第206話 社畜とSA飯 上
俺たちを乗せたバスは、合宿施設を目指し高速道路をひた走る。
都心部から少し離れると徐々に郊外の景色となり、やがて車窓には長閑な田園風景が現れるようになった。
田植えの時期にはまだまだ早いせいか田畑は物寂しい黄土色をしており、その合間に農家らしき建物や送電線を支える鉄塔が見える。
奥にそびえる山々は、未だ尾根付近に雪化粧をしたままだ。
俺はバスの一番前の席で、流れゆく風景をぼんやりと眺めていた。
膝の上にはクロが寝そべり、転寝をしている。
道路の継ぎ目がガタンゴトンと音を立て、それが妙に眠気を誘う。
桐井課長と佐治さんは俺と反対側の席に座っているが、二人とも無言だ。
と思ったら、どちらも寝ていた。
まあ、俺よりずっと早く出ていたみたいだからな。
そっとしておこう。
俺の座席のずっと後ろでは、魔法少女たちとアンリ様がずっとおしゃべりをしている。
どうやら今度の週末に、最近流行りのスイーツを食べに、今度みんなで都心に遊びに行く計画を練っているようだ。
十代の女の子たちには、こんな気怠いバス内の雰囲気も全く関係ないようだ。
その若さとパワーが、おっさんには少し羨ましい。
もちろんマスコットたちも同乗している。
彼らは魔法少女たちと違い、妙に静かだった。
というか、彼らは深刻そうな様子でボソボソ話し合っている。
『うぅ……そろそろ限界ッチュ……』
斜め後方に座る朝来さんの相棒ことルーチェが、絶望を帯びた声色で不穏なワードを口にしている。
『もう少しで休憩だ、堪えよ』
『ちょっ、ここで吐いたらダメッスよ!』
必死になだめているのは、加東さんちのサラくんと、能勢さんちのポニ太だ。
つーかマスコットって車酔いするのか……
あと十五分ほどでサービスエリアに立ち寄り昼食休憩の予定だから、頼むからそれまでは堪えて欲しい。
まあいざという時になったら、骨は拾ってやる。
「…………」
そんな社内の様子を意識からシャットアウトしつつ、視線を車窓の外へと戻した。
俺は膝の上でフスフスと寝息を立て始めたクロの身体を撫で、まったりと流れてゆく時間を堪能する。
マスコットたちは修羅場っぽいけど……それ以外はまあ平和である。
魔法少女たちはともかく、運営側の俺たちはいろいろ準備やら段取りやらがあるので結構な過密スケジュールだ。
それに向こうに着いてからは、後から現地入りする『現場調整課』と『装備課』の人たちとの打ち合わせもある。
今回は俺たちや魔法少女たちがまとまった数いるので、彼らと合同で対怪人の演習やら実戦形式で新装備の試験をやることになっている。
……確かに人里離れた私有地だが、勝手にドンパチやって行政の許認可とか届け出とか、大丈夫なのだろうか……
まあやるとしても『遮音結界』内部だから、問題ないのだろうけど。
いずれにせよ、諸々の面倒ごとは現地に着いてからのことだ。
今はしばらくのんびりして……
…………。
……。
◇
「………さん……廣井さん」
「……っ! すいません寝てました」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、急速に意識が覚醒する。
どうやら居眠りをしていたようだ。
目を開くと桐井課長がいた。
「サービスエリアに着きましたよ。私たちは昼食にしますが、廣井さんはまだ寝ていますか?」
「いえ、俺も食べます……ただクロと一緒に摂るので、お先にどうぞ」
「分かりました。私たちと魔法少女組はフードコートにいますので、何かあったら声を掛けてくださいね」
「了解です」
そんなやり取りをしてから、桐井課長はバスから降りて行った。
正直、桐井課長と佐治さんと一緒に食事をしたいところだが、俺にはクロがいる。
さすがに犬(狼)を連れて建物に入れないので、俺はテイクアウト可能な店で食事を買ってきて、クロと一緒に外のベンチなどで食事を摂るつもりだった。
「クロ、食事にしよう」
『……フスッ』
クロも腹が減っていたのか、俺の膝からスッと立ち上がるとピョンと通路へと降り立った。
「すまんが、リードは付けたままでいくからな」
コイツは賢いから問題ないが、サービスエリアの敷地内でリードなしで歩き回れるのはドッグランくらいなものだろう。
ひとまず首輪にリードを繋ぎ、バスから降りた。
「……良い天気だな」
正午近くのサービスエリアには、春の陽光が降り注いでいる。
ええと、テイクアウトできそうな店は……
サービスエリアの建物の前には、屋台が何軒か出ているのが見えた。
それに建物の壁面にも外側から食事を注文できる店が並んでいる。
うん、あそこで買ってくれば問題ないな。
それにしても、良い匂いだ……
お昼時の屋台からは肉の焼ける良い匂いが漂ってきて、ついフラフラと足が吸い寄せられてしまう。
「おっ、和牛の串焼きなんてあるのか。こっちはたこ焼き……焼きそばも悪くない……どれも美味そうだな。ご当地ソフトクリームもいいなあ……」
俺は車を持っていないので、こういう場所に来る機会があまりない。
そのせいか、目に映るものすべてが珍しく見えてしまう。
年甲斐もなくテンションが上がってしまうのも、無理もないことだ。
俺は昭和の香り漂う屋台の一つに向かうと、忙しく働くおっちゃんに声をかけた。
「すいません、焼きそば一つください。それと、そっちの豚トロの串焼きも一つ」
『我にはタコ焼きと和牛串焼きを三本頼む』
「あいよ! 焼きそば一つ、タコ焼き一つ、豚トロ串焼き一本と和牛串焼き三本まいど!」
屋台のおっちゃんが威勢のいい声でオーダーを通し……
……んん!?
俺は勢いよく隣に首を向けた。
黒髪の美女が、俺に寄り添うように立っている。
彼女の視線は屋台の厨房に釘付けだ。
じゅるり、と涎をすする音が聞こえる。
コイツが誰かは言うまでもない。
「おいクロ!?」
俺は声を潜めつつ、彼女に声をかける。
つーかなんで人化しているんだコイツは!?
しかもご丁寧にリードを外しており、完全に人の振りをしている。
まあ、首輪については……ラフなファッションも相まって赤いチョーカーにしか見えないのでまあ問題ないだろうが……それ以外は問題しかない。
『む……お主だけ美味そうなものを食べようというのか? そうはいかないぞ』
「いや、お前にはちゃんとフードを持ってきているからな?」
『あのような薄味のもので満足するわけがなかろう』
ぷくーっと頬を膨らませ、プイッとクロがそっぽを向く。
なんだこれ反抗期か……?
とはいえ、今さら子狼に戻れとは言えない。
どうやって人の目を盗んで変化したのかは分からないが、少なくとも今戻られたら騒ぎになるのは確実だ。
それにクロの気持ちは分からないでもなかった。
この美味しそうな匂いに抗うのは難しい。
「はあ……仕方ない。とりあえず一緒にメシにしよう。……他のメンツに見つからないように向こうに行くぞ」
『そこは弁えておる。安心するがよい』
「その分別があるなら、その前から弁えて欲しかったけどな……」
そうは言っても後の祭りだ。
俺はおっちゃんから食事を受け取り、クロと一緒にサービスエリアの端っこに移動した。




