第214話 社畜と別室の伝統
「廣井さん!」
「ヒロイ様!!」
立ち上がったところで、俺の元に魔法少女組とアンリ様が駆け寄ってきた。
「ちょっとあんた、大丈夫なの!?」
「ヒロイ様、お怪我はありませんカ!?」
「大丈夫ですか廣井さん……なんで傷ひとつないんすか」
「また派手に飛ばされたものじゃのう」
口々に俺の身を案じてくれたりドン引きしたりしているが、いずれにせよ俺が無傷なのを知って皆ホッとしているようだ。
「皆さん、心配させてしまいすいません。私は大丈夫です。さすが、『結界指輪』は強力ですね」
ひとまず俺も、笑みを浮かべて無事をアピールしておく。
もっとも、服の方はかなり酷い有様だ。
土埃まみれなのは言うまでもないが、上下ともに損傷が酷い。
吹き飛んだときに地面で削られたのか肘と膝の部分は完全に擦り切れているし、所々に穴も開いている。
不幸中の幸いか大事な部分までは破れていないが、着替えは必要な状況だ。
戦闘訓練があると聞いていたので予備は持ってきているが、なかなか手痛い出費だった。
マナの消費量もだが、こっちもまあまあ心に来るな。
……とそれよりも、だ。
「私はともかく、佐治さんは大丈夫ですか? お互い派手に吹き飛んだようですが」
視線を彼女たちから外し、運動場の端へと向ける。
三木主任が彼女の元へと駆け寄っているのが見えた。
いまだ佐治さんが起き上がっている様子はない。
……いや。
今、上半身を起こした。
それから側にしゃがみこんだ三木主任に何かを話しかけている。
さすがに距離が遠く俺の耳でも聞きとることはできなかったが、無事を報告しているのだろう。
ひとまず佐治さんも大事ないようだ。
少しホッとする。
と、彼女がこちらに視線を向けた。
すでに立ち上がっている俺を見て一瞬悔しそうな表情をしたあと、小さく笑い、それから軽く手を振ってきた。
どうやらあちらも無事をアピールしているようだ。
俺も手を振り返してやった。
◇
「今日一日、皆様お疲れさまでした。乾杯!」
桐井課長の音頭のあと。
キン、とビール缶のぶつけ合う音が会議室のあちこちから響いてきた。
夕食後に催された一人につきビール缶一本だけというささやかな宴会だが、後ろのテーブルでは現場調整課の面々と三木主任が早くもワイワイ盛り上がり始めている。
「廣井さん、乾杯!」
「廣井、乾杯」
「か、乾杯!」
テーブルの向かいに着席した桐井課長と佐治さんが身を乗り出し、手に持った缶ビールを差し出してきた。
俺は慌てて手に持ったビール缶を差し出し、二人の缶とぶつけ合う。
「廣井さんと佐治さん、今日は戦闘訓練の方で大変だったみたいですね。魔法少女の皆さんの前で試合形式の模擬戦闘をされたとか。……それで、いかがでしたか?」
桐井課長は現場調整課の面々といろいろ準備をしていたので、俺と佐治さんの戦いは見ていない。
だが、話は聞いていたようだ。興味津々な様子で聞いてくる。
「ああ、ええと……」
「……まさか、私が負けるとはな」
佐治さんがグイとビールを呷ってから、そう言った。
だが悔しそうな様子はなかった。
むしろ、すっきりした表情だ。
その様子を見て、内心ホッとする。
「ええっ!? 佐治さんが!? 近接格闘戦ですよね!?」
桐井課長が驚いたように身を乗り出し、俺と佐治さんを何度も見比べる。
彼女は佐治さんの実力をかなり買っている様子だったので、俺が勝つとは思っていなかったようだ。
まあ、それを言えば俺自身もだが。
いや普通に考えて、多少経験があるとはいえ戦闘教官に近接格闘で勝てるとは思わないだろ。
確かに途中でスキルを取得したことも勝因の主な要因ではあるが、俺としては完全に胸を借りるつもりだったからな。
だが佐治さんは桐井課長の様子に気を悪くした様子も見せず、ビール缶を持ったまま、深く頷く。
「うむ。だが、廣井の方が強かった。それだけだ」
「……ありがとうございます」
思わず謙遜の言葉が喉まで出かかって、どうにか飲み込んだ。
佐治さんがいくら強かったとはいえ、本人に対して『俺はまだまだです』なんて言うのは失礼だと思ったからだ。
敬意を示すのならば、感謝の言葉を述べるべきだろう。
もっとも、本音を言えば……最後の力比べがなければ、さすがにあのまま勝てていたとは思えなかった。
いくらスキルで技術を獲得したといっても、あくまで技術のみ。運用するための経験値は別物だ。
俺もそこまで自惚れてはいない。
もちろん手段を選ばなければ俺が『勝つ』手段は無数にあったが……勝負事というのは、同じ土俵で競い合ってこそである。
まあ、気持ちの良い戦いができた、とは思っている。
どちらも大きな怪我もなく、戦いを終えられたしな。
「だが、これで決まりだな」
「ですね! 今年は史上最高の難易度になりそうですが、あの子たちにはきっといい経験になると思いますよ」
「……あの、なんの話ですか?」
桐井課長と佐治さんが互いに頷き合うのを見て、俺は二人に訊ねた。
何の話か分からなかったが、どう考えても俺に関する話題だったからだ。
しかも、妙に嫌な予感がする。
「最終日、サバイバル戦闘訓練を実施するじゃないですか」
「はい」
桐井課長が念を押すように聞いてくる。
当然、合宿の全スケジュールは把握済みだ。
俺も頷く。
二日目である今日は新装備の試験兼戦闘訓練。
三日目の明日は朝からお昼過ぎまでを使って周囲の山や市街地を巡るオリエンテーリングを行い、それ以降は自由時間。
外出も自由なので、地元の温泉街などに向かっても構わない。
俺もクロと一緒に外出するつもりだ。
そしてさらに四日目の最終日は、合宿所や周囲の山を利用したサバイバル戦闘訓練だ。
魔法少女たちは山の向こうからスタートし、途中まで『現場調整課』の支援を受けつつ、チェックポイントを経由しつつ妖魔(を模した、三木主任が準備した魔法ドローン)を排除しつつ合宿施設を目指す。
しかし途中で司令部となっていた施設にいた『現場調整課』が怪人の襲撃を受け通信途絶。
しかし魔法少女たちは立てこもった怪人役までどうにか辿り着き、人質となった『現場調整課』を救助しつつ怪人を撃破する……という筋書きである。
ちなみにマスコットたちもハードだ。
なにせ周囲の山林と合宿所という広範囲に漏れなく『遮音結界』を張らなければならないからな。
そして肝心かなめの怪人役は、佐治さんがやることになっている。
鬼教官の彼女が怪人に扮することにより、緊張感と難易度を演出できる……ということらしい。
佐治さん曰く、すでに現役を引退して十年以上経っており、魔力も全盛期の十分の一もないそうだが……それでもあの強さである。
魔法少女たちのミッション達成可能性は……言うまでもないだろう。
まあ、そこを含めての訓練ということである。
訓練なら負けても死なないし、酷い目に遭わないからね。怪我はするかもだが……
というか、なんかやたらリアルな訓練なのだが、過去の事例などを参考にしているのだろうか?
まあ、確かにありえるシチュエーションではあるけども。
ちなみに明日のオリエンテーリングは最終日のサバイバル訓練の下見も兼ねているので、魔法少女たちも気を抜くことはできない。
だが、それがどうしたんだろう?
「そのサバイバル訓練ですけど……怪人役を佐治さんがやる予定だったのは知っていますよね。ですが廣井さんが佐治さんより強いということならば、話は変わってきます」
「もしかして私が怪人役をやるんですか!?」
「うむ。そういうことになる」
佐治さんが腕組みをしながら深く頷いた。
ちなみに俺は、予定では魔法少女が撃破した魔法ドローンの回収する役目だった。
それはそれでなかなかの重労働だが、怪人役とは役割が全然違う。
そもそも俺でいいのか……?
俺の顔を見て胸中を察したのか、佐治さんが重々しい口調で続ける。
「いや、もちろんかなり迷ったのだ。いきなりこのような大役を任せてしまっていいのか……とな。廣井も急に言われて不安だろう。それは分かっている。だが、この役は代々『別室』で一番強い人が担当する伝統があってな。私が配属になってからはずっと担当していたのだが、廣井が私より強いのならばこの役は譲るしかないのだ」
譲るしかないのか。
「大丈夫ですよ、廣井さん! そこは人質役の私がしっかりサポートしますから、大船に乗ったつもりでいてくださいね!」
なぜか妙に嬉しそうな様子の桐井課長がそう言ってくる。
まあ、課長殿が付いてくれるならそこまで不安はないが……
いや、二人は俺を認めた上でそう言ってくれているのだ。
ここは迷うべき場面ではないだろう。
「……承知しました。お役目、拝領いたします」
言って、俺は頭を下げた。
※社長殿は宴会不参加です(お子様の姿/そもそも社長なので)




