの立っている場所より深い場所が地面だったのじゃろうな。ふむふむ……この石に触れ強く祈ると、祠の近くに扉が開くようじゃな。以前調査したときは初夏だったゆえ、藪に埋もれておったからのう……うかつじゃったわい」
ソティがそんなことを言いながら文字を読み進めてゆく。
もっとも、刻まれている文字は日本語ではなかった。
楔形文字のように抽象化された象形文字で、一見すると日本語のように見えなくもないが……その言語を知る俺たちには分かる。
それはあえて書体を似せた、異言語――ロイク・ソプ魔導言語だった。
「証言が本当ならば、ここから異世界へと向かうことができるかもしれませんね」
「……うむ」
ソティはさきほどとは打って変わって硬い表情で頷いた。
どうやら緊張しているようだ。
推測とはいえ、彼女が切望していた異世界への道だ。
平静を保つのは難しいだろう。
まあ、ウチの近くのビルから異世界へ行けるので、タイミングが合えばそっちから行くつもりだったが……それはさておき。
「では、私が祈ってみますね」
俺は石に手に触れて、強く祈ってみた。
祈る内容は……どうだろうか。
ここで行方不明になった人たちが何をここで祈ったのか。
完全に推測になってしまうが、ちょうどいい感じの高さと平坦さゆえ、休憩がてらこの石に腰掛け、何かしらを祈ったのではなかろうか。
だとすれば……おそらく道中の安全祈願だとか、山菜がたくさんとれますようにとか、戦闘教官に勝てますように……とかだろうか。
要するにバラバラだ。
そもそも山菜取りのご老人と魔法少女では、祈る内容が一緒のわけがない。
となれば。
俺は目を瞑り――
「…………」
「おお! お主、扉が開いたのじゃ!」
カサカサと落ち葉を踏みしめる足音が俺から遠ざかってゆき、少し離れた場所でソティの驚いたような声が聞こえた。
目を開くと、彼女は鳥居の前に立っていた。
鳥居は、『門』になっていた。
「これはなかなか、面妖と言うか、不気味と言うか……」
つまりは、鳥居の内側に、両開きの扉が嵌っていたのだ。
木製の扉だ。
古びているが、造りはしっかりしている。
とはいえ、普通の人ならばこの扉をくぐろうとは思わないだろう。
よほど好奇心があったのか、疲労で判断能力が鈍っていたのか。
「とにかく、扉を開いてみましょう」
「……うむ」
俺たちはそのどちらでもなかったが、ここまで来てこの扉の先を確認しないという選択肢はなかった。
さすがに内部を確認せず、『この石に座って強く祈ったら扉が出現するけど危ないから入ったらダメですよ』と魔法少女たちに伝えても無駄だろう。
好奇心旺盛で超人的な力を持つ彼女たちには、そんな言葉だけでは抑止力にならない。
まあそれで止めるのは真面目な加東さんくらいではなかろうか。
正直、アンリ様もそのへんは怪しい……
ダンジョン内に祈る場所があったりと、内部に入る抵抗感が薄いからな。
「……内部は……普通のダンジョンのようですね」
木製の扉には鍵がかかっておらず、すんなりと開けることができた。
内部は、石造りの通路が続いている。
壁面には松明。
少し先で左に折れているため見通しは効かない。
だが、俺の知るダンジョンは大体こういう構造だ。
特に真新しい要素はない。
「ちょっと覚悟していましたけど、残置物はなさそうですね。少し進んでみますか」
見渡した限りでは、行方不明者の痕跡は見当たらなかった。
俺の知る限り、ダンジョン内に外から持ってきたモノを置いておいても消えることはない。
行方不明者の、例えば『服』などが落ちていた場合は、ここに放置されていてもおかしくはない。
この法則に従えば、逆説的に、ここで誰かが行き倒れていたりということはなさそうだ。
そして通路には魔物が出ない……はずである。
となれば、少なくとも行方不明者は、ここから先に進んで戻ってきていないことになるだろう。
「先に進んでみましょう。あ、ダンジョンに閉じ込められたら嫌なので、念のため扉にこれを噛ませておきますね」
言って、俺は近くから大きめの石を拾ってきて、扉を開いたままに固定した。
それを確認したあと、さらに重めの石を数個拾ってきて、なるべく扉が動かないようにしっかりと積み上げる。
うむ、これでよし。
……と、なぜかソティが感心したような目つきで俺を見ていることに気づいた。
「……社長、どうかされましたか?」
「お主……ワシが言うのもなんじゃが、かなり場慣れしとるのう。相当な数、こちらとあちらを行き来しているようじゃな」
「ど、どうでしょうか……」
し、しまった……
もしかして、この手のルーティンってこっちではメジャーではないのだろうか。
いや、でも……扉が勝手に閉じたりしたら怖いし……異世界なら、冒険者ギルドとかでも登録時とかに指導される割と初歩的なノウハウだし……
「まあよい。お主が頼りなければ、ワシが『お姉さん役』を買って出るつもりじゃったが、その必要はなさそうじゃな。安心したのじゃ」
「おね……? いやなんでもないです」
言いかけた瞬間、ソティの眼光がギラリと殺意を宿したので口をつぐむ。
イエスマム、社長はお姉さんであります。
はあ……なんだかんだ社長は怖いな。
あまりふざけていると俺の首が飛んでしまう。
いやまあ物理的にではなく、社会的な方だと思うが。
「ふむ。それでは異世界小説よろしくダンジョンデー…………探検としゃれこもうかの。お主もさっさとついてくるがよい」
「は、はい」
ソティがさっさと中に入っていってしまった。
……ていうか今、『ダンジョンデート』って言おうとしなかった?
この人、緊張感が続かないタイプだな。
とはいえ、最悪の事態に備え彼女が完全に扉の先へ入り込んでいくまで俺は外で待っていた。
扉が不思議な力で勝手に閉まらないか確認するためだ。
図らずも社長を実験台にしてしまったが、とりあえず何も起きないようなので俺とクロも内部へ入る。
と、そのときだった。
開いた方の扉が一瞬ギギッ! と軋んだあと……動きを止めた。
やはり懸念していた通り、一定時間が経つか祠の周囲の全員がダンジョンに入るとひとりでに扉が閉まるようになっているようだ。
だが存外その力は弱く、積んでおいた石のお陰で勝手に閉じるのを防げたようだ。
……ふう、やれやれだぜ。
と、そこで気づく。
扉から2メートルほど先のダンジョンの壁面には金属製のプレートがはめこまれ、そこに文字が書かれていた。
こちらもロイク・ソプ魔導言語だ。
内容をざっくり要約するとこうだ。
『扉は一定時間が経つと自動的に閉まり、防犯のためロックが掛かります』
『扉を開く場合は、このプレートに強めに魔力を込めてください』
以上。
なるほど。
これで魔法少女だけが帰還できた理由が分かった。
彼女はここから出たい一心で、思い切り魔力を込めて扉を攻撃したのではなかろうか。
そしてその攻撃の余波が魔力となってプレートに届き、結果的に扉が開いたのだ。
いずれにせよ。
魔力を意識的に操れる俺たちなら、問題なく出入りできるというのが結論だ。
まあ、万が一のことを考えて石はどかさず進むけど。
「ときにお主よ」
「なんですか社長」
通路を歩いていたら、先を行くソティが振り返って聞いてきた。
「さっき扉を出現させたとき……お主は何を祈ったのじゃ?」
「それは……内緒です」
なんでもいいのは分かっていたが強く祈る必要があったので、『お給料がたくさん増えますように』と祈ったとか……さすがにアホすぎて社長に言えるわけがなかった。
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次話は来週6/4の水曜日となります…!




