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第208話 社畜、視線が気になる

 桐井課長と佐治さんの様子がおかしい。



「…………」


「…………」



 というか昼食後にバスに乗り込んでからというもの、なんかすっごいこっちを見てくるのだ。


 特に桐井課長の視線が気になって仕方がない。


 なんというか、ジメッと湿度の高い視線である。


 佐治さんは……いつも通りな感じだが、彼女は彼女でとにかく視線が鋭い。


 かと言って、



「あの、お二人ともどうかされましたか……?」



 などと聞いても、二人して、



「別になんでもないですよ~♪」


「いや、私は気にしていないから大丈夫だ」



 とか言いつつ一旦は視線を外すのだが、二人でこそこそ内緒話をしてから、気が付くと俺の方をチラチラ盗み見している。


 クソ、なんだこれ気になるだろ……!!



 理由については、多少思い当たる節はある。


 さっき食べたソース焼きそばの青のりが歯にくっついたままになっている可能性だ。


 もちろん今回は合宿と言うことで、歯磨きセットを持参している。


 昼食後は、サービスエリアのトイレの洗面台でしっかり歯磨き済みだ。


 だが青のりのヤツは手ごわい。


 どんなにしっかり磨いたと思っても、気が付くとなぜか歯の隙間から『コンニチハ!』しているものだ。


 ある意味、妖魔なんぞよりはるかに手ごわい相手なのだ。


 だからもし磨き残しがあり、前歯とかに付着していたら……


 女性陣が眉を(ひそ)めるのも頷ける。


 ……本当にそうかどうかはさておいても、現地に到着したら速攻で施設の洗面所で口の中を確認しておこう。



 それとももう一つの可能性だが……



「…………」



 俺は膝の上で丸くなり、満足げな様子で寝ているクロを見下ろした。


 ……そう、コイツだ。


 こっちは青のりよりも確度が高い。



 何を言わんとすれば……


 つまり桐井課長と佐治さんは、俺のこの状況が羨ましいのだ!


 クロを膝に乗っけてみたい。


 彼女らはそう思っている。


 うちのクロは可愛いからな!


 それならば、桐井課長ジットリした目つきも辻褄が合うというものだ。


 あれは間違いなく、嫉妬のこもった視線だからだ。



 それに……よくよく考えたら、愛犬と一緒に、それも膝に乗せてバス旅行とか、愛犬家垂涎の行為なのではなかろうか。


 もちろん車が苦手な子ではないことが条件ではあるが……


 とにかく桐井課長と佐治さんは間違いなく犬派だ。


 俺の推理は完璧のはずだ。



 はあ……やれやれだぜ。


 だが上司と先輩の願望を叶えてやれずに、何が後輩だ。


 俺も名残惜しいが……仕方ない。



「あの、桐井課長、佐治さん。良かったら……クロ、膝に乗せたかったります? 大丈夫ですよ、この子大人しいので」


「大丈夫です~」


「いや、大丈夫だ」



 …………。


 ……………………。



 えっ、違うの!?



 いや……もしかして。


 クロが人化したところを見られていたとか?


 たしかにコイツの人目の気にしなさとかを考えれば、ありえる話ではあるのだが……



 クソ、うかつに聞くと藪蛇になってしまうから聞こうにも聞けないぞ。


 とはいえ、だ。


 もしそうであるならば、さすがの二人も聞いてくるはずだ。


 まあ、人に変化した状態だけを見られていたならば、たまたま知り合いにばったりあったとか、道案内をしていたとか、いくらでも言い訳が立つので問題ないが。



 とはいえ、今後は慎重に行動した方が良さそうだな。


 まあ、バレたらそのときはその時だが……


 施設に到着した後、念のためクロにも注意をしておこう。




 ◇




「着いたわー!!」


「つーか寒くね!?」


「寒……寒いデス!」


「結構山の上のほうだからね……あ、あそこ雪残ってるよ!」


「マジで!?」


「ホントだわ! ちょっと足跡つけてくる!」


「すごいデス! 本物の雪……初めて見まシタ!」


「あっ、みんな荷物を運びこまないとダメだよ!」



 魔法少女たちとアンリ様はすでにバスの外に出てはしゃぎ回っている。


 駐車場の脇には残雪が積み上げられており、ちょっとした小山のようだ。


 朝来(あさご)さんとアンリ様はそこによじ登り大喜びしている。


 というか四人ともちょっとテンション高すぎだが、まあ十代の子供たちだしな……


 それにアンリ様にいたっては温暖なノースレーン王国育ちだから、雪に興奮するのは仕方ない。


 今までテレビとか動画では見たことはあっただろうが、実物は初めてだろうし。



 そんな様子をバスの窓越しに眺めながら、俺は自分の荷物を取る。



「うお、寒いな……!」


 

 クロを連れてバスから降りた途端、肌を刺すような冷気が吹きつけてきた。


 都会はもう桜の咲くころだが、ここはまだ真冬の気温だ。


 ジャケットの襟を立てて、首をすぼめる。


 魔眼によって強化された俺の身体でも、寒さの感じ方はあまり変わらない。


 まあ、凍えたりはしないと思うけど。



「はいはい皆さん、集合してくださーい」



 と、先に降りていた桐井課長が大きな声で呼集をかける。


 それを合図に、バスに乗っていた面々が彼女の周囲に集まった。


 もちろん俺もクロを連れて集合済みだ。


 桐井課長が全員を見回して声を張り上げる。



「みなさん、今日は長旅お疲れさまでした。宿……というか合宿所は会社所有ですので、部外者はいません。いませんが……皆さんはきちんと節度をもった行動を取るようにお願いしますね」


「はーい!」


「分かってるわ!」


「了解であります!」


「ハイ、よろこんデ!」



 約二名ほど返事のおかしな魔法少女と聖女様がいるが、あえてつっこむような真似はしない。


 つーかあいつら、アンリ様に変な日本語を教えてないか?


 あとできちんと訂正しておかないと……



「それと、お部屋は基本的にみなさん四名で一部屋です。くれぐれもケンカなどはしないでくださいね」



 そのあと桐井課長が『ここは会社所有とはいえ普通の合宿施設ですからね』と付け加える。


 何を言わんかというと、『建物が倒壊するから魔法少女に変身して暴れるなよ』ということだ。


 ここはさすがに空気を読んだのか、四人がハイと元気よく返事。



「ふふ……なんだか学生時代を思い出すな」



 と、気づくと俺の隣に佐治さんが並んでいた。


 彼女はしみじみとした表情で宿泊施設を眺めている。



「確かに林間学校みたいなノリですね。懐かしいですね……」



 その頃は俺もまだまだ学生だったから、夜遅くまでクラスメートとは騒いだりして先生に怒られたりしてたっけ。


 懐かしい思い出が胸に蘇る。



「うむ。林間学校で行われた十日間の厳寒期山岳サバイバル訓練は素晴らしい体験だった」


「…………」



 佐治さんの林間学校、俺の知っている林間学校じゃないよな?




 ◇




 桐井課長から滞在時の注意事項などが伝えられたあとは、自由時間と相成った。


 俺はひとまず宿泊施設に荷物を置きに向かう。


 社員は個室が割り当てられている。


 俺とクロはもちろん一緒の部屋である。


 男性陣と女性陣とで階が別れているのは、施設側の配慮だろうか。


 こちらとしては、むしろ好都合だった。


 俺もクロのことがあるし、できれば桐井課長や佐治さんと部屋が離れていた方がいいからな。



「おおー、設備はしっかり整っているんだな」



 部屋の大きさは六畳程度。


 ベッドと机があり、申し訳程度とはいえユニットバスもある。


 さすがに愛犬用の設備はこちらで準備する必要があるものの、ビジネスホテルのシングルルームよりはずっと広い。



 魔法少女とマスコットたちは、それぞれ別々の大部屋が割り当てられている。


 そっちはトイレと風呂が共通だが、ここがホテルではなく合宿や研修をメインとした施設だからだろう。


 まあ、あっちは林間学校のノリだからみんなで寝泊まりした方が楽しいとは思う。



 ちなみに大浴場もある。


 どうやらこの辺りは温泉が湧くそうで、源泉から引き込んでいるそうだ。


 そう、かけ流しという奴である。


 予定が全部終わったら、一人で入りに行くか。


 今回の合宿は女性陣が多いこともあり、時間帯によっては男性用の温泉は貸切状態で利用できそうだ。


 ちなみに温泉街が少し山を降ったところにあるので、そっちも楽しみである。



「これから打ち合わせだから、クロはしばらくここで待機しててくれ。ああそれと、ここに滞在中は極力変化しないでくれ。バレると面倒だからな」


『……フスッ』



 クロは『分かった』という風に鼻を鳴らしてから、ベッドの上で丸くなった。


 どうやらサービスエリアで人化したときにかなり疲れたようだ。


 バスの中でもほとんど寝ていたし、今はそっとしておこう。

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