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第201話 社畜、聖女の実力を知る④

『この地に宿る精霊よ。我が呼びかけに応じ、ここに癒しの香気を立ち昇らせ(たま)え――』



 朝来(あさご)さんと加東(かとう)さんを目の前に座らせ、アンリ様が呪文を唱える。


 直後、座り込んだ二人を中心に淡い光の魔法陣が出現した。


 彼女たちを包み込むように穏やかな(みどり)色の光の粒子が立ち昇り、その身体にしみこんでいく。



「これが……治癒魔法……」


「綺麗……」



 二人はその様子に見とれていたが……すぐに驚いたような表情になった。


 どうやら身体の痺れが取れたらしく、不思議そうな様子で手足を動かしている。



「お二人トモ、調子ハどうデスか?」


「本当に元気になったんだけど……アンリ、あんた凄いじゃない!」


「アンリちゃん、ありがとう! すっかり元気になったよ!」


『ひゃあっ!?』



 二人は立ち上がるなり、アンリ様に抱き着いた。


 いきなりだったせいか、アンリ様が大陸語で悲鳴を上げているが……表情を見るに、まんざらでもない様子だ。


 ともあれ、二人の調子が戻って良かった。


 さすがの俺も、アンリ様の治癒魔法がなければ二人の毒を治す手段がなかったからな。


 ……彼女が魔法を使うまでは。



 鑑定先生曰く、



《治癒魔法:ロイク・ソプ魔道王朝期より伝わる古代魔法のひとつ》


《魔法効果を打ち消し、対象の損傷部分にマナを充填し、機能不全を起こした組織を修復する》



 とのことだ。


 アンリ様の治癒魔法が異世界のスタンダードなのかは分からないが、状態異常回復と負傷の治癒を同時に行えるようだ。


 しかも効果範囲にいる複数名を同時に治癒可能。


 まさに聖女様の奇跡ともいうべき強力な魔法である。


 彼女を見くびっていたわけではないが、これには驚いた。

 

 

 ちなみに『鑑定』で効果のほどが確認できるということは……先ほどの治癒魔法は『模倣』で取得可能になったということだ。


 ただ……俺としてはこの魔法を取得するつもりは、当面の間は、ない。


 仲間の治癒は、アンリ様の役目だからな。


 それに、俺が使用して同じだけの効果が出るかどうかというと、自信はない。


 基本的に『模倣』により取得したスキルや魔法は、レベルを上げることができないみたいだからな。


 もちろんやむを得ない状況で取得するのを躊躇するつもりはないが……


 それはさておき。



「さて、皆の態勢が整ったところで……あの妖魔について伝達事項があります」


「「「……!」」」



 俺の真面目な声色に、魔法少女三人の顔が引き締まる。


 アンリ様も真面目な顔で俺を一生懸命見ている。かわいい。



「先ほどあの妖魔に接近して『観察』したことで、いろいろなことが分かりました。……結論から話します。今の三人の戦力であの妖魔を討伐するのは難しいです」


「そんな……」


「…………っ」


「どうしてですか? 近接特化の二人は仕方ないにしても、私の『アッサル』と『アラドヴァル』なら、全力を出せばあいつの体を射抜くのは簡単です。さすがにそうまでして、あの巨大土蜘蛛が生きていられるとは思えないです」



 加東さんと朝来さんは妖魔の毒を受けたせいで実感したらしく、俺の言葉に顔を歪ませた。


 だが、能勢さんはまだ勝つ気でいるようだ。


 だが。



「倒すことだけなら、できるでしょう」



 俺は頷いてから、先を続ける。



「あの巨大な土蜘蛛(ツチグモ)の腹部に生えている毛には、強力な神経毒が含まれています。それを掻きむしることにより毒を散布しているようです」


「……やっぱり」



 合点がいったのか、朝来さんが頷いた。



「そういえば……タランチュラなんかの毒蜘蛛は危険を察知したときに毒の体毛を飛ばして攻撃してくることがあるって、図鑑とかで見かけたことがあります」


「……セイラ、やっぱりあんた中二病でしょ?」


「ち、ちがうもん! 別に毒虫が好きなんじゃなくて、小学生の頃は近所の友達が男の子ばっかりだったからで……!」



 朝来さんの指摘に、加東さんが顔を真っ赤にして否定する。


 先が進まないので、二人の掛け合いはスルーして続ける。



「……ですが、あの妖魔の体毛は、体内の毒腺から供給された毒素を含むことにより毒毛となるようです。つまり、体内に巨大な毒腺が存在するということです。そして、面倒なことに……どうやらあの妖魔は死ぬと同時にその毒腺を破裂させ、毒を拡散させる能力を有しているようです。能勢さんの攻撃力ならば妖魔を撃破できるでしょうが、その代わりこの場にいる全員が命の危険に晒されます」


「だったら、アンリの治癒魔法で……!」


「難しいですね。妖魔の毒は見ての通り即効性です。先ほどアンリさんの魔法を見た感じですと、解毒が追いつかない可能性が高いです」


「……っ! じゃあ、どうすれば良いって言うんですか? 結界を解いて、一度外部に助けを求めるつもりですか? そんなことをすれば、一般人に被害が出る可能性が――」


「今回は、私が手を貸します」



 能勢さんの言葉を遮り、俺はそう言った。


 それが結論だった。



 残念だが、三人とあの妖魔は相性が悪すぎる。


 俺は魔眼の力で無事かもしれないが、残りの四人は確実に命の危険に晒される。


 これは実戦だが、そんなリスクを冒してまで彼女らだけ戦う必要はない。


 それに……アンリ様の引率だけでなく、こういうイレギュラーな事態をどうにかするためにも、俺はここにいるのだ。



「……分かりました」



 少しの間俺を睨んでいた能勢さんだったが、状況は理解しているようだ。


 渋々ながらも頷いてくれた。



「安心してください、(とど)めは三人にお任せします。私は、腹部の毒腺を『消す』だけですので」


「……どうやってですか? ……そもそも、なぜ初見の妖魔の体内の構造が分かるんですか?」



 さすがに能勢さんは鋭いな。


 だが、それを今説明するつもりはない。



「それが私の『力』です。……まあ、見ていてください」



 彼女の質問には答えず、俺は大蜘蛛のいる広場に向かって歩き出した。



 大蜘蛛は、いまだ広場で土蜘蛛たちを貪っていた。


 そろそろ残すところあと数匹と言ったところだが、土蜘蛛たちを完全に仕留めており俺たちも追い払えたと考えているのか、今のところは腹を掻いている様子はない。



「少し待っていてください。念のため毒が舞っていないか確かめてきます」



 言って、俺は四人を残して、茂みに身を隠しながら先ほどと同じ距離まで接近してみる。


 だが、毒に冒された旨の表示は現れない。


 ……よし。



「……では、作戦開始です」


「「「…………」」」



 四人のもとに戻ってから、そう伝える。


 魔法少女三人が無言で頷いてから、それぞれの配置に付くべく動き始めた。



 俺はアンリ様と一緒に広場を迂回して、大蜘蛛の背後に回り込んだ。


 ここからなら、でっぷりと肥えた腹部が良く見える。


 魔法少女たちには退避場所からここまでの道すがら、作戦概要を伝えている。


 つまり……


 まず俺が妖魔の体内にある毒腺を『消す』。


 それと同時に、敏捷性と切断能力に優れた加東さんと能勢さんの拳銃の精密射撃で大蜘蛛の脚部を破壊。


 それを確認したあと、朝来さんが即座に妖魔の頭部を叩き潰し息の根を止める。


 全員のコンビネーションが問われる、シビアな作戦だ。


 だがまあ、どうにかするしかない。


 ちなみにアンリ様は俺の後ろで事の成り行きを見守っている。


 彼女は万が一俺や三人が倒れた際に逃走して助けを求めるため、かなり距離を取らせている。



 大蜘蛛の毒腺の大まかな位置は、『鑑定』で判明している。


 ちょうど腹部の後方三分の一くらいの場所、大きさは50センチ立方くらい。


 ひと塊の臓器なのが救いだが、正直、冗談みたいな大きさだ。


 さらにマージンを取って外周もしっかり削り取るとして……


 はあ……これで残存マナがすっからかんになるぞ……


 しばらくはマナ稼ぎで奔走する羽目になりそうだが、背に腹は代えられない。



「……さて」



 俺はしっかりと大蜘蛛の腹部に狙いを定めた。


 距離よし、座標よし、サイズよし。


 妖魔の動きはなし。


 ……よし、今だ。



 ――ギュルンッッ!



 深淵魔法『奈落』が発動し、空間が削り取られる独特の高音が周囲に響き渡る。


 次の瞬間、大蜘蛛の身体がビクンと震え、後ろ脚が腹部を掻きむしろうと動くが……



 ――バツンッ!


 ――ドシュ!!



『あぎっ!?』



 ヤツの脚は、すでに付け根のあたりを残してすべてが地面に散らばっていた。


 見れば、すでに広間から退避した加東さんが大鎌『タナトス』に着いた紫色の体液を振り払っているところだった。


 能勢さんはすでに定位置から退避している。さすがは狙撃手。



『あぎっ、あぎぎっ』



 何が起きているのか分からないのか、大蜘蛛がわずかに残った足で腹部を懸命に掻きむしろうとするが……ただ、短い付け根部分がワシャワシャと蠢いただけだ。


 これでは毒毛を拡散させることはできない。



「せあああああああああああぁぁぁッッッ!!!!!」



 そこに、朝来さんが躍り出た。


 裂帛の気合とともに、大蜘蛛の巨大な頭部に戦槌『ガベル』を振り下ろす。



 ――ズガン!!



 彼女の攻撃は、アスファルトの路面に直径数メートルのクレーターを穿つほどの威力だ。


 当然、妖魔の頭部がそんな衝撃に耐えきれるはずもなく……あっさりと頭部をぺしゃんこに潰され、大蜘蛛の動きが完全に停止した。


 次の瞬間。


 ボシュウウウウウ――


 大蜘蛛の巨体が、淡い光の粒子となって虚空に溶け消えてゆく。



「毒は……大丈夫のようですね」



 妖魔の姿が完全に消滅したが、俺の視界に毒を受けたことを示す文字は現れない。


 どうやら作戦は成功のようだ。



「ふう……」



 緊張が解けたせいか、どっと疲労が押し寄せてくる。



『ヒロイ様、お疲れ様です。采配、お見事でした』



 駆け寄ってきたアンリ様が俺の隣に立って、そう言いながら微笑んだ。

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