第216話 社畜と廃集落調査①
「ふむ……以前と様子が変わったところはないのう」
「なかなか険しい場所にある廃集落ですね……」
廃集落は運動場の裏手から森の奥へと続く登山道を、小一時間ほど進んだ山の斜面にあった。
もっとも登山道といっても、会社の敷地となったあとは長い間放置されていたらしい。
整備が行き届いておらず、ほとんど獣道同然で、道中は一部崩落している箇所などもある始末だ。
それでも今が春先だからどうにか道をトレースできていたが、初夏になれば藪に覆い尽くされ進むのは困難だろう。
そして到着した廃集落はといえば、全域がほぼ森に呑み込まれており、そこに人の営みがあった痕跡を探すのは難しかった。
もちろん道の脇に生える木々を透かして見れば崩れた石垣らしきものが見えたり、少し道を外れたところに足元には瓦や皿の破片らしきものが散らばっているのが確認できたのだが……前情報がなければ、普通に通り過ぎてしまう場所だ。
「祠はこの脇道の斜面を登った先じゃな」
「社長、一応戻る時間を間違えないようにお願いしますね。日没まではまだ時間がありますが、暗くなると我々でも遭難する可能性がありますからね」
標高が合宿施設より高いこの辺りは、いまだ冬の気配を濃く残している。
残雪がないのはありがたいが、吐く息は白いし、まだ日も短い。
あまり長い間、ここに滞在するわけにはいかないだろう。
「クク……その時はお主と一緒に野宿じゃのう? 道に迷い、困り果てた二人は互いに身を寄せ合って暖を取るうちに……あぁ~ロマンチックじゃのう~」
「すいません社長、その発言コンプラ的に大丈夫ですかね?」
身をよじりながら何か寝言をほざきだしたソティに、俺は冷たい視線を送った。
というか、そもそも遭難したらそんなことをやっている余裕なんてないだろ……
まあ今日はクロを連れてきているから、本当に万が一のときは巨狼化したクロに埋もれて暖を取るけどな。
「……フスッ」
足元でちょっと大きめの鼻息が聞こえたと思ったら、クロが呆れた顔でソティを見ていた。
そうだよな、お前もそう思うよな!
◇
――結局俺はソティの申し出に頷き、件の廃集落探索はオリエンテーリングが終了した後に行うことになった。
彼女から聞いた話では、廃集落周辺は奥まった場所にあるためチェックポイントからも外れており、今日の段階では誰かが足を踏み入れることはなさそうだった。
しかし、最終日のサバイバル訓練では敷地内全域が行動範囲となる。
それゆえ『別室』として下調べと安全確認が必要だと判断したためだ。
それと、社畜としては社長の申し出と言うか実質的な指示であり、ノーを突き付けるわけにはいかないという理由もあったのだが……俺も新ダンジョンがあるかもしれないという期待もあった。
ダンジョンならば探索したい、と思うのが人の性だ。
そうした利害の一致があり、俺とソティは諸々の片づけが終わった後、この廃集落のある場所へやってきたのだった。
もっとも、ダンジョン探索の可能性があるので桐井課長や佐治さんにはまだ伝えず、俺だけが参加している。
探索の参加者は俺とソティ、そしてクロだけだ。
クロについてはソティに聞いたところ連れてきても構わないとのことだったので、散歩がてら(兼ダンジョン探索のお供として)連れてきている。
「そういえば、社長。以前遭難した魔法少女の子はちゃんと見つかったと聞きましたが、他の登山者はどうなったんですか?」
二人と一体で祠へと向かいながら、そんなことを聞いてみる。
「残念じゃが、分からぬ」
ソティは重々しく首を横に振った。
「ワシも当時のローカル新聞の記事を見て調べただけじゃからのう。登山者と言うても、主に地元の年寄りが山菜取りに分け入ったりする程度で、観光目的の登山客はほとんどおらなんだそうじゃ。奥の山も、山頂からの眺望はそれほど良くもないらしいしのう」
俺も数日前の打ち合わせでこの周辺の地図を見たが、たしかにこの奥の山は周囲の山々にくらべて標高が低く、眺望は悪そうだった。
さらに周囲にもっと眺めが良さそうな山があり、そこへ至るまでの登山道もしっかり整備されている。
この登山道を使うメリットはあまりない。
集落から人が去り生活道路としての役目を終えた後は、登山道の裏ルート的な扱いだったのだろう。
それに、地図の記号や等高線を見た限り、集落を過ぎると山が急に険しくなり渓谷や断崖があちこちに存在するようだ。
おそらくだが、遭難者とされた登山者たちは奥の渓谷などに滑落したなどと思われていたのではなかろうか。
ソティが続ける。
「そも、山を買い取った当時はまだ昭和の終わり頃じゃったからのう。地元民や業者の遭難事故なんぞ、地元の新聞でちょこっと記事が出てお終いじゃ。テレビはあれど、インターネットなど一般に普及する前の時代じゃからのう。ワシがその噂を聞きつけたのは、ただの偶然じゃ」
「なるほど」
確かにそのくらいの時代ならば、今みたいに全国的な騒ぎになることはなかったのかもしれない。
もちろん地元や身内間では大騒ぎだっただろうが、そこからさらに広まることはなかったのだろう。
もしかしたら、その手の好事家の間ではまことしやかに噂されていたかもしれないが……さすがにそこまでは調べようがない。
「さて……ここじゃな」
集落跡から少し外れた森の中。
山の斜面にへばりつくように作られた急な石の階段を上り、小さな鳥居を潜り抜けた先に、その祠はひっそりとたたずんでいた。
大きさは、俺の背よりも低く、ソティの背丈よりは少し大きい。
正面の扉はなく、在りし日にはご神体を納めていたと思しき場所には、古びたカップ酒の空き瓶が転がっているだけだ。
「思ったよりしっかりしていますね」
古い祠だ。
おそらく何百年も前からあるのだろう。
屋根の部分などは経年劣化で崩れてきているが、本体は原型を保っていた。
どうやら岩塊を削り出して造られたようで、どっしりとした重量感がある。
「石造りじゃからのう。それに……お主、この周囲に漂うマナの気配が感じ取れるかえ?」
「……もちろんです」
ソティの言うとおり、鳥居をくぐったあたりから周囲の空気が少し変わっているのに気づいていた。
とはいえ、不穏な空気はない。
どちらかというと、厳かというか、清澄な雰囲気だ。
妖魔など、危険な存在がこの祠に潜んでいる感じはしない。
「まだ氏神様が宿っている、とかでしょうか?」
「それはないじゃろう。神性の気配は感じ取れぬ。……お主ならば、その原因が分かるのではないか?」
「私もそこまでは万能では……どうしたクロ」
ソティと祠を調べていると、手に持ったリードが引っ張られているのに気づいた。
見れば、クロが祠から少し離れた場所にある岩へ向かおうとしている。
「そっちに何かあるのか?」
クロが引っ張るのに任せ、俺は岩まで一緒にやってきた。
幅は俺が両手を広げたくらいで、ちょうど膝下くらいまでの高さがある。
上部は雪の代わりに落葉でほとんど埋もれかけている。
よくよく見ると、こっちの岩も削って形を整えた形跡があった。
特に天辺が平たい。
何かの台座のように見えるが、何だろうか?
クロはその周辺が何かが気になるようで、フンフンと臭いを嗅ぎまわっていた。
「ふむ。お主の飼い犬は何かを見つけたようじゃの」
「こいつは、お……お地蔵様が置かれていた場所でしょうかね?」
狼です……と言い返そうとして言い直す。
それはさておき、クロが何の理由もなくこのような行動を取るとは思えなかった。
ここがダンジョンの入口だろうか?
だが、魔眼には特に反応はないようだが……
いや、待てよ。
すでに隠蔽が解けていたのなら、反応しなくても不思議はない。
むしろこれまでの経緯から推察すると、その可能性が高かった。
……止むを得んな。
俺は石の台座に向けて『鑑定』を発動する。
《対象の名称:封印の要石》
《村人とともに神性も去り、封印は綻びた》
《手を触れ、強く祈るがよい。さすれば扉は開かれよう》
なるほど、本命はこいつか。
しかし……久しぶりに鑑定先生がゴキゲンな解説をしてきたな。
さては俺が最近まで遊んでいたゲームのフレーバーテキストに影響されたな?
……それはさておき、やはりこの祠はダンジョンへと通じているらしい。
そしてこの石の台座は鍵のような役割だったようだが、集落の住民が移住するのと同時に封印の鍵となるご神体も移動させてしまったせいで、封印魔法が消滅してしまった……というのが真相のようだ。
そのおかげで、まるで戸締りをしていない家みたいに誰でも特定の行動を取れば扉が開くようになってしまい、そこに登山者やら魔法少女やらが迷い込んでしまった……ということだろうか。
移住していった集落の住人の皆さんも、祠のご神体にそんなカラクリが隠されていたなんて夢にも思わなかっただろう。
行方不明者になった方たちについては、不運としか言いようがない。
……とりあえず、ダンジョン内部で何か見つけたら通報する準備だけはしておこう。
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