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第215話 社畜と真夜中の怪異(?)

「ふう……だいぶ飲んだな」



 宴会が終わり部屋に戻る途中で呟いた。



 ――なんだかんだで部署を越えての宴会は、盛況の内に終了した……のだが。


 そう、盛況(・・)だったのである。


 もちろんビール缶たった一本で、盛況もクソもない。


 皆がビールを飲み切ったくらいのタイミングを見計らい、いつの間に買い込んでいたのやら、三木主任が大量の酒とおつまみを会議室中にばら撒いたのだ。


 気づけば、周囲は完全に普通の飲み会になっていた。



 当然、俺を含め『別室』の面々もたった一本のビール缶で我慢できるはずもなく。


 すっかり出来上がった郷田課長が半裸で踊り出しそうになって依田(よだ)さんにそれは見事なタックルでテイクダウンを決められたり、ベロベロに酔っぱらった小山内(おさない)さんに三木主任がガチ説教を喰らってシュンとしていたりとカオスな空間を楽しみ、宴会がお開きになったのは日が変わる直前だった。


 俺はスキルの恩恵で二日酔いに怯えなくて済むからいいのだが……他の面々は明日の朝、結構な地獄を味わうのではないだろうか。


 特に現場調整課はオリエンテーリングの準備が忙しく、『別室』と三木主任より早起きするはずだ。


 そこは社会人たるもの自己管理も仕事のうちなので、なんとか頑張ってもらうしかない。



 まあ、アンリ様に相談すれば治癒魔法で治してもらえそうな気がするが……


 一応、郷田課長にはそれとなく話しておこう。


 恥を忍んで彼女に魔法を掛けてもらうかは分からないが。



「…………」



 二日酔いといえば、意外と酒の強い佐治さんはともかく桐井課長は非日常の空気に当てられたのか結構な本数をいっており、そこそこ出来上がってしまっていたが大丈夫だろうか。


 いつもと比べやたら俺に絡んでくるしスキンシップも激しかったので、ちょっと心配だ。


 まあ、ちゃんと俺と佐治さんで部屋まで送り届けたし、彼女こそアンリ様に治してもらえばいいとは思うが。


 しかし、記憶の方は……


 飲みすぎて失っていることを祈るしかない。



 佐治さんと別れたあと、そんなことを考えつつ、すでに消灯時間を過ぎた人気のない合宿所の薄暗い廊下を歩いていく。


 ちょっと不気味で、非日常の雰囲気。


 それが不思議と落ち着く。


 思えばダンジョン内部もこういう空気だったから、忌避感なく攻略していけたのかもしれない。



「……ん?」



 と、そのときだった。


 階段を上がりきったところで、廊下の先、部屋の前に何かが(うずくま)っているのが見えた。


 一瞬何かしらの怪異か妖魔かと思ったが、すぐに人だと分かる。


 扉の隣に背中を預け、スマホか何かをボチポチ弄っていたからだ。



 遠目にもはっきりと分かる、小柄な体躯だ。


 先ほど別れた佐治さんではない。桐井課長でもないだろう。


 あれは――



「社長じゃないですか。どうされたのですか?」


「おお! お主か、待ちわびたのじゃ!」



 近づき小声で声を掛けると、社長ことソティが顔を上げ笑顔を見せた。


 いや『おお!』じゃないが? いったい俺の部屋の前で何をしていたんだ。


 ストーキングか? ストーキングなのか?


 それともクロにちょっかいでも出そうとしてたのか?


 とりあえず部屋に入った形跡はないが、一体何をしていたのかは気になるな。


 ……まあ我らが社長殿なので、『うす塩』くらいの対応で済ますが。



「すまぬが、少々折り入って話があってな。ここではなんじゃ、部屋に上げてもらえないかの。なに、他の皆は訓練疲れで熟睡しておる。何も問題はありはせぬ」


「さすがにその姿では、私の部屋に上げられませんよ?」


「…………おお! それはそうじゃったな!」



 自分の小さな身体を見渡しながら、さも『今気づきました』みたいな声で(うそぶ)くソティ。


 というか今の沈黙は何だったんですかね社長殿?


 ……というか、発言含め問題しかないんですが?



 とにかく。


 今の彼女を部屋に連れ込むところを万が一にでも誰かに目撃されたら、訪れるのは確実な社会的『死』だ。


 まあ、変身(?)後の大人ソティだとしても、別に連れ込みたくはないが……それはさておき。



「……少々お待ちください。クロの様子を見てきますので、その後でしたらロビーのソファで話をお伺いします」


「むう……そこまで塩対応をせんでもよいのじゃがのう……」



 悲しそうな口調で言って、身を震わせるソティ。


 その様子はまるで捨てられた子犬……もとい小熊のようだ。


 一瞬、チクリと罪悪感が胸の奥を刺す。


 ……が、よく見ればソティは悲しそうな素振りを見せているものの、視線はチラチラとこちらの様子を窺っていた。


 はあ……そういうところだよ……



「とにかく、お互いのためですよ。すぐに出てきます」



 言ってから鍵を開け、クロの様子を見に部屋へと入る。


 クロはベッドの上で丸くなっていたが、俺が入ってくるとすぐに顔を上げた。



「ごめんな、悪いけどもう少し用事があるんだ。もうしばらく待っていてくれるな?」


「……フスッ」



 ちょっと不機嫌そうだが、これは『早く帰ってくるのだぞ』の鼻息だな。


 まあ、話を聞いたらすぐに戻ってくるから問題ないだろう。


 明日も早いしな。


 ひとまずクロの頭をモシャモシャと撫でてから部屋を出た。



「お待たせしました。それでは行きましょう」



 大人しく部屋の前で待っていたソティと一緒にエントランスのロビーまで移動。


 いくつか置かれているソファの一つに並んで座る。



「それで、私に何か相談でしょうか」



 部屋を抜け出してまで俺に伝えたい事とはなんなのだろうか。



「明日のオリエンテーリングの話じゃ」


「はあ」



 もしかして、明日のオリエンテーリングの予定を変更したいのだろうか?


 あるいは欠席の連絡とか。


 だとすれば、比較的話しやすい俺に伝えてくるのは理解できる。



 そもそもソティは社長である以上、お忍びでの現場視察以外の名目で訓練に参加する意味はあまりないだろう。


 むしろ、さっさと大人姿になって俺たちのサポートに回ってくれた方がありがたいまである。


 だが彼女の言葉は、俺が予想していたものとは全く異なるものだった。



「お主、異世界へと渡る力を持っているのじゃったな」


「……ええ、まあ……はい」



 唐突な話だったので一瞬言葉に詰まるが、とりあえず頷く。


 俺の様子を見て、ソティがすぐに先を続ける。



「実はこの周辺の山林は、合宿施設の敷地も含めすべて我が社が所有しているのじゃが……裏の山奥に、小さな(ほこら)があってな」


「祠、ですか」


「うむ。元々は炭焼きだか林業だかを営んでいた村落があった場所なのじゃが、半世紀以上前に住人が皆麓の街に移住してしまったゆえ、今はもう誰もおらぬ。いわゆる廃集落というやつじゃな。そして、もちろん祠に(まつ)られていた氏神も別の場所に移動してしまっておるから、そこには何もない……はずだったのじゃ」


「……だった(・・・)、ですか」



 最初は何を言っているのだと思ったが、ソティが何を言わんとしているのかはすぐに理解できた。


 彼女もそれを察したのか、『うむ』と頷いてから先を続ける。



「その場所は、我が社が山を買い取るまでは集落の中を奥の山へと続く登山道が通っておってな……大して険しい道でもないにも関わらず、たびたび登山者が遭難する難所だったのじゃ。そして……ここからが重要なのじゃが、以前の合宿でも、一時的にじゃがその周辺で魔法少女が行方不明になる事案が発生しておってな」


「……先を続けてください」


「うむ。まあ、そう続きも長くはないがの。結論から申せば、行方不明になった魔法少女はちゃんと見つかった。もちろん生きて、な。じゃが……その子は妙なことを口走っておったそうじゃ。『祠の地下にものすごく広い遺跡みたいな場所があって、その先には不思議な世界が広がっていた』……と」


「…………」


「結局、遭難中に幻覚でも見たのじゃろう……と、当時の担当者は結論付けたようじゃ。山で迷うた者には、よくあることらしいからのう」


「でも社長は、そうは思わなかった」


「うむ」



 ソティはニヤリと笑みを浮かべながら頷いた。



「とはいえ、その理由を担当者に話すわけにもいかぬ。仮にも社長であるワシの頭がおかしくなったと思われたら堪らんからのう。ゆえに、ワシ一人で調査に向かった。じゃが、何も見つからなかった。……当時は、な」



 意味ありげに、そこで言葉を切るソティ。


 それが何を意味するのかが分からないほど、俺も(にぶ)くはない。



「……要するに、祠か、あるいはその周辺に、異世界に繋がる道が存在するかもしれない。そして、私にはその『道』を見つける力があるのではないか……と社長は睨んでいる」



 まあ、そんなところだろう。


 元異世界人である彼女ならば、容易に辿り着く推察だ。



「というか社長が合宿に参加したのは、このためですか。だったらわざわざお忍びで来ずに、事前に私に伝えた上で運営側として参加してもらった方が色々ありがたかったのですが……」


「ワシも何かと忙しい身でな。急な話だったことについては詫びるしかないのう。じゃが、お主は一つだけ誤解しておるぞ」


「……それは何でしょうか?」



 ソティはドヤ顔で薄い胸を張り、言い放った。



「魔法少女らに混じって参加したのは、単にワシの趣味じゃ」



 やっぱ断ろうかな、この話。

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