第213話 社畜vs人間戦車 下
「ふふ……強者との戦闘は楽しいなぁ」
彼女がニヤリと笑い、ゆったりと腰を落とした構えを取った。
『崩拳』の予備動作なのは、これまでの立ち回りを見て分かった。
佐治さんは構えたまま、俺を見据えながら話しかける。
「それにしても廣井は凄いな。ここまで私の攻撃を回避し続けていられる奴は初めてだ」
「それはありがとうございます」
とはいえ、今のところ回避するのに精いっぱいだ。
さすがに身体能力で劣っているとは思わないが、技量が違いすぎる。
……まあ、だからこそこの申し出を受けたわけだが。
この機会に彼女の立ち回りを余すところなく『模倣』させてもらう。
というかさきほどの応酬で、中級を飛び越して『近接格闘(上級)』が取得できるようになっていた。
佐治さんには悪いが、即座に取得する。
「……なるほど」
すると彼女の『構え』が理解できるようになった。
姿勢。手の位置。視線の向き。重心。体内の魔力の流れ。
今佐治さんが取っている構えは、『先の先』を取るために最適化されている。
構えを低く後ろに取るのは防御のためではなく、間合い内での重心移動の距離を最大限、攻撃力に変換するため。
相対する局面において、真正面での前後の動きは距離感を把握しにくい。
フェイントなどを交えれば、なおさらだ。
それゆえの構えとも言える。
腕をゆったり構えるのは、緊張した筋肉は魔力の伝導率を著しく低下させるからだ。
だから『インパクト』の瞬間まで脱力させたままにしておく。
そしてこの構えから繰り出される『崩拳』の威力は、その練り上げた魔力の塊を衝撃力に変換することで生まれる。
つまりは人力『バッシュ』というわけだ。
ここまで原理が分かれば対処は容易だ。
同等かそれ以上に練り上げた魔力をぶつけて、相殺してやればいい。
『目には目を』というやつである。
もちろんタイミングはシビアだし、針の穴を通すような繊細な技量を要求される。
だが、『近接格闘(上級)』を取得した今の俺ならば問題ない。
いいじゃないか、力比べ。
佐治さんの熱気に当てられたのか、俺もワクワクしてきた。
「……廣井」
集中したまま、佐治さんが口を開く。
「今から私は、最速で、最短で、真っすぐに突く。回避は不可能だ。降参するなら今のうちだぞ」
彼女の練り上げる魔力が、どんどんと強く、そして鋭くなっていくのが分かる。
戦車の砲塔が、真っすぐ俺に向けられていた。
俺は動けなかった。
今、こちらから攻撃すれば勝てるのでは? 一瞬そう思うが、隙はまったくもって見当たらなかった。
こちらから行動を起こせば、即座にカウンターが飛んでくるのが感覚で理解できたからだ。
……だが。
「その必要はありません」
言って、俺も構えた。
こちらは完全に迎え撃つための体勢だ。
佐治さんと同様に後ろに重心を預けているが、これはあくまで迎撃しやすくするためのもの。
彼女とは構えのコンセプトが根本的に異なる。
「……ほう。いい度胸をしている」
佐治さんの目がスッと細まった。
口元が三日月のようにつり上がる。
俺のやろうとしていることを察したらしい。
挑発と受け取ったか? もちろんハッタリじゃない。
俺は100%勝つ気だ。
「廣井、お前は私が戦ってきた中でも指折りの猛者だ。だから敬意をもって、全力で相手をしよう」
「……それは光栄ですね」
佐治さんの魔力がさらに高まった。
おいおい……午前中の訓練の時よりずっと強力なんだが?
これ、戦車砲弾どころの話じゃないぞ。
まるで艦載ミサイルだ。
さすがの俺も、そこまで強力な攻撃が直撃したらどうなるか分からない。
なんだこれ少年漫画のクライマックスか!?
これは……かなり頑張らないとだな……!
『バッシュ』は込める魔力の量で威力も変わるが、この様子では俺もほぼ全力で叩き込まないと押し負けるのはこちらだろう。
だが合宿までの間に異世界に通いつめ貯蔵したマナの量は、それなりにある。
ここで放出するのは少し名残惜しいが……大出血サービスだ……!
「いくぞ、廣井……!!」
佐治さんがスウ、と息を深く吸い込んだ、次の瞬間。
凄まじい速度で彼女が踏み込んできた。
地面を蹴りつける音を置き去りにするような恐ろしい疾さだ。
その疾さに、さらに地面を蹴りつける勢い、そして腰や各関節の捩じりによる運動エネルギーが載った縦拳が迫る。
喰らえば、確実に身体が木っ端みじんになる。そう思わせる一撃だ。
が、反応はできている。見える。大丈夫だ、問題ない。
……ここだ!
俺は彼女の拳に合わせるように、手のひらを突き出した。
「なっ……!?」
『結界指輪』で受け止めると思ったのだろう。
佐治さんが驚いたような顔になる。が、遅い。
俺は彼女の拳を手のひらで受け止めるのと同時に、全力の『バッシュ』を発動させた。
そう、じゃんけんでグーに勝つのはパーなのだ。
次の瞬間、閃光が視界を覆い尽くし――
気が付くと、空が見えた。
どうやら俺は、行き場を失った魔力の爆発で吹き飛ばされてしまったらしい。
身体は……特に痛いところはない。
インパクトの直前、念のため『結界指輪』を発動させたからだろう。
ただ、胸の内がたいそう痛かった。もちろん比喩表現というやつだが。
つまり。
ああ、せっかく貯めたマナの半分が……
「…………また貯め直しか…………」
口の中に入った砂利をペッと吐き出し、よっこらせ、と上半身を起こす。
辺りを見てみれば、すぐ脇に運動場の端にある植え込みが見えた。
さっきまで運動場の真ん中にいたのに、ずいぶんと飛ばされたものだ。
そういえば佐治さんはどうなったのだろうか?
あの爆発に巻き込まれたのなら、無事では済まないはずだ。
そう思って見やれば、運動場の真ん中には誰もいなかった。
ただ、かなり大きなクレーターが生じているのが見て取れた。
そして、そのさらに先……俺のいる場所とは反対側の運動場の端に、土煙がもうもうと立っているのが分かった。
なるほど、相打ち……かどうかは分からないが、佐治さんも俺と同じくらい吹き飛んだらしかった。
土煙が少し晴れる。
彼女も俺と同じように運動場の端に倒れていた。
大の字になっているのは分かるが、ここからでは寝ているのか起きているのか分からない。
ただ、ひとつだけ言えるのは……
最初に立ち上がったのは俺だった、ということだ。




