第199話 社畜、聖女の実力を知る②
その後は一方的な蹂躙劇だった。
朝来さんが戦槌で前方の土蜘蛛をまとめて何体も叩き潰し、撃ち漏らした個体を加東さんと能勢さんがそれぞれの武器で撃破していく。
もちろん土蜘蛛も大群で襲いかかってくるが、それでも象と蟻ほどにも戦力差があった。
「マキナ、前方は任せた! 私は右側面、セイラは左側面の援護に徹するから!」
「ルナちゃん、了解……うぅ、グロい……キモい……せああああっ!!」
「セイラって言葉とちがって行動はアグレッシブよね……」
「背後ハ任せてくだサイ!」
さらには彼女らの背後からの奇襲は、アンリ様が見事な体術で滅殺していく。
その様子は、まさに修道戦士といった趣である。
さすがの俺も、ここまで彼女が強いとは思っていなかったが……さっきから身体が淡く光っているのが関係しているのだろうか?
そういえば、異世界のダンジョンに潜っていたときも似たような状態になっていた気がする。
となると、これが彼女のスキルの力なのだろうか。
たしか、『祈る』だとか『祈り』だったか。
もしかすると、その土地の神や精霊から加護をもらったりできるのかもしれない。
まあ、それを差し引いたとしても彼女が魔法的な調整を受けたフィジカルエリート聖女様であるわけで、そもそも女性一人での巡礼であることを考慮すれば、ある程度の戦闘力を備えていてもおかしくはないのだが……
「これで……最後だッ!」
……と、そうこうしているうちに朝来さんが最後の一体を討伐し終えた。
辺りに静寂が戻る。
魔法少女たちの武器には夥しい量の紫色の体液が付着しており、その戦いの激しさを物語っている。
この汚れ……魔法少女の武器はマナで構成されているので、妖魔の体組織が付着すると一時的に結合反応が起きてマナへの分解が遅れるんだったっけか。
もっとも妖魔の本体は死亡と同時に消滅してしまうので、周囲に死体は残らない。
だが。
「なんか、まだ妖魔の気配が消えてないんだよねえ」
そんなことを呟いているのは能勢さんだ。
彼女は顔をしかめながら犬のように周囲の匂いをクンクンと嗅いでいる。
「とりあえず、気配はあちらからしますね」
俺は言って、小道の奥を指差した。
この先を抜けていけば、300メートルほど先に遺跡広場がある。
敵がいるとすれば、そこだろう。
「廣井さんの言う通り、妖気はあっちから漂ってくるかも。皆、とりあえず行ってみない?」
「了解。あっちは遺跡広場だったかしら?」
「うーん、なんか妙に嫌な予感がするんだよねえ」
三人が口ぐちに言いつつ、小道の奥へと向かう。
先ほどの戦闘で疲労が溜まっているのか、少し足取りが重い。
「皆さん大丈夫ですヨ! もしもノ時ハ私ガ護りマス!」
そんな中、アンリ様だけが元気だった。
さっきの身体能力向上(?)の効果だろうか。
「そういえばアンリちゃんって治癒の魔法? が使えるんだっけ?」
「ハイ、軽い骨折くらいナラ、すぐに治せマス!」
「えっ……なにそれすごいね」
「骨折に軽いも重いもないと思うけれども……」
「すっげ……」
アンリ様のニコニコ自慢げな笑顔に、魔法少女たちが若干ドン引きした表情を見せる。
そういえば、こっち側って治癒魔法とかスキルを持った魔法少女っているんだろうか?
少なくとも、うちの会社に所属している子の中にはいなかったはずだが……帰ったら桐井課長にでも聞いてみよう。
ただ、魔法少女の肉体や衣装ってかなり強靭なんだよな。
先日の怪人討伐のさいでも、三人とも特に衣装が破れたり怪我をしたりは特にしていなかった気がする。
とはいえ、妖魔や怪人の攻撃が衣装や肉体の耐久力を上回ったり何らかの理由で耐久力が落ちている場合は普通に怪我をするということは桐井課長から聞いているので、いずれアンリ様の活躍(?)の場面はあるだろう。
……つまりは今、小道を抜けた先の広場に陣取っているヤツとの戦闘とか。
「……あいつがボスね」
「うわ……超デカいじゃん」
「何か食べてる……?」
ちょうど、広場の中央に陣取っているのは、ダンプカーもかくやと言う巨躯を持つ土蜘蛛だった。
もちろんその巨体に比例して、頭部はまるで象の頭のように大きい。
そしてそいつは、何かをガツガツと貪っているが……街灯からは影になっておりよく分からない。
この辺で仕留めたアライグマとかだろうか?
一方その周囲には、いまだ数十体ほどの土蜘蛛が群れているが……よくよく見れば、そのほとんどは腹を天に向け、脚は縮こまっている。
大蜘蛛以外に動く気配がないところを見るに周囲の土蜘蛛は全部死んでいるようだ。
なんだこの状況。
『…………』
と、大蜘蛛が前脚を振り上げると、近くに転がっていた土蜘蛛に突き刺した。
そのまま大蜘蛛は前脚を自分の口元まで持っていくと、そのままそいつを口の中に放り込んだのだ。
大蜘蛛はそのまま土蜘蛛をバリバリと咀嚼すると、ごくりと飲み込む。
食べ終わると、さらにもう一体。
どうやら土蜘蛛は大蜘蛛の餌だったらしい。
「この妖魔……共食いしている」
加東さんが青い顔で口元を押さえている。
他の面々も似たような表情だ。
これは……どういうことだ?
今のところ、大蜘蛛は食事に夢中でこちらに気づく様子はない。
とはいえ、食事のスピードからして時間の猶予はそれほどなさそうだ。
「この妖魔……今回の討伐内容に入ってましたっけ」
「……ないです、廣井さん」
答えてくれたのは、加東さんだ。
「まあ、こういうイレギュラーは日常茶飯事だからねえ。ええと……ちょっと待って、今ウチの子に確認してみるから」
言って、能勢さんがどこからともなくスマホを取り出したと思ったら、誰かへ連絡を取り始めた。
「あー、ポニ太? ちょっと聞きたいんだけど……土蜘蛛の巨大化個体とか変異体って知ってる? ……うんうん…………マジで?」
どうやら話し相手は彼女のマスコットのようだ。
先ほど集合時に見た感じだとずんぐりした仔馬かロバのようなフォルムだったが、名前からするにポニーだったらしい。
それはさておき、何やらやりとりが不穏な感じになっているんだが。
「能勢さん、どうしました?」
「あ、廣井さん。いや……今、ウチのマスコットに聞いたんだけど……あ、いや、聞いたんですけど」
「状況が状況ですし、別に敬語でなくても構いませんよ」
「す、すいません……! とにかく、あの妖魔……多分土蜘蛛の変異個体らしいんですけど、数年前にも似たようなヤツが出現したことがあったらしくて。そのときは魔法少女五人がかりでどうにか倒せたらしいんですが……そのうち四人が戦闘不能に追い込まれたそうです」
「その妖魔と今回の妖魔が全く同じではないでしょうが……その時の妖魔の推定ランクは分かりますか?」
「……『大書庫』に残ってる情報だと、B+だったそうです」
青ざめた顔で、能勢さんがそう報告してくる。
「ちょっ、それ本当!? 中堅怪人クラスじゃないの! ルナのマスコット、ちゃんと正確な報告してる!?」
「当たり前だっての! ウチのポニ太はウソつかないし!」
「なんか最近、強力な妖魔の出現率が上がってませんか……!?」
口々に、三人がそんなことを言い合っている。
まさかアンリ様の初陣でいきなり怪人クラスの妖魔に出くわすとは。
……引きが強いのか、悪いのか。
『あの、ヒロイ様。ルナ様の言う『アーカイブ』とはなんでしょうか?』
『ああ、説明がまだでしたね』
そういえば、アンリ様にはこちら側にいる妖魔の強さについては簡単な説明はしてあるが、魔法少女に関する具体的な用語はそこまで詳細に話していない。
俺は『大陸語』で彼女に簡単に説明をしてやる。
『マスコットは分かりますよね? 彼らの持つ固有魔法の一つだそうです。『大書庫』に収蔵された妖魔などの情報は、彼らの種族間で瞬時に共有できるそうですよ』
『なるほど、そのような便利な魔法が……王国にその魔法があれば、無益な争いを避けられたかもしれませんね……』
彼女は何かを思い出したのか、しみじみとそんなことを呟いている。
確かにマスコットたちの情報共有魔法は便利だ。
この世界では電話やネットが普及しているからあまり利便性を自覚できないが、異世界ならば敵に対して圧倒的なアドバンテージを得ることができるだろう。
もっともそれで争いが避けられるかどうかと言えば、微妙なところだが……
「とにかく、あれを倒さなければ『遮音結界』の封鎖は解けません。イレギュラーな事態ですが、もしもの際は私がバックアップします。頑張っていきましょう」
「……了解です。あんな怪物を街に解き放つわけには行きませんからね」
「ふふ……むしろポイント大量獲得のチャンスだわ!」
「はあ……そろそろ武器の強化もしたいと思ったし、ポイントの塊と思えばまあ……」
三人が覚悟を決めたのか、力強く頷く。
「あノ、私は何ヲすれバ……」
「アンリさんは、安全な場所で妖魔との戦いを見学してください。……ですが、万が一の際は治癒魔法で救護をお願いします」
「……ハイ!」
俺の指示に、アンリ様が力強く頷いた。
「それでは、行動を開始してください。未知の妖魔だと考え、無理をしないように」
「はい!」
「了解!」
「了解でーす」
三人はそれぞれ返事するやいなや、その場からバッ! と散開した。
さて……俺は俺で、うまく接近して『鑑定』で情報を探るとするか。




