第207話 社畜とSA飯 下
「この辺なら静かでいいだろ」
「うむ」
二人でサービスエリアの奥にあるベンチに腰掛ける。
ここからなら駐車場からも遠く、フードコートからも目につきにくい。
こっそりクロとの食事を楽しむにはもってこいの場所だ。
俺の昼飯はソース焼きそばと豚トロ串焼き。
クロは舟形容器に盛られたタコ焼きと、和牛の串焼きである。
しかしクロが手に持っている和牛串焼きは、すでに一本だけになっていた。
三本のうち二本は、ここに来るまでの間に胃袋の中に収納されてしまったらしい。
まあ、食べ歩きはSA飯の醍醐味でもある。
特段目くじらを立てるほどではない。
それに好きなものは最後に取っておくのがクロの流儀らしい。
何を言わんとかといえば、タコ焼きがそっくりそのまま残っていた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
二人同時に、それぞれの食べ物を口に運んだ。
……俺は思う。
野外で食べるソース焼きそばって、なんでこんなに美味いんだろう。
口に入れた瞬間にスッと鼻に抜けてゆく、青のりの爽やかな香り。
その次に来るのは、芳醇なソースの匂いだ。
しっかりソースの味がしみ込んだモチモチの麺は、噛めば噛むほど甘みと旨味が溢れ出してくる。
ゴクリの飲み込んでも、満ち足りた余韻が口の中に残っている。
口休めの紅ショウガも、最高だ。
細く刻んだヤツを数切れ口に放り込んで奥歯で嚙み潰せば、鮮烈な香りと酸味とピリリとした辛みがソースの強い匂いをリセットしてくれる。
ペットボトルのお茶をぐいと飲んで口の中をリセットすれば、次の一口でも爽やかな青のりと芳醇なソースの香りが口いっぱいに広がってゆくのを楽しめた。
まずい、止まらないぞ……
気が付けば、プラ容器にたっぷり詰め込まれていた焼きそばが姿を消していた。
一方クロも、アツアツのタコ焼きを口に運んでは、はふはふと熱そうに咀嚼している。
そういえば狼って熱さとか大丈夫なんだろうか……まあ、今コイツ人だし、それ以前に魔物だけど。
「美味いか、クロ」
「…………はふはふ」
ダメだ。
タコ焼きに夢中で俺の声にろくに反応しない。
俺とはちがってゆっくり味わうように一つずつ口に運んでいる。
その横顔はとても幸せそうだ。
尻尾があれば、ブンブンと振りまくっていたことだろう。
そういえば、クロは人化したときはしっかり女性の姿なんだよな。
ケモ耳とか尻尾が生えていても可愛いと思うのだが、そういう中途半端(?)な変化はできないのだろうか。
頼んだらできそうな気もするが、別に俺はケモナー属性じゃないからな。
正直、どちらでも別に構わない。
ちなみにクロが残していた和牛串焼きの最後の一本は、いつのまにか串だけになっていた。
「ふう……人の食べ物は美味いな……」
タコ焼きをあっという間に平らげたクロが、青い空を見上げながらしみじみと呟いている。
「タコ焼きは食べ物の美味さランキングの中でも間違いなく上位に入るからな」
というか、なんで屋台メシってこんな美味いんだろう。
高級レストランとかで出てくる料理よりよほど美味いのでは? と思ってしまう俺は、間違いなく貧乏舌なのだろうが……美味いものは美味いのだ。
「そういえばクロは、人間の食べ物のほうが好きなのか?」
「……そうだな。我はもっと味の濃いものが食べたかったのかも知れぬ」
「そっか……」
そうしみじみと言われると、これからのことを考えてしまうな。
今までは、健康とかいろいろ気を使ってなるべくクロ専用で食べ物を準備していた。
だが、俺と一緒のものがいいのならそれでもいいかもしれない。
俺も別々に用意するよりは、一緒に作った方が楽だし。
「でも大丈夫なのか? お前は犬……というか狼だろ。塩気の濃いものとかって身体に悪いんじゃないか」
ほら、犬や猫に人間と同じくらいの塩分濃度の食事を与えていると腎臓を悪くしてしまうし。
あと、タマネギとかニンニク、それにブドウやチョコレートも禁忌だったはずだ。
これでも俺はクロのためにかなり勉強して、食事の内容には結構気を使っているのだが……
「我は魔狼であるぞ。本質は魔物だ。普通の犬や狼ではない。人間が食べられるものならば、食べられないものはない」
と、抗議されてしまった。
そりゃまあ、確かにそうだけどさ……主としては、やっぱり従魔にはずっと健康でいて欲しいわけで。
そんな様子を察したのか、クロは少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「ま、まあお主が作る料理はどれも美味だがな!」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
とはいえこれからはクロが人化したいときはさせ、一緒に同じ食事を食べるのもいいかもしれない。
……というか。
「そういえば、ずいぶん長い間、変化したままの状態を保ててるんだな?」
以前は三分くらいしか持たない……とか言っていた気がする。
だというのに、今日はなんだかんだ十五分くらいは人に変化したままだ。
そのことはクロも自覚していたようで、嬉しそうに……というかドヤ顔で自慢してきた。
「うむ! よくぞ聞いてくれた。実は最近修業をしていてな。今はもう三十分くらい人の形を保てるようになったのだ」
「おぉ、すごい進歩じゃないか」
以前の十倍か! すごいな。
しかもマナが薄い日本側で、だ。
おそらく異世界側ならば、今なら朝起きて寝るくらいまでなら人化を保てるのではなかろうか。
というか、いつそんな修業をしたのだろう。
そんなことを聞いてみると、クロは急にげんなりした顔になってこう呟いた。
「お主が『しごと』に出かけている間に死に物狂いで頑張ったのだ。……隣の老婆に捕まると、大変だからな」
「あー……高田さん、話長いからな……」
そこで俺はすべてを察した。
どうやらクロは俺が仕事に出かけている間、退屈しのぎで人に化けて外出することがあったらしい。
で、そのときたまたま隣に住むおばあさんこと高田さんに捕まり、長話に付き合わされたそうだ。
高田さんの話は、その……長い。マジで長い。
しかもこちらの都合をあまり考えず、一方的に話しかけてくる。
旦那さんを亡くして寂しいのは分かるし、俺も時間があるときはできるだけ話し相手になるのだが……出勤時とかに捕まると大変なのである。
まあ、さすがにそういうときはキリの良いところで話を打ち切って出ていくが……
それはさておき。
クロも高田さんに捕まり、そこで人化できる時間の短さを痛感したらしい。
ちなみにそのときはまだそこまで長い時間変化できなかったそうで、かなりギリギリで耐えていたそうだ。
お疲れ様、である。
「お前も結構苦労してるんだな……」
そう労わずにはいられなかった。
◇
「ごちそうさまです」
「……ごちそうさま」
フードコートの片隅で、二人の女性がのんびりしていた。
一人は小柄でゆるふわな雰囲気を纏ったほんわか美人。
もう一人はショートボブに小麦色の肌が生える、クール系美人だ。
桐井と佐治の二人である。
互いのトレイに乗った食器はすでに空っぽだ。
二人とも満足そうな表情で、おしゃべりに興じている。
「ふう……サービスエリアで食べるご飯って、なんでこんなに美味しく感じるんでしょうね……出てくるものは、うちの社食と大して変わらないのに」
「うむ。いつもと違う空間というのは、それ自体が調味料みたいなものだろうな」
「非日常それ自体が調味料、ですか……そういえば昔読んだ漫画で、似たようなことを言っているキャラクターが……佐治さん、どうしました?」
桐井は、佐治が遠くを見つめて妙な顔をしていることに気づく。
彼女はフードコートの奥側の席に座っており、遠くの方に視線を彷徨わせている。
何かあったのだろうか?
桐井もつられて振り返った。
斜め後ろでは、魔法少女たちがおしゃべりに興じている。
彼女らの隣のテーブルには、認識阻害魔法を施したマスコットたちもいる。
ルーチェが青い顔でテーブルに突っ伏しているが、大丈夫だろうか。
それはさておき、そのさらに向こう側には大きなガラス窓を通して駐車場や広場が見えた。
トラックのドライバーや家族連れ、カップルなどが行き交うのが見える。
……が、特に気になる点はない。
「もしかして、フードコート内に妖魔でもいました?」
「……いや、そういうわけではない」
が、佐治はそうとだけ言って、桐井に視線を戻した。
だが彼女の表情はどことなく合点のいかない様子をしている。
桐井はそれが気になってしかたない。
「あの、言いかけてやめられるとすごく気になるんですけど……そういえば佐治さんって、かなり勘が鋭いんですよね? やっぱり妖魔がいたんじゃないですか? 擬態型とか寄生型だと、私や魔法少女たちでも気づかないことがありますし」
「いや、大丈夫だ。気にするほどのことでもない」
「ええ~、気になるじゃないですか! 教えてくださいよ~!」
妙にはっきりしない佐治に、桐井が急かす。
そんな様子に、佐治は悩まし気な顔で逡巡してから……観念したように口を開いた。
「……さっき廣井が、女連れで歩いていた」
※補足
マスコットの認識阻害魔法は『不可視』ではなく『人の姿に偽装』です。
容姿の描写は、またいずれ……
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