第202話 社畜と妖魔の陣
「――妖魔の殲滅を確認。ポニ太、もう『遮音結界』を解いても大丈夫だよ。ほかの子たちにも伝達よろしく」
能勢さんがスマホに話しかけたところで、広場に夜のさざめきが戻った。
先ほどまではまるで山奥のような静けさだったが、今は遠くからブウウゥン……と車の走る音が聞こえてくる。
そういえばこの遺跡公園は、すぐ近くに大きな道路が通っているんだったか。
シンと冷えた夜風が、火照った頬に心地よい。
「ふふふ……ポイント大量ゲットだわ!!」
戦闘を終えて、朝来さんはかなりホクホク顔だ。
今回大蜘蛛の妖魔に止めを刺した彼女は、他の二人よりちょっと多めにポイントがもらえるからだ。
個人的には全員がしっかり連携して倒したのだから、平等に配分すればいいと思うのだが……そこはそういうシステムということなので、特に口を挟むつもりはない。
そういえば、アンリ様にポイントは入るのだろうか?
入らないとすれば、特に妖魔を倒したりしない支援タイプの子らはなかなか稼ぎづらい気がするが……
もちろん彼女はインターン扱いなのでポイントなんぞ付与されない可能性が高いが、そのへん気になるな。
ポイントは装備の充実以外にも一定額に達すると換金もできるらしいので、彼女の生活の足しになるなら色々助かるのだが……
アンリ様もあれだけチームに貢献したのに何もご褒美なしなのは可哀そうだし、会社に戻ったらしっかり調べておこう。
「はあ……今回は本当にどうなることかと思ったよ……」
完全に戦闘が終了したことを自覚したのか、加東さんがぼやき声とともに広場のベンチに座り込む。
彼女は大蜘蛛と至近距離で戦ったこともあって心身ともにお疲れの様子である。
だが、一瞬で大蜘蛛の脚をすべて切断したその業は、目を見張るものがあった。
以前より、ずっと速く、そして強くなっている。
まあ、それを言えば朝来さんも能勢さんも以前の怪人討伐のときより格段に動きが良くなっていたわけだが。
やっぱり自主練とかしているのだろうか?
ちなみに彼女を含め、三人ともすでに魔法少女の衣装から普段の姿に戻っている。
皆、学校帰りだったのか制服姿だ。
学校も学年もバラバラなので、三者三様の服装なのが面白い。
「はあ……久しぶりに緊張感ある戦いだったわね」
「疲れた……コーラガブ飲みしたい……」
朝来さんと能勢さんが加東さんを挟むように座り、二人して『ほう……』と息を吐いた。
「マキナちゃん、ルナちゃん、お疲れ~。私たち、まだまだだね……」
「お疲れ~。怪人討伐の実績が、最近は霞んで見えるなー……私もまだまだ研鑽が足りないかも」
加東さんのぼやきに、能勢さんが乗っかる。
一方朝来さんはなにやら思案顔でブツブツ呟いている。
「今回の反省点は物理攻撃以外の耐性よね。毒は種類が多いって聞くけど、装備の更新でどうにかなるかしら?」
「どうだろ……今度三木さんに聞いてみよっか? あの人、ウチの高校のOGらしいし、相談とか乗ってくれるかも」
「じゃあ、今週金曜は自主練のあと三木さんのところいってみようよ」
「そうね!」
「じゃ、集合はいつもの公園で」
案の定、日ごろから三人で自主練をやっているらしい。
さしずめ魔法少女部といったところだろうか?
カテゴリはスポーツでいいのだろうか……いや、格闘技系だろうか。
少なくとも体育会系なのは間違いない。
「あノ……」
と、そんな三人を羨ましそうに見ていたアンリ様が一歩前に出た。
三人の視線が一斉に彼女に向く。
すぐに加東さんが意図を察し、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「あっ、アンリちゃんも一緒に自主練やる? っていうかやろうよ!」
「いいんじゃないかしら? 回復要員ありの構成も訓練しておきたいし」
「だねー。ウチら同士でバチバチに格闘戦やると、どうしても生傷が絶えないしね」
「は……ハイ! よろしくお願イ……マス!」
アンリ様がベンチに加わった。
うむ、順調にこちら側に馴染んできているようで喜ばしいことである。
俺も保護者役とはいえ四六時中彼女と一緒にいるわけにはいかないし、なにより彼女も同年代の友達と一緒にいたいだろうし。
……と、そろそろ時間か。
「さて、そろそろ時間も遅いですし、撤収しましょうか。皆さん、今日はお疲れさまでした」
「はーい」
「お疲れ様!」
「お疲れさまでーす」
「お疲れ様……でシタ!」
ということで、ひとまず四人を最寄りの駅まで見送り――
俺は一人、公園に残った。
◇
「うーん……ここにダンジョンはない感じか……」
すっかり人気のなくなった遺跡広場で、俺は一人呟いた。
時刻はすでに20時を過ぎている。
腹も減っているし、家ではクロが待っている。
一応今日は直帰の予定なので、このまま帰宅してもいいのだが……まだ個人的にやるべきことがあった。
何かといえば、もちろんダンジョン探索である。
遺跡の広場には、文字通り弥生時代だか縄文時代だかの遺構が保存されている。
いわゆる竪穴式住居という奴である。
まあ、遺構自体はそれらしき掘り下げ跡が残っているだけで、当時の建物が復元されていたりとかはないのだが。
それはさておき最初はビル、次は廃神社と隠しダンジョンが見つかっているので、さらに大昔の遺跡なら何かしら見つかるだろうと見込んでいたのだが……
広場のあちこちを歩いてみても、とくにおかしな場所は見つからなかった。
もちろん左目がチリチリ疼くこともない。
この手の強力な妖魔が出没するスポットには隠しダンジョンが存在しているのかと思ったのだが……見込み違いだっただろうか?
一応広場全体はくまなく探したつもりだったが……左目が反応することはなかった。
鑑定でも、何の変哲もない建物やら草木の種類が表示されただけだ。
「ま、仕方ないか」
ダンジョン所在地の法則性については、所詮は仮説だからな。
流石に里山公園全体を見て回るには時間が足りないので、そろそろ切り上げることにする。
「……ん?」
と、公園の入口付近まで歩いてきたところで違和感に気づいた。
それは、公衆トイレの横にあった落書きだった。
いわゆるグラフィティアートというやつだろうか。
不良とかアウトロー系アーティストとかが自分のサインやらロゴやらをスプレーで描く、アレである。
サイズは、手のひらを広げたくらい。
この手の落書きとしてはかなり小ぶりなうえ目立たない位置にひっそりと描かれていたが、魔眼のせいで夜目が効く俺にはハッキリと見えてしまった。
黒のスプレーで描かれた、入り組んだ構造の文字群だ。
普通の人なら、ただのヘタクソな落書きに見えたことだろう。
だが、俺にはそれが何なのか分かってしまった。
「これ……ロイク・ソプ魔導言語だよな」
明らかにそれは、俺の知っている魔法術式だった。
ただ、全体の構造までは分からない。
かなり複雑で、しかも何重かに塗り重ねてあったからだ。
かろうじて読み取れたのは、
『肥大化』『凶化』、そして『種族進化』。
そのほかにも複数の魔法を重ね掛けしてあるようだったが、一番前の文字群に塗りつぶされていてよく分からない。
というか、一番下の塗料はすでに色あせてきていた。
どうやら時間経過で劣化する塗料らしい。
「……ちょっと待て」
そこで気づく。
もしかしてこれ、あの大蜘蛛に掛けられた魔法だったのか?
とにかく、『鑑定』を試みる。
《対象の名称:魔法陣》
《ロイク・ソプ魔導言語による変則型魔法陣。時間経過で劣化する顔料が使用されている》
《種族進化を目的とした術式が組み込まれているが、不完全》
《一つ一つの効果は弱いが、対象を囲むことにより効果を増強している》
「一つ一つ……対象を囲む……?」
ということはまだあるのか?
トイレの横を見る。
この公園には、駐車場が併設されている。
その一番奥側の植え込みに、立ち入り禁止の看板が見えた。
「……まさか」
一旦俺はスマホを取り出し、トイレ横の魔法陣を写真に収める。
幸いなことに、魔法陣はしっかりと画像として残すことができるようだ。
それを確認した後、俺は駐車場を横切り看板の場所まで行くと、その裏側を確かめてみた。
「あった……!」
こちらはもう消えかけだ。
だが、同じ術式が描かれているらしいことが、かろうじて読み取れた。
こちらもスマホで撮影しておく。
おそらく、この里山公園全体を囲むように魔法陣を張り巡らせているものと思われるが……この様子だと、残りの魔法陣はもう消えてしまっているかもしれないな。
だが、写真に収められたのはラッキーだった。
これを持ち返って、『現場調整課』の人たちに見てもらおう。
……いや、まずはソティからか。
ロイク・ソプ魔導言語に理解があるのは、俺を除けば彼女くらいだろうからな。
さすがに彼女がこの魔法陣を描いたとは思えないが……藪蛇覚悟で確認する他あるまい。
はあ……面倒ごとは嫌いだが、仕事は仕事だからな……
逆にこの時間まで残業を申告できると思えば、多少はマシな気分になる。
まあ、そこはプラス思考でいこう。




