第210話 社畜と魔法少女の戦闘訓練
(社長ォォ! アンタ何やってんですかァ……ッッ!!)
遅れてやってきたソティに、視線だけで訴える。
だが彼女は俺の視線に気づいても、『にぱー☆』と満面の笑顔を浮かべただけだ。
このロリババァ……完全に幼女になりきってやがる。
無茶しやがって……!
とはいえ皆が完全にスルーしている以上、俺も『コイツ社長ですよ!』と叫ぶわけにはいかなかった。
そもそも彼女は『遅れてくる魔法少女』とだけ伝えられていた。
そして名簿に書かれていた名前は、社長の日本での名前である『深渕ソト』ではなく、『深沢小熊』とかいうふざけた偽名だった。
……クソ、こんな最悪のサプライズ、予想できるわけがないだろ!
ちなみにアンリ様は違和感を覚えているというか、怪しんでいるようだ。
彼女の反応からして、おそらく声質やトーンに覚えがある……という感じなのだろう。
あるいは聖女の勘とかで、魔力とか気配で気づいているのかもしれない。
彼女が俺に説明を求めるような視線を寄越してくるが、俺は肩を竦めただけに留めた。
ここでツッコミを入れたり堪えきれず吹き出してしまったら、なんかケツバットとかケツキックとかが待っているような気がする。
具体的には佐治さんとかに。
――俺は耐えられるだろうか。このツッコミ不在の恐怖に……
もちろんそんな俺(とおそらくアンリ様)のモヤモヤは誰にも伝わらず、淡々と訓練が進んでいく。
「さて、皆もそろったことだし、さっそく始めようか。まずは新装備の性能を体感してもらおう。シャイニールナ、悪いが君に手伝ってもらう」
「ハッ! 了解です!」
気合の入った返事とともに、能勢さんがザッ! と佐治さんの前に出た。
「シャイニールナ、指輪の使い方は把握しているな?」
「はい、佐治教官! この『結界指輪』は、一度起動すれば解除するまで魔法による防御結界が身体の表面に生成され、一定の強度の攻撃を受けると結界が即座に反応し、励起した魔力の反作用によりダメージを軽減する仕様であります!」
「うむ。よく資料を読み込んでいるな。だが忘れてはならないのは、起動したあとは解除するまで継続的に魔力を消費することだ。現状のスペック上、消費量がバカならん。使いどころを考えながら運用することが肝要だ。理想的な使い方は、攻撃を貰う瞬間だけ効果を発動させることだが――」
「まあ、現状は難しいッスねー」
と肩を竦めたのは、彼女の隣に立つ三木主任だ。
「そもそもこの『結界指輪』は、不意打ちとか死角からの攻撃を防ぐための装備なので。頻繁にオンオフしながらバチバチの戦闘を行うのは想定外の使用方法ッスね。もちろん運用上、問題を抱えているのは認識してますよ。まあ今回支給したのは試作品なので、ひとまず得られたデータで出力と継戦能力のバランスを取りつつ調整……という感じッスね」
「なるほど。つまり現状では、実用性よりも防御力の最大値を確認するための調整になっているわけだな」
「おおむねその理解で問題ないッス。その分、現バージョンは戦車砲弾の直撃を受けても軽傷で済む程度にはガチガチに調整してるから、油断しているとあっというまに魔力切れを起こすはずッス。その辺、注意して試験を行ってもらえるとありがたいッスね」
なるほど。
指輪の防御力と効果時間はトレードオフの関係というわけか。
ならば、いきなり実戦で性能を試すわけにはいかないだろう。
それにしても、戦車砲弾の直撃でも軽傷で済むとか……普通にチート性能では!?
こっちの魔法技術も地味にすごいな……
「むむ……やりおるのう……」
小声で呟いたのは、魔法少女たちと一緒に並ぶソティもといワンダーミーシャだ。
彼女は真剣な表情で佐治さんと三木主任を眺めながら、うんうんと頷いている。
……社長のお忍び現場視察かな?
よくお偉いさんがビルの警備員とか清掃員に扮して人間観察したりという話を聞くが、ここまで堂々とやられるといっそ清々しい。
頼むから俺のいないところでやってほしい。
「それでは、今から私と彼女で、どの程度の性能なのかを確認する。各自、しっかり見ておくこと」
能勢さんことシャイニールナを除く魔法少女たち全員が返事とともに頷いた。
なお能勢さんは緊張しすぎてちょっと顔色が悪いが大丈夫だろうか?
と、その時だった。
「ちょっといいかしら?」
手を上げたのは、ミラクルマキナ……朝来さんだ。
彼女は怪訝な顔で言葉を続ける。
「今からルナに攻撃を加えるのは、佐治さん……教官よね?」
「そうだが、何か問題があるのか?」
「ルナから聞いてはいるけども、佐治教官は元魔法少女……よね? でも、それも十年以上前のことだと聞いているわ。……そんな衰えた力で、新装備の性能試験が務まるのかしら?」
「ちょっ、マキナ! それはマジでシャレにならな――」
朝来さんの挑発的な質問に、能勢さんが青い顔で慌てて制止しようとする。
だが、彼女は止まらない。
「……それともこの場に自衛隊の戦車でも持ち込んでいるのかしら?」
「ふむ、いい質問だ」
だが佐治さんは怒る様子もなく、淡々と頷いただけだ。
それから彼女は朝来さんに向かって手招きをする。
「ミラクルマキナ、だったな。去年は見なかった顔だから新人か。……ちょうどいい機会だ。せっかくだから、君の装備から試していくことにしよう」
「望むところだわ!」
朝来さんが余裕綽々の様子で笑みを浮かべ、佐治さんの前に立つ。
「さて、戦車はどこかしら? それとも三木主任からバズーカ砲でも借りてくるのかしら?」
「どちらも必要ない」
「じゃあ、どうするってのよ?」
怪訝な顔をする朝来さん。
一方佐治さんは腰を軽く落とし、ゆったりとした構えを取った。
重心を後ろの脚に預けた、独特の構えだ。
これは空手……いや、これは中国拳法か。
「今から3つ数える。タイミングを合わせて指輪の力を発動させろ、ミラクルマキナ。結界なしで喰らうと全身骨折程度では済まないぞ」
「っ!? なんなのこの魔力量はっ……!」
そこで朝来さんの顔が引きつった。
どうやら佐治さんの実力に気づいたようだ。
俺にも分かる。
佐治さんの身体には、余計な力は入っていない。
だが彼女の細い身体に、とんでもない量の魔力が収束しているのがわかった。
これは……確かに直撃するとシャレにならないやつだ。
「ほう、やるのう。……ワシの全盛期にはまだまだ及ばんがの!」
視界の外で、ソティの小さな呟きが聞こえた。
声色からして、ワクワクしているのが分かる。
俺はいつ社長が身バレするのかハラハラだ。
なんで俺が心配してんだよ。
構えを取ったまま、佐治さんが静かに呟く。
「確かに私は既に引退した身だ。だが……魔力の練り方まで忘れたわけではないぞ?」
「くっ……そういうことは早く――」
「今から放つのは、単純な『崩拳』だ。だが、タイミングを間違えると無事では済まないぞ。三、二……奮ッッ!!」
「ちょっ、待っ……はぐふッ!?」
裂帛の気合とともに、佐治さんの縦拳が朝来さんの腹部に直撃した。
どうやら結界発動は間に合ったようで、彼女の鳩尾付近から鋭い閃光がパッと散る。
次の瞬間。
――ドッッ!!!
衝撃波が運動場を揺るがす。
それと同時に朝来さんの姿が目の前から消え失せ、運動場の遠くの端で爆発が巻き起こった。
爆心地では、まるで戦車砲弾が直撃したかのようにもうもうと土煙が巻き起こっている。
「あちゃー……だから止めたのに」
能勢さんが天を仰ぎ、小さな声で嘆いた。
※補 足※
この世界の各国の軍事兵器には、極秘裏に魔法技術や呪術などが使われているとかいないとか……
もしかしたらタクティカル魔法少女とかが出てくる可能性もワンチャンあるかもですね(多分ないです)。




