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第211話 社畜、差し入れをする

「「…………」」


「おー、流石は佐治さんッスねー」



 一瞬で運動場の空気が張り詰めた。


 まるで戦場の真っただ中に放り込まれたような緊迫感だ。



 三木主任は嬉しそうな様子でもうもうと巻き起こる土煙を眺めていたが、魔法少女たちやアンリ様はそれどころではないようだ。


 まさか彼女の攻撃力がこれほどまでとは、だれも予想していなかったのだろう。


 一番余裕をかましていたソティすら目を剥いていたのだから、いい気味……じゃなかった、どれだけ佐治さんがヤバい存在かがよく分かる。



 運動所の端の土煙が晴れてくると、朝来(あさご)さんの姿がようやく見えてきた。


 彼女は地面に両膝をついて、項垂(うなだ)れていた。


 攻撃の余波のせいか衣装はところどころ破けており、吹き飛ばされたときにできたのか擦り傷だらけだ。


 さすがに、生きているよな……?


 と、思った次の瞬間。


 彼女の肩がピクンと動き、それからゆっくりと顔を上げた。



「っつぅ……」


「マキナちゃん!」


「マキナ、サン!」


「おい、大丈夫かー」



 うめき声をあげる朝来さんに、加東(かとう)さん、能勢(のせ)さん、そしてアンリ様が駆け寄る。



「なんなのよアレ……死ぬかと思ったわ……」



 二人の魔法少女に肩を支えられながら立ち上がった朝来さんが、顔をしかめながら口の端から流れる血を拭った。


 口の中を切っているようだ。


 さすがに立てるのなら、内臓に損傷を負ったわけではないだろう。


 胸をほっとなでおろす。



「今すぐ治療しマス!」



 アンリ様が慌てながら、朝来さんに治癒魔術を施している。


 みるみるうちに傷が癒えていく様子は、まさに聖女様の面目躍如といった様子である。



「ちょっと! 本当に戦車砲弾並みの攻撃を加えるのなら先に言ってよね!」


「だから言っただろう」



 無事治療を終え俺たちのもとに戻ってきた朝来さんが抗議する。


 しかし佐治さんは涼しい顔をして肩を竦めただけだ。



 ちなみに言ったか言ってなかったかでいうと彼女自身は言っていなかったと思うが、三木主任が戦車砲弾にも耐えられるとは言っていた。


 まあ、どちらにせよ佐治さんの攻撃力が戦車の砲撃と同レベルだということに驚きを隠せないが、それ以上に驚いたのが『結界指輪』の防御力だ。


 もちろん魔法少女の素の耐久力あってのものだろうが、あの攻撃をほぼ完全に防ぎきるとは大したものである。



「さて、次は……アビサルミーシャ、君にしよう」


「ワ、ワシか!?」



 朝来さんらの様子を他人事のように腕組みしながら眺めていたソティは、まさか自分の番が巡ってくるとは思っていなかったようだ。


 心の準備ができていなかったらしく、アワアワとしているのが面白……もとい可愛らしい。



「ほ、本当にあの攻撃を受ける必要があるのかえ!? ……あんなの、身体がバラバラになってしまうのじゃ!」


「何を言っている。ミラクルマキナが耐えきったのだから安全性は保障されたようなものだろう」


「全然保証されてないのじゃー!」



 キー! と甲高い声で抗議するが、すでに佐治さんは攻撃態勢に移っている。


 この有無を言わせないスタンス……やはり鬼教官である。



「行くぞ、アビサルミーシャ。指輪の起動方法を今一度確認しておけ。さすがに直撃すると、命の保証はできかねる」


「もっと手加減しろ、なのじゃ! どう考えても戦車並みの攻撃を加える必要はなかろう!」


「なーにいってんスか、ミーシャちゃん。別に佐治さんも私も、幼女を虐める趣味は………佐治さんには多分ないと思うし」


「お主にはあるのじゃな!? あるのじゃな!?」


「カウントダウンを始めるぞ、アビサルミーシャ。衝撃に備えろ。三、二……()ッッ!!」


「ぎにゃーーーー!!」



 断末魔とともにソティが視界から消えた。



「あ、ドップラー効果……」



 加東さんの声が、静まり返った運動場にやけに大きく響き渡った。



 ちなみにその後魔法少女全員が『戦車砲弾直撃レベルの攻撃』を体験することになるのだが……アンリ様は生身なので、さすがにちょっとだけ(佐治さん(いわ)く『対物ライフルくらいの衝撃力』)手加減してもらっていた。




 ◇




「…………」



 魔法少女たちとアンリ様は互いにもたれ合いながら、ゾンビみたいな顔でベンチに腰かけている。


 というか、朝来さんとソティは口から魂が出かけているが、大丈夫だろうか……



 午前中の訓練は、一通り『結界指輪』の性能をチェック(?)した後は通常の戦闘訓練になった。


 基本的なメニューは初歩的な戦闘の立ち回りや妖魔や怪人ごとの対処方法といったところだ。


 ただ、その方法が苛烈というか……要するに、佐治さんによる文字通りの『体当たり指導』だったわけで。


 とくに生意気盛りの朝来さんはボコボコにされていたが、まあだいたい自業自得なので同情の余地はあまりない。



 ちなみにアビサルミーシャことソティは……どうやら佐治さんは完全に彼女が我らが社長だと認識していないようだ。


 よくよく考えてみれば、社長が幼女とか普通に意味が分からんからな。


 そういう意味では、初対面のときに彼女が俺に正体を見せた理由は未だ不明だが……単純に、自分の会社の社員になるとは思っていなかった疑惑がある。


 いや、それを見越してのことなのだろうか。


 まあ、真実は彼女に聞いてみないと分からない。


 もっとも聞いたところでまともな答えが返ってくるとは思えないが。



 それより意外だったのは、加東さんが四人の中で一番の成長を見せていたことだろうか。


 というか、身のこなしが軽いうえに目が良いのだ。


 攻撃の予兆や軌道を見切る才能がある、とでも言うべきなのだろうか?


 佐治さんの攻撃は俺の目から見ても相当なキレがあるのだが、加東さんは徐々にその攻撃に対応していった。


 彼女は何か、格闘技系のバックボーンか何かがあるのだろうか?


 普段は大人しく控えめな雰囲気なので、その辺はよく分からないが……



 ちなみに俺も、気が付くと『近接格闘術(初級)』が取得可能になっていた。


 ええ、遠慮なく取得させて頂きましたとも。


 身体を張って体得している魔法少女たちにはちょっと申し訳ないが、こればかりは許してもらうしかない。


 まあ、それはさておき。



「皆さん、お疲れ様です」



 鬼教官のしごきが終わったのなら、俺のやることは皆を(ねぎら)うことだ。


 佐治さんが怖い刑事役なら、俺は優しい刑事役、というわけである。


 俺は近くの自販機で買ってきたスポーツ飲料を彼女たちに渡していく。



「ひゃーっ、冷たー! 廣井さん、あざーっす!」



 四人の中では一番元気な能勢(のせ)さんが、自分の首元にペットボトルを押し付けながら嬉しそうにお礼を言ってくる。


 なんだろう、この子からは青春の息吹(体育会風味)を感じる。



「あ、ありがと……」


「廣井さん、ありがとございます」


「アリガトゴザマス……」


「アリガトなのじゃ……」



 他のみなも口々に礼をいってくるが、まだまだお疲れのようだ。


 アンリ様も自分の治癒魔法は疲労までは回復できないのか、なんかもうインチキ外国人みたいな片言になっていた。


 というかそれにつられて社長殿もカタコトになってるのがちょっと面白い。



「しばらく休憩したら昼食にしましょう。午後は昼過ぎまで訓練で、その後は自由時間なので、あともうひと頑張りですよ」


「「「「「…………」」」」」



 だめだ。


 みんな顔が……死んでる……




 ◇




「廣井、少しいいだろうか」



 クロと一緒に部屋で昼食をとったあと、合宿施設の出口付近で佐治さんに声をかけられた。



「どうかしましたか?」


「いや……大した用事ではないんだがな。午後の訓練のことで少し手伝ってもらいたいことがあってな」


「構いませんよ」



 俺は頷いた。


 なんだ、妙に真剣な様子だから何事かと思ったが大した用事ではなかったようだ。


 午後の訓練では、今度は武器強化装備の試験を兼ねて、それらを使った戦闘訓練をする予定だ。


 となれば、佐治さんや三木主任と一緒に機材を運動場に運び出すのだろう。


 午前中は楽をさせてもらったし、ここは身体を張るタイミングだ。



「じゃあ、三木主任のところに行きましょう。次に使う機材、計測機器か何かでかなり大きかったですもんね」


「いや、そうではないんだ。もちろんそっちもだが……手伝ってほしいのは私個人のお願いだ」



 そう言う佐治さんはなぜか口元に手を当て、まるで恋する乙女のように視線を泳がせている。


 なんかモジモジしているし、心なしか耳とか頬が赤らんでいる。


 ふだんキリっとしている彼女のこういう姿は、正直かなり破壊力が高い。



 だがそんな様子に相反するように、俺の胸に込み上げてくるのは猛烈に悪い予感だった。


 だが先に『構いませんよ』と頷いてしまった手前、話を聞かざるを得なかった。



「……何でしょう」


「廣井は以前、本社近隣エリアに出現した怪人を素手で撃破したと聞く。どうだろう、廣井が良ければ、だが――」



 佐治さんは潤んだ瞳を俺に向け……しかしハッキリとこう続けた。



「午後の訓練で、私と組み手をやってもらえないだろうか」


「…………」



 ……体育館裏で告白されるみたいなノリで、戦車並みの戦闘力を持つ人間と戦うことになった。

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