第209話 社畜と遅れてきた魔法少女
夕食のあと、『現場調整課』と『装備課』の面々が到着した。
前者は郷田課長を始め部下の依田さんと小山内さん。
後者は三木主任一人である。
彼ら彼女らは本日の仕事を終えてからこちらにやってきたそうだ。
ただでさえ現場系の仕事は多忙なのにお疲れ様、である。
一方の俺は『別室』に配属されて以来ずっとゆるふわ(?)サラリーマン生活を送っているので、もはや彼らの方が社畜のような気がするが……気にしたら負けである。
まあ今回の合宿は宿泊手当やら残業代やらがたんまり付くし、自由時間もそこそこ多い。
場所も山奥とはいえ温泉街が近くにあったりと、ワーケーションの一種と考ればそれなりに悪くないのでは……と思っている。
とはいえ、初日はのんびりしていられない。
「夜遅くに集まってもらってすまない」
合宿施設内の会議室に集まった俺たちを前にして、『現場調整課』の郷田課長が軽く頭を下げた。
明日からの予定の再確認のため、打ち合わせが必要だと彼に呼び出されたのだ。
参加者は郷田課長以外では依田さんと小山内さん、そして『装備課』からは三木主任。
あとは『別室』の桐井課長、佐治さん、俺の合計7名。
社員サイドの全員が、この会議室に集合している。
「すでに周知のとおりかと思うが、今回の合宿では魔法少女たちの模擬戦闘訓練とともに新装備の性能試験を行うことになっている」
郷田課長がホワイトボードに黒のマーカーで『模擬戦闘訓練』と『新装備性能試験』と書きつつそう言った。
あえて書いたのは、強調したかったからだろう。
「詳細はのちほど各自で配布資料を確認してくれ。ひとまずこの場では、訓練内容と新装備の概要を伝えておこうと思う。とはいえ皆お疲れだと思うから、そう時間を掛けるつもりはない。……依田、訓練内容の説明を頼めるか」
「承知しました」
郷田課長の隣で依田さんが眼鏡をクイと押し上げてから、前に出た。
「郷田に代わり、私、依田がスケジュールついて説明させて頂きます。まずは明日実施予定の模擬戦闘訓練ですが、こちらは魔法少女の皆さんに新装備を身に着けた上で臨んで頂きます。詳細はお手元の資料の2ページ目をご確認頂き――」
依田さんがホワイトボードにいろいろ書きつつ説明を進めていく。
真面目系メガネ男子こと依田さんは二十代半ばの好青年だ。そしてとてもしっかりしている。
俺が新人の頃は上司に叱られてばかりだったので、若いのに立派にプレゼンをこなしている彼を見ていると眩しくなるな。
それはさておき。
彼の説明通り明日から本格的にスケジュールをこなしていくことになるのだが、まず最初に行われるのは模擬戦闘訓練だ。
そこで行われるのは、魔法少女にインカムを装着させ『現場調整課』の指揮のもと目標となる敵を撃破する連携訓練と、連絡手段を喪失した状況下でも適切な行動を取り、敵を撃破するための野外訓練。
場所柄、山林を駆け巡ることになるので、魔法少女たちはかなり過酷な状況に置かれることになる。
もっともその辺りは合宿の前に参加者全員に通知済みなので、皆覚悟の上のはず……である。
ちなみに妖魔や怪人役は『別室』の面々が交代で当たることになるので、正直俺たちも過酷である。
まあ、給料分は働くけどね。
それと、通常の訓練に加え、新装備を装着しての性能試験も同時に行うことになる。
新装備というのは、魔法少女とマスコット両方の防御力を上昇させる魔道具と、マスコットたちが使う『遮音結界』を強化する装備のようだ。
あとは、一時的に彼女らの能力を強制的に引き上げる魔道具。
こちらは以前朝来さんが俺にケンカを吹っかけてきたときに使ってきたヤツの試作品バージョン2とのことだ。
図らずも俺が性能テストに協力してしまった形になったようで、説明の途中で三木主任には『いいデータが取れたッスよ!』と嬉しそうに言われた。
その時の、依田さんと小山内さんが俺と三木主任を見比べてものすごい表情をしていたが、きっと三木主任のぶっ飛び具合に引いていたのだろう。
俺のことではない、はず……
ちなみにそれらの装備を開発を進めたのは、以前の異世界からの大規模侵攻がきっかけだそうだ。
その際に出現した怪人クラスの妖魔に魔法少女たちが苦戦を強いられたこと、マスコットが攻撃を受け遮音結界に綻びが出そうになったことなど、現状の戦力では対抗できない脅威が現れたことに危機感を覚えたからとのことだった。
個人的にはそこまで大変だっただろうか……と考え込んでしまったが、そういえばあの時は朝来さんや加東さんも出現した魔族たちにボコボコにされてしまったからな。
それだけではなく、最近は怪人ではないにも関わらず強力な妖魔の出現率が高まっており、魔法少女たちの戦力強化が喫緊の課題だそうである。
この話は『別室』の中でもしばしば話題に上がるので俺たちも当然認識している。
「――ということで、今年の合宿は例年に比べより重要なものになります。皆さまご協力のほどお願い申し上げます。……この後は『装備課』三木主任による今回の実地試験で使用される装備類の詳細について説明をして頂きます。三木主任、よろしくお願いいたします」
依田さんが説明を終え頭を下げてから、三木主任にバトンタッチ。
彼女はなぜかわざわざ白衣を羽織ってからホワイトボードの前に立ち、ポケットに手を突っ込みながら気怠そうに説明を始めた。
「えー、今回の試験で使用するのは――」
三木主任はいつも自由だな。
◆
翌日。
朝食を摂ったあとは、さっそく最初の訓練が始まる。
クロはもちろんお留守番だが、部屋の中なら変化していいと伝えてある。
一応動画視聴用のタブレットなどは持参しているので、退屈はしないだろう。
「それでは、訓練の概要を説明していく。配布した装備は身に着けているな?」
合宿施設裏手にある運動場に整列した魔法少女とマスコットたちをぐるりと見回して、佐治さんが言った。
四人からは、『はい、装着済みであります!』『身に着けてるわー』などと返事が上がる。
その様子を眺め、佐治さんが『うむ』と満足げに頷いた。
今日の戦闘訓練は佐治さんが教官役を務めるが、さっそく新装備の試験も行うことになっている。
装備の監修は三木主任だ。
彼女は佐治さんの隣に立ち、眠そうな半目で魔法少女たちを眺めている。
今にも寝落ちしそうな様子だが大丈夫だろうか。
ちなみに『現場調整課』の面々と桐井課長はこの場にはいない。
会議室で性能チェック用の測定機器を設置しているからだ。
それにしても佐治さんの訓練はとても厳しいと聞いているが、四人は大丈夫だろうか。
能勢さんはさっきから直立不動で真剣な顔をしているが、他の三人は返事をしたものの、眠いのかぼんやりとした表情だ。
まあ、無理もない。
今はまだ朝の八時半だからな。
春休み中の彼女たちにとっては、少々辛い時間かもしれない。
ちなみに能勢さん、朝来さん、加東さんの三人は変身済みだ。
一方アンリ様は動きやすい恰好……というかジャージ姿である。
彼女は魔法少女衣装とかないからな。
個人的にはアンリ様にも何かしら制服のようなものを支給した方がいいのではなかろうかと思うが、どうやら今回はこのままでいくようだ。
たしかにフィジカルがほぼ人外の領域に足を踏み入れている聖女様ではあるが、それでも魔法少女と比べたら防御面での不安が残る。
対怪人戦を考慮するなら、彼女も変身できるようにした方がいい気がするが……今のところそういう話は出ていない。
戦力や身体能力については佐治さんも把握しているはずなので、訓練中は大丈夫だと思うが。
「それで、今回の装備試験について三木主任から説明がある。三木主任、よろしく頼む」
「了ー解。それじゃ、いま君らに配布した指輪型防御結界の使い方だけど――」
三木主任が説明を始めようとした、そのときだった。
「すまぬー! 遅れたのじゃー」
甲高い声が合宿施設の方から聞こえてきた。
何事かと思って振り向けば、十歳くらいの女の子が手を振り振り、一生懸命こちらに駆け寄ってくるのが見えた。
銀髪の髪、翠色の瞳。
満面の笑みをたたえた顔。
脇には大きなクマさんのぬいぐるみ……もといマスコットを抱えている。
可愛らしい衣装を着こんだ彼女は、間違いなく魔法少女だ。
「……誰?」
戸惑うような声を上げたのは、朝来さんだ。
他の魔法少女たちも困惑げな表情で顔を見合わせている。
「ふむ、ようやく到着したか、『アビサルミーシャ』。早く並べ」
「はいなのじゃ!」
佐治さんが『アビサルミーシャ』を一瞥して、顎をしゃくる。
しかし彼女は気分を害した様子もなく、ニコニコ顔でアンリ様の隣に並んだのだ。
アンリ様は『えっ』みたいな顔をしているが、口には出さない。
どうやら空気を読んだらしい。
俺も、よほど突っ込んでやろうかと思ったが……どうにか堪えた。
佐治さんはもちろんのこと、三木主任も何食わぬ顔をしていたからだ。
確かに現地で合流する魔法少女がいるとは聞いていたが……
なんだこれ『笑ってはいけない魔法少女訓練』か?
……そういうドッキリなのか!?
社長殿、アンタいったい何やってんですかね?




