第212話 社畜vs人間戦車 上
昼食後の訓練は、午前中のおさらいを一通り行ったのち、新装備の試運転となった。
新装備は魔法少女たちが持つ武器に装着し、その性能と機能を拡張するものだ。
以前朝来さんが俺と対戦したときに使用していたものより出力は落としているようだが、その代わり燃費を抑え、継戦能力を重視した調整を行っているとのことだった。
試運転は、社長とアンリ様以外の三名のものだ。
朝来さんは巨大ハンマーに炎属性の魔法を纏わせ、さらに身体能力を上げるもの。
使用中は余剰魔力が炎の形をとってハンマーや身体の随所から吹き出すので、なかなか中二力が高い姿となる。
覚醒、という言葉がしっくりくる感じだ。
加東さんは大鎌に毒や麻痺など状態異常系の属性魔法が付与でき、切れ味が増すというものだ。
もちろん身体能力も格段にあがるようで、縦横無尽かつトリッキーな動きで敵を翻弄することになる。
遠目で見ていたからその全容が分かったが、至近距離の戦闘だと敵は彼女の姿を簡単に見失い、死角から命を刈り取られることになるだろう。
そして属性に応じた魔力のオーラ付き。中二力は彼女のゴスロリ風衣装と相まって朝来さんの炎よりかなり高め。
能勢さんは二挺の拳銃が巨大化して砲台となり、強力な砲撃が可能となる。
威力は……とりあえず、攻撃が当たった場所に大きなクレーターが生じたので、おそらく艦砲射撃にも匹敵するだろう。
ただし狙いを定めるためにはその場で砲を固定しなければならず、運用には周到な立ち回りと状況判断が必要と思われる。
彼女自身の見た目にあまり変化はなかったが、武器が砲台と化すという意味では派手さ加減は随一かもしれない。
ちなみに社長とアンリ様には強化装備は準備されていないが当然のことだ。
ソティは佐治さんや三木主任の話ではそもそもかなりのレアキャラのようだし、アンリ様はインターン生の扱いだからな。
三木主任の狙いは、三人の戦闘データを測定して汎用装備の研究開発に役立てることだ。
今後の彼女の開発に期待したい。
◇
佐治さんとの組手は魔法少女たちの訓練終了後、デモンストレーションという形で行うことになった。
「廣井、私のわがままに付き合わせてしまってすまない」
「いえ、私も多少は身体を張る必要があると思っていましたので」
訓練を終えた魔法少女と三木主任が見守る中、俺と佐治さんは運動場の真ん中に立った。
『遮音結界』は張ったままだ。
つまりこれから始まる組手は、相応の規模だと想定されているということである。
まあ、佐治さんの攻撃は最低でも戦車並みだからな。
対して俺は、いろいろ使える攻撃スキルはあるのだが……さすがに飛び道具系は封印だ。
特に『奈落』は性質上、防御力無視の文字通りの『必殺技』だから絶対使用禁止である。
「一応ルールは決めておいた通りだが、再確認するぞ。基本的には立ち技のみ。魔法による身体強化などは構わないが、目つぶしと金的はなし。肘は可だが頭突きはなし。勝利条件は相手のKOまたは降参。……問題ないな?」
「問題ありません」
佐治さんの提示したルールは、一般的な立ち技系格闘技に則ったもののようだ。
肘による攻撃も可とするのは、おそらく佐治さんのバックボーンが中国拳法とかだからだろう。
俺にはあまり関係ないが、警戒するべき攻撃の一つではある。
「じゃあ、私が審判役を務めるッスけど……細かい判定とか分からないから、ヤバそうだったら止めますよ」
「うむ、それでいい」
「私もそれで構いません」
三木主任が俺たちの間に立ち、交互に顔を確認する。
俺はすぐに頷いた。
ちなみに俺と佐治さんは『結界指輪』を装着済みだ。
三木主任としてはデータ取得用に積極的に使ってほしいようだが、こればかりは状況次第だ。
まあ、お守り代わりには役立つだろう。
「それじゃ、お互い見合って見合って……はじめ!」
バッと三木主任の手が振り下ろされた。
正直、その口上は格闘技じゃなくて相撲では? と思ったが、すでに佐治さんは構えを取っていた。
慌てて俺も構える。
「怪人討伐の実力者だ。胸を借りるぞ、廣井」
「それはこちらのセリフですよ」
午前中の実力を見せつけられて、さすがに胸を貸すなんて口が裂けても言えない。
とにかく、無様な負け方はしないよう頑張って立ち回ろう。
「では……参る」
言うがいなや、佐治さんの姿が視界から消えた。
いや……右だ。
視界の端に、俺は佐治さんの姿を捉えている。
彼女が俺の間合いに入った瞬間、スッと屈みこんだ。
しなやかな肢体が、まるでゴムのように捩じれている。
攻撃は、拳か? いや足元に力が入っている。蹴りだ。
引き上げた腿の機動で中段か上段かで迷ったが、直前で首筋にゾクリと悪寒が走った。
「っ……!」
反射的に屈みこむ。
ボッ、とまるで空気が爆ぜるような音が頭のすぐ上を通り過ぎた。
読み通り、上段蹴りだった。
……あれをまともに喰らっていたら首から上が消失していたのでは? と一瞬背中に冷たいものが走る。
「ふむ、これを躱すか」
佐治さんが嬉しそうな声色で呟いている。
これ、デモンストレーションだよな?
これでは組手というより死合なんだが?
「一応確認ですが、この組手はデモンストレーションですよね?」
「当然だ。だからこそ、本気でやらねば魔法少女たちの勉強にならないだろう」
「確かに……それはそうですねっ!」
今度は俺からお返しだ。
地面を蹴り、一気に彼女の懐に潜り込む。
身体を捻り込み、突き出した掌底を佐治さんの鳩尾に叩き込む――が、これはバックステップで回避された。
惜しい!
……が、俺の近接格闘レベルはまだまだ初級。
達人クラスの佐治さんには遠く及ばない。
俺が攻撃を届かせるには、もう二手、三手は先を読む必要があるだろう。
あるいは、純粋な力比べに持っていくか。
「ふふ……ふふふ……! 廣井、やるな! さすがは怪人を素手で屠った男! 噂に違わぬ実力だ!」
猛攻を続けながらも、佐治さんは嬉しそうだ。
普段のクールな様子とは打って変わり、なんというか恍惚とした表情をしている。
さてはこの人……もしかしなくても、さては戦闘狂だな?
「佐治さんには躱されましたけどねっ! ぬおっ!?」
会話していると、佐治さんの左縦拳が俺の顔面に迫ってきた。
速度がヤバい。舌を噛みそうだ。だが見えている。それに軌道はそこまで読みにくくはない。
首を捻ってどうにか回避。
ジャブと思しき攻撃なのに、鼓膜が破れそうな風圧が襲ってくる。
さらに間髪入れず、中段に『崩拳』の追撃。ワンツーだ。
だがこれは読んでいる。バックステップで回避。
ふう、戦車砲弾を鳩尾に喰らうところだった。
危ない危ない……!
もっとも佐治さんの攻撃はこれで終わらない。
さらに踏み込んできて、今度は足払いが襲ってくる。まるで鎌鼬のような鋭さだ。
が、これはバックステップで回避。
飛んで躱さなかったのは、このあとの追撃が対処できないからだ。
だが、それは立ち回りの選択肢を意図的に狭められたという意味でもある。
当然、佐治さんも俺の動きを読んでいた。
「むんッ……!」
さらに踏み込んで、二撃目の『崩拳』が襲ってきた。
「くっ!」
これは紙一重での回避になった。
ここで逃すまいと、さらに佐治さんの拳が俺に迫る。
今度はフックの要領で、軌道が読みにくい。
が、これはそこまでの威力を伴っていない。
彼女の腕を叩き軌道を変え、どうにかいなすことに成功。
「ふうっ……!」
肺の中の空気を大きく吐き出す。
紙一重の攻防だが、スキルの恩恵もありここまでどうにか対応できた。
とはいえ、これ以上彼女の連撃に付き合うのは危険だ。
俺は攻撃のわずかな切れ目で思い切り飛びのき、距離を取った。
佐治さんは追ってこなかった。
さすがにこれ以上攻撃が繋がらないことを悟ったのか、無理をするつもりはないようだ。
「ふふ……強者との戦闘は楽しいなぁ」
彼女がニヤリと笑い、ゆったりと腰を落とした構えを取った。




